(プレジデントオンライン)
PRESIDENT 2014年5月5日号 掲載
10年後、5兆円市場に成長が見込まれるのが、「水素」ビジネスだ。世界のエネルギーが大きく変わる可能性もある!
■「電力のホワイトプラン」を売り込め
それは、1通のメールから始まった。米シリコンバレー滞在中のソフトバンク?孫正義社長から、東京本社の経営戦略室長に宛てられた2行のメールである。
「天然ガスを利用したクリーンな発電システム。すぐに日本での導入検討を」
2012年末、このメールをきっかけに、ソフトバンクで、次世代エネルギーの本命と目される水素を使った燃料電池(FC)システムの導入計画が一気に走り出した。
メールから半年たらずの13年5月、システムを開発した米ベンチャーのブルームエナジーとの合弁会社が設立される。さらに半年後の11月、福岡県福岡市内にあるソフトバンクグループのオフィスビル「M-TOWER(エムタワー)」で、業務用燃料電池である「ブルームエナジーサーバー」1号機の運転が開始された。
ブルームエナジーサーバーは、幅約9メートル、高さ約2メートル、厚さ約2.6メートル。発電能力は200キロワット、20階建てオフィスビルの電力約75%を賄うことができる。
米国で24時間365日稼働する「分散型電源」として導入されたブルームエナジーサーバーは、グーグル、ウォルマート、コカ?コーラといった大企業をはじめ、病院、データセンターなど100カ所を超える施設で利用されている。
ソフトクラークスンクが合弁会社を通じて、非常用や自家発電用の電力として日本の官公庁や企業に売り込む。これまで日本では産業用燃料電池の普及が遅れてきたが、ソフトバンクは、今後3年間に計3万キロワット分の電力の供給?販売を目指す方針だ。
1年に満たないスピードで、ビジネスを立ち上げたのが経営戦略室長(当時)の三輪茂基である。現在、ブルームエナジージャパンの社長を務めるが、狙いについて、こう語る。
「よく勘違いされるのですが、このビジネスは機器を販売する“機器売り”ではありません。ソフトバンクが手掛けるiPhone、iPadの『ホワイトプラン』のように、『電力のホワイトプラン』だと考えてもらえばいい。つまり、機器を売るのではなく、お客様にご利用いただいた分の電気を売る。いわゆる、“売電ソリューションサービス”なんです」
三輪は、燃料電池ビジネスに夢を持つ。
「これが、水素社会の実現に向けた“ブリッジ”の役割を担うと思います」
■いずれ水素は「世界商品」になる
燃料電池は、化学反応を利用して水素と空気中の酸素を反応させて、電気と水を作り出す「装置」だ(H2+1/2 O2=H2O+電気+熱)。電気発生後に出るのは水素イオンが酸素イオンと結合してできた水と熱だけ。だから、水素は「究極のクリーンエネルギー」ともいわれる。ちなみに、燃料電池の方式には、家庭用や自動車に使う固体高分子型(PEFC)と、より高効率で大規模発電用の固体酸化物型(SOFC)などがある。
ソフトバンクが、燃料電池ビジネスを始めた福岡県は、実は「水素タウン(街)自治体」として先駆的な存在だ。10年前の04年、県に「福岡水素エネルギー戦略会議」(以下、戦略会議)が設置され、これをきっかけに水素に関連する研究開発が急速に進んだ。“水素タウン構想”に火をつけた仕掛け人が2人いる。福岡県知事を16年間務め、現在は福岡空港ビルディング社長の麻生渡と九州大学(以下、九大)の副学長も務め、水素研究開発の最前線を走ってきた村上敬宜(九大名誉教授)だ。
2人の出会いは、戦略会議発足の2年前、02年に遡る。九大大学院工学研究科の教授だった村上が、知事室の麻生を訪ねて、水素社会の到来を睨んだ研究体制整備の必要性を訴えた。
「大学や企業がバラバラに研究していては外国に勝てません。福岡県に水素の研究施設を集めるべきです」
村上の熱弁に耳を傾けていた麻生だが、その場で水素研究の拠点を福岡に築くことを即断する。通産省(現経産省)出身で特許庁長官なども務め上げ、イノベーション(技術革新)の重要性を知悉する麻生は、村上の学者らしからぬリーダーシップに懸けてみようと考えたのだ。
「いずれ水素は『世界商品』になる。水素利用技術を開発して、世界トップを目指しましょう」
その後、2人の思いは、福岡県と九大、新日鉄(現在の新日鉄住金)、トヨタ自動車、岩谷産業など民間企業144社?機関で構成された産学官連携の「戦略会議」の発足に結びついていく。14年3月末現在、「戦略会議」の会員数は、当初の5倍近い694社となっている。
戦略会議を皮切りに矢継ぎ早に対策が打たれていく。この中で、重要な要石となったのは、「水素材料先端科学研究センター」(以下、研究センター)の設立である。
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