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超少子化社会の諸問題(講義録)

 一昨日、昨年12月に担当した、筑紫女学園高校「ツイム(追夢)講座」での講義録の校正依頼がきた。これ、生徒さんがテープ起こししたんだろうか。すごいなあ。せっかくなんで、講義録を貼っておきまつ。


超少子化社会の諸問題

ほにゃらら大学
徳○勇

(1)少子化とその現状
 日本は、非常に極端な少子化現象に直面しているということを聞いたことがあると思います。通常、少子化というのは、女性が一生の間に生む子供の数が減っていくことを指します。女性が一生の間に生む子供の数のことを合計特殊出生率と言います。合計特殊出生率とは、簡単に言いますと、その年の出産児数から推測される、女性が一生の間に生むと予測される子供の数です。ですから、あり得ない話ですが、2006年に日本でたくさん子供が生まれたとします。そうすると合計特殊出生率は上がることになります。少子化とは、合計特殊出生率が下降していくことを意味します。
 ここで問題なのは、少子化が進めば進むほど、つまり出生率が下がれば下がるほど、その分だけ人口構成の高齢化も加速されていくということです。日本は先進産業国の中で、これまで最も速い高齢化を経験してきた国です。通常、日本で高齢化率という場合は、全人口の中で占める65歳以上の人口の割合を指します。それが7%を超えたのが1970年、そしてそのわずか24年後の1994年には14%を超えました。7%を超えた社会を高齢化社会、14%を超えた社会を高齢社会と言いますが、人によっては21%を超えると超高齢社会と呼ぶ人もいます。今、日本はまさに20%を超えようとしている段階で、超高齢社会に突入しつつあります。なぜ、世界でも類がないほどのスピードで高齢化が進んでいるのか。それは、世界全体の中で少子化は進んでいますが、その中でも特に日本の少子化傾向が著しいからです。
 次に、世界の主な先進産業国の最新の合計特殊出生率を見ておきたいと思います。

United States of America 2.0
France 1.9
Denmark 1.8
United Kingdom 1.7
Netherlands 1.7
Australia1.7
Sweden 1.6
Canada 1.5
Singapore 1.4
Japan 1.3
Germany 1.3
Italy 1.3
Spain 1.3
Republic of Korea 1.2
出典:WHO(世界保健機関)
 
この合計特殊出生率から仮説を立ててみて下さい。出生率の高い国、中ぐらいの国、極端に低い国、地域的に共通している点はないか、少し考えてみて下さい。
 この中で、最も出生率が高いのはアメリカ合衆国の2.0です。しかし、アメリカ合衆国は、子供を育てていくのに、国民の税金を使う度合いが非常に低い国です。後に触れるように、少子化を抑えるために有効とされているのは、子供を育てる費用を社会全体で負担していくことなのですが、アメリカはその度合いが低い。であるのに、なぜ出生率が高いのかと言いますと、様々な理由がありますが、1つは、アメリカは現在でも移民の国だからです。特に現在の移民で多いのは、中南米から移住してくる人々です。移民の家族の出生率は非常に高いんです。そして、アメリカはヨーロッパのフランス、デンマーク、イギリス、オランダ、スウェーデンのように、社会保障の水準が高くありませんので、基本的に移住した人々の老後というのは、子供に頼る度合いが非常に高くなるんです。ですから、移民の人々の出生率が高いというのが、このような数値に1つは反映されているわけです。
 アメリカに続く比較的出生率の高い国はヨーロッパ諸国になりますが、これらに共通しているのは、子育てにかかる費用を社会全体でまかなう度合いが高いということです。一方、出生率が低い国々は地域的には南ヨーロッパと日本を含む東アジアです。南ヨーロッパと東アジアの国々では、子育てにかかる費用を国民の税金でまかなう度合いが非常に低いんです。
 このように、ある程度経済が高度に発展して、豊かな経済社会を作ることに成功した先進産業国の中でも、出生率に差があります。

