本書が出版されて以降、「痴呆」は「認知症」へと呼称が変わり、2006年には「高齢者虐待防止法」が新たに制定された。
しかし、虐待およびネグレクトされる高齢者の問題はなおも深刻なままであり、とくに、問題が可視化されやすい病院や介護施設よりも家庭養護における被害の方が深刻の度合いが高く、被害を受けている高齢者は暗数部分が想定できないほど膨大な数に上ることはまちがいない。
その要因の一つは、高齢者虐待防止法において、肝心の、行政が被害を受けている高齢者を職権で強制的に保護する手続きが定められていない点にある。
児童虐待防止法においては、児童相談所に、虐待が疑われる児童を、一時保護し、養護施設に強制入所させる権限が認められており、一時保護や同意による施設入所の場合も、家庭裁判所による命令として、保護者に対し、子どもとの面会や通信を制限し、保護者に対し、子どもの身辺へのつきまといや付近でのはいかいを禁止することができる。また、DV防止法においては、地方裁判所の命令として、加害者に対し、接近禁止と退去を強制することができるのに対し、高齢者に加害をなす者に対しての強行措置は、老人福祉法で、市町村の職権によるやむをえない事由による措置(加害者からの引き離しと介護施設への入所等)が認められているにすぎない。高齢者虐待防止法は、児童虐待防止法とDV防止法との整合性がとれていないという点でも、問題である。
また、親族による高齢者の収入・資産の横領(いわゆる経済的虐待)等については、刑法上、「親族相盗例」として処理され、被害者等からの告訴がなければ犯罪として成立しない(親告罪)、つまり、加害者が横領、窃盗、詐欺等の罪を問われることはない。ここにも、人間一人一人の個別の所有権や生存権の保障が、親族との関係性のなかでないがしろにされている現行法規の問題がある。
いずれにせよ、本書で指摘されている高齢者虐待の問題は、法制度のあり方も含めて、現在もなお未解決のままであると言わざるをえないであろう。
暴力や介護放棄などによる高齢者虐待が問題化している。献身的な介護に努めてきた息子が老親に手を上げる、長引く介護に疲れ果てたお年寄りが配偶者を殺める、といった事件もしばしば報道される。適切なケアが期待される介護施設で虐待が横行している事実も看過できない。誰もが安心して老いを迎えるため、いま何が必要か。家庭や施設における虐待の実情を明らかにし、虐待防止に向けた国内外の取り組みを報告する。
目次
序章 高齢者虐待とは何か
第1章 家庭での虐待
痴呆の母に手をかけた息子
すぐ隣にある虐待 ほか
第2章 施設での虐待
宅老所で起きた監禁事件
閉鎖的な空間の中で ほか
第3章 海外では
アメリカ
ノルウェー ほか
第4章 虐待をどう防ぐか
誰のための介護か
官民の先進的取り組み ほか
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