Montmartre
モンマルトル
標高はおよそ130メートルですが、
パリでいちばん高い場所です。
そして、パリでいちばん好きな場所です。
Basilique du Sacre-Coeur
サクレ クール大聖堂
普仏戦争、そしてそれに続く市民蜂起 『パリ コミューン 』 の
犠牲者を悼みその意味を問うモニュメントとして、
およそ40年の歳月をかけて20世紀初頭に完成しました。
(5月11日のブログ参照 )
Place du Tertre
テルトル広場
Tertre テルトルとは 『丘 』 です。
画家たちで賑わう広場 ・・
モンマルトルは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、
画家をはじめ多くの芸術家たちが暮らした場所です。
フランスの芸術家
Jean Cocteau ジャン・コクトー (1889年ー1963年 )
オランダからは
Vincent van Gogh
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ (1853年ー1890年 )
スペインからは
Pablo Picasso パブロ・ピカソ (1881年ー1973年 )
などがモンマルトルで創作活動を行っています。
ピカソは、1907年、名画 『アビニヨンの娘たち 』 を
モンマルトルで描きあげました。
ピカソの名前は、パリの地下鉄の駅名にも冠されています。
(5月7日のブログ参照 )
19世紀の初めまでは、ぶどう畑が広がり
風車が並ぶのどかな田園地帯だったモンマルトルの丘 ・・
いまはカフェやレストランであふれています。
Moulin Rouge
ムーラン ルージュ (赤い風車 )
モンマルトルの丘を下ったところにある有名なキャバレー ・・
Henri de Toulouse-Lautrec
アンリ・ド・トゥールーズ ロートレック (1864年ー1901年 )
ロートレックは、
ムーラン ルージュの踊り子たちをモデルに絵を描きました。
ポスターを芸術の域にまで高めた画家として
評価されています。
ポスターに書かれている
『Divan Japonais ディヴァン ジャポネ 』 は、
モンマルトルの近くにあったコンサート カフェの名前です。
19世紀末、多くの芸術家が通ったカフェ ・・
『ディヴァン ジャポネ 』 を直訳すれば 『日本のカウチ 』 ・・
店内は日本風に飾られていたそうです。
Japonisme ジャポニズムのひとつです。
(2011年10月11日、2012年3月16日のブログ参照 )
アルベール・カーンのカメラマンが撮ったムーラン ルージュ ・・
(5月8日のブログ参照 )
100年前のムーラン ルージュです。
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