(2)少子化の原因
次に少子化の原因を考えたいと思います。
○子供の「消費財」化
先ず、原因の第1として挙げられるのに、子供の「消費財」化というものがあります。かつての農業など自営業中心であった社会では、子供は生産財、特に重要な労働力であったわけです。しかし、1950年代半ばから1970年代前半まで続いた高度経済成長が、それまでの日本の社会を大きく変えました。社会の仕組みや人間の価値観というものが、高度経済成長によって劇的に転換していくことになります。人々の働く形態も劇的に変化していきます。つまり、農家を含めて自営業者がどんどん減っていきました。そして、かわりに増えていったのが被雇用者(いわゆるサラリーマン)と専業主婦の組み合わせからなる核家族世帯であったわけです。
農業を中心とする自営業者社会では子供は家業を担う労働力であり、かつ老親を経済的に扶養することが期待される存在、つまり生産財でありました。しかし、自営業者の社会から被雇用者が多い社会になると、家業の分担継承の必要性がなくなり、また社会保障制度の充実により、老後扶養についての子供に対する期待感は薄れていきました。
 例えば、親が会社員であったり、役所に勤めて公務員として働いていたり、あるいは学校や病院で専門職として働いて給料をもらって生活している世帯では、その家の仕事を継がすための子供をつくらなければならないという必然性はないし、更に、その家の働き手として子供が必要とされるということもなくなってしまいます。では、子供は何のためにつくるのか、産むのか、育てるのか。何か見返りを考えて子供を持つのではなくて、子供という存在が、親に喜びや楽しみを与えてくれる存在であるようになったわけです。少なく生んだ子供を、お金をたくさんかけて大事に育てていく。子供が「消費財」化したということの意味は、少なく生んだ子供を大切に育てていき、そして子供を育てることによる喜び、達成感を親が味わっていく、そのような存在として子供が扱われるようになっていったということです。単に、子供が存在すること、成長することがイコール喜びであるような傾向が強まっていくと、それ以外に喜びや充実感を感じることができるのであれば、必ずしも子供を持つ必要がないということになってしまいます。親が自分達が生き延びるためにも子供を必要とするという度合いが、確実に低くなってきたことが言えます。これが、子供の「消費財」化という傾向です。
○社会保障制度の整備=福祉国家の成立
 社会保障制度が整備された国を福祉国家と言います。曲がりなりにも、日本は1970年代にほぼ福祉国家としての体裁を確立することになりました。国民皆年金、特に老齢年金の制度が確立しました。老後、65歳になると年金で生活できるようになる。年金制度が整備されると、自分の老後を保障してもらうために子供を作るという必要が、更になくなっていくことになります。
○晩婚化・未婚化の進行←ライフスタイルの個人化・多様化
 晩婚化というのは、平均初婚年齢がどんどん伸びていく現象を言います。今、日本の女性の平均初婚年齢は28歳ぐらいです。男性は30歳ぐらいです。
 かつての日本社会は、未婚者に結婚させようとする婚姻規範という力が非常に強かったのですが、現在では30代、40代で結婚していなくても、それは個人の自由であるという価値観が強まってきていますね。つまりライフスタイルの個人化・多様化です。晩婚化の流れが強まると、必然的に子供を産む確率が低くなってきます。
 また、一生結婚しないという未婚化傾向も強まってきています。これもそのまま少子化につながっていくことになります。
○女性の社会進出、子育て支援環境の貧困
 女性が社会進出をするようになったにもかかわらず、子育て中の働く女性を支援していく環境が非常に貧しい現状があります。仕事も続けながら、なお子供を育てていく、仕事と子育てを両立させていくということが、日本の場合は非常に困難です。これも少子化の原因です。先に示した出生率でも、子育て環境が低い国である南ヨーロッパや東アジアが、更に少子化傾向が強くなっていることがわかります。

(3)少子化社会の諸問題
 では次に、なぜ少子化が問題なのかということを、身近なところから簡単に考えたいと思います。
○年金・医療・福祉財源の逼迫
 先ず、社会保障の問題が挙げられます。社会保障の三本柱がありますが、それは年金・医療・福祉です。これらは、日本では国民の税金だけではなくて、社会保険によって運用されています。これは、働く人たちが保険料を出し、蓄えられた保険料を財源にして、生活資金を必要とする人、あるいは医療・福祉サービスを受ける人にそのお金を配分していく仕組みです。
 特に深刻なのが年金です。高齢者人口と生産年齢人口の比率が、今後どのように変化していくかを見ておきたいと思います。65歳以上で、主に年金収入で暮らしている人々にあたるのが高齢者人口です。生産年齢人口というのは、15歳以上64歳未満にあたる人々です。実際は高校進学率がきわめて高くなっていますので、働いて保険料を納めることができる年齢は18歳以上になるかと思われますが。

高齢者人口:生産年齢人口
1  :  3.9  (2003年)
     ↓
1  :  2    (2030年)
     ↓
2  :  3    (2050年)

ここで注意しておきたいのは、日本の年金制度は賦課方式をとっているということです。自分で自分の老後のために働いて得た収入の一部を、保険料として積み立てる方式ではありません。賦課方式とは、その年に必要な年金給付費用をその年に働いている人の保険料でまかなう方式です。ですから、この賦課方式の非常に大きな問題点は、高齢者の年金生活を支える人口の比率が小さくなればなるほど、働く人々の負担が重くなるということです。
 2003年では、高齢者人口と生産年齢人口の比率は約1:4です。高齢者1人を働く人4人が支えるということです。これが、このまま少子化が進むと、2030年には高齢者1人を働く人2人が支えることに、2050年には高齢者2人を働く人3人が支えることになります。
○労働力不足による経済縮小
 2点目に挙げられるのが、労働力不足です。将来の労働力不足が懸念されている問題として、2007年問題というのがあります。日本の場合、1947年~49年に生まれた人口が、突出して多い。この世代のことを〝団塊の世代〟と呼んでいますが、この団塊の世代が60歳の定年になるのが2007年で、一気に退職していくことになります。2年後には労働力は確実に不足することになります。
○高齢者介護労働力の不足
 少子化が進めば、高齢化も進みますから、労働力不足の中でも、高齢者を介護するホームヘルパーや介護福祉の仕事をする労働力が不足してしまう。今でも、福祉の現場、高齢者介護の現場では人手不足が続いています。
今、日本政府は、フィリピンから看護と介護の仕事をする人たちを受け入れる方針をとろうとしています。日本の公的資格があるかなどの厳しい条件付ですが。ちなみに、フィリピンは他国に介護労働者や家事使用人などの出稼ぎ者を送り出している国です。

(4)少子高齢化対策の展開
 では、以上のような問題に対して、日本政府は全く対策をしてこなかったのかというと、そうではありません。しかし、今のところ、政府の対策は少子化を食い止めるだけの有効な手立てとはなっていません。良い結果は生まれていません。
○育児休業制度・児童手当・保育サービスの拡充
 スウェーデンは、非常に手厚い育児休業制度・児童手当・保育サービスを行ってきた代表的な国です。今でもですね、スウェーデンでは子供が生まれた後、390日まで育児休業をとる以前の所得の80%が保障されています。ですから、育児休業をとる前に、日本円で30万円もらっていたとすれば、1年以上にわたって24万円を支給されるということです。安心して育児休業をとって子育てをできるということです。しかし、このように手厚い保障をして、かつて2.0以上まで出生率を回復したのですが、結局1.6まで落ちてしまいました。育児休業制度・児童手当・保育サービスだけでは限界があるんです。
 日本の場合、育児休業制度・児童手当・保育サービスを拡充することによって、おそらく出生率を0.2か0.3、最大に見積もって0.5ぐらいは上げることができると私自身は判断しています。日本は出生率が高い国に比べて、育児休業制度の中身が非常に貧しい国です。まず、法律で所得保障がきっちり明記されていないというのが問題です。実際、調査によると、およそ平均すると40%の所得保障が1年間になされています。育児休業は1年間認められます。児童手当の方は、所得制限がありますし、1人あたり、たった5千円しかもらえません。2人目も5千円です。3人目以降になると1万円になります。これは出生率の高い国の半分から3分の1の水準です。保育サービスもだいぶ改善されてきましたが、まだまだ不十分です。日本の保育サービスの1つの大きな問題点は、特に公立の保育所の場合、共働きでないと入ることができないということです。サラリーマンと専業主婦の世帯でも少子化が進んでいます。専業主婦でも育児にかけなければならない労力、ストレスが非常に大きいわけです。私は、専業主婦にも育児サービスを十分に行き届かせていくことなしには、女性が安心して子供を生むということにはならないのではないかと考えています。
○若年層の労働時間の短縮
 それからもう1つ挙げられるのが、若年層の労働時間を短縮させていく必要があるということです。かつては、大学、高校を卒業して仕事に就いた場合、2年、3年は人材育成を行っていく社内教育がありました。ところが、ここ10年ぐらいの間に、仕事の即戦力として若い人たちを活用するようになってしまいました。全体的には労働時間というのは短縮されています。しかし、若い人たちにとって、恋愛を楽しんで、配偶者を見つけて、結婚して子供を生んで育てていくだけの余裕ができる労働時間とは言えません。国際的にも、若年層の労働時間が長すぎるわけです。日本では、若い人たちの労働時間が長いわけですが、これも少子化に影響していると私は判断しています。
○住宅福祉サービスの拡充
 以下述べるのは、直接的に少子化を抑える効果にはなりませんが、以上の2つの対策に付け加える形で話をします。
なぜ、住宅福祉サービスの拡充が必要であるかというと、調査などからわかっていることですが、お年寄りというのは施設に入って老後を暮らすよりも、住み慣れた家でヘルパーなどの派遣を受けながら生活した方が、満足感が高いからです。そしてもう1つは、施設福祉より在宅福祉の方が費用が安くなるということです。介護保険の財政は、高齢化が進み非常に厳しくなっていますが、介護に関わる社会的な費用を減らしていくためにも、施設福祉から在宅福祉サービスへの転換を進めていく必要があります。
○定年退職制度の見直し
 次に定年退職制度の見直しです。現在の日本は60歳定年制ですが、調査のデータなどを見ると、欧米と比較しても日本人というのは勤労意欲が高い傾向が顕著に見られます。65~74歳までを前期高齢者と呼びますが、圧倒的に「元気老人」が多いんです。まだまだ働きたいという意欲を持った人たちが多い。このような人たちも定年で退職してもらっているから、社会保障制度の財源が非常に厳しくなってしまうということになる。定年退職制度を見直して、働く意欲、能力のある人たちは、本人が希望すれば働き続けることができるようにし、年金を受ける側よりも、年金保険料を負担する側に回ってもらうということも考えられます。
○世帯単位の社会保障から個人単位の社会保障への転換
 年金制度一元化も含めた社会保障制度改革
 次の2つがですね、社会保障の制度を抜本的に見直していく必要があるということです。1つは、世帯単位の社会保障から個人単位の社会保障への転換、もう1つは、年金制度一元化も含めた社会保障制度改革です。今、年金財政が非常に厳しくなっているのは、ただ単に少子高齢化がどんどん進んでいるからだけではありません。社会保険ですから、働く人たちがちゃんと保険料を納めないと、お年寄りに年金を支払うだけの十分なお金を準備できないわけですが、例えば自営業者が入る国民年金の場合、納付率が約6割です。つまり4割は払っていないということです。会社員が入る厚生年金の財政も厳しいです。厚生年金から脱退する企業が増え続けてもいます。
 ではなぜ、このようになっているのか。1つは年金があてにならない、年金制度が複雑すぎて自分の老後を安心して任せる制度として考えることができない、という傾向が強まってきたからです。日本国憲法では生存権が保障されていますので、年金財政が崩壊してしまうと生存権保障のために生活保護費を支給していかなくてはならないということになってしまいます。そうすると国家財政というのは破綻してしまいます。ですから、なんとしても年金制度を維持しなくてはなりません。しかし、国民が信頼に値すると考えていないから、もっとわかりやすくて、そして不公平のない制度に変えていく必要があります。
○「外国人」労働力の受容と市民権の付与
 最後に、少子高齢化によって生まれてくる問題を解決するための対策として考えられるのが、「外国人」の労働力を受け入れて、その人たちに市民権を与えていく、というヨーロッパ諸国が行ってきた方法です。
 しかし、労働力が不足するから外国からたくさんの働き手を受け入れるとなると、かつてのドイツやフランスは、各々、トルコ、アルジェリアからたくさんの移民労働力を受け入れてきましたが、とくにフランスでは、移民の人々の子供、孫の世代を中心として大規模な暴動が起こっています。ちゃんと市民権を与えて、就職の機会もしっかりと公平に保障していかないと大きな問題を生んでいくことになってしまいます。安易に労働力として移民をたくさん受け入れれば良いということではいけません。

(5)まとめと若干の補足
 では、最後にまとめと若干の補足をして終わりたいと思います。
 少子化は日本だけの現象ではありませんが、南ヨーロッパや東アジアの国々、つまり女性の社会進出に抑圧的な社会ほど、少子化現象はより深刻であります。ですから、女性の社会進出を当然のこととし、そしてそれにプラスしてより充実した子育て支援を行っていくことが必要であります。
 そしてまた重要なのは、女性の生む/生まない権利(reproductive rights)を前提とした上での少子化対策が必要であるということです。子供を生むか生まないかを決めるのは、当事者である女性本人の権利です。子供を生みなさい、生まないのはおかしいという価値観を押しつけるのは人権侵害です。
 それから、先ほども触れましたが、前期高齢者の多数が「元気老人」であるということです。彼らは経済、育児・子供の教育、福祉に不可欠の存在です。元気なお年寄りの力というものを活用していく必要性があります。
 また、少子化というのは深刻な問題としてばかり強調されがちですが、一方では、人口減少というのは過密、環境負荷を軽減し、ゆとりある社会を実現する可能性もあります。
 最後に補足ですが、少子化も含めてより私たちが豊かな生活をしていくための社会設計として、1つ参考になるのが、いわゆる「オランダ・モデル」というものです。「オランダ・モデル」というのは、1980年代にオランダで実現された、政府と労働組合(働く側)と雇用者(経営者側)の三者の話し合いの結果生まれた政策です。オランダはこの政策によって、フルタイマーとパートタイマーの経済格差を是正し、女性と男性がともに賃金労働と家事・育児・介護労働に参画できる社会環境づくりに成功しました。この「オランダ・モデル」に日本も学ぶ必要があると思います。

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