今回から、海馬の損傷が性格に与える影響について考察してみます。
海馬は、側頭葉の内側に位置する「大脳辺縁系」の一部ですが、この大脳辺縁系には、「海馬」や「扁桃体」など複数の部位があります。
当コーナーの初めにも述べましたが、人間の感情には、「前頭葉」の思考や判断を介して生じるものと、「扁桃体」の神経反射によって生ずる「情動(短期的な感情)」があります。
神経反射とは、くだけた言い方をすれば、「何も考えずに」生ずるものです。
そして、扁桃体による情動に圧倒的な優位性があり、前頭葉に情報が伝わる前に、情動が意識を支配してしまうこともあります。
側頭葉てんかんの場合には、扁桃体の神経反射の時点で、過剰な情動が生じ、なかなか収束しない傾向が見られます。
この問題の根幹は、「大脳辺縁系」に「記憶」と「情動」の二つの機能があることです。
扁桃体に生じる情動が、直感的な神経反射であるにせよ、どの情報に対して、どのような感情を抱くかは、過去の経験によって脳に刻まれたもの、つまり記憶によります。
記憶は、概ね次の過程によって形成されます。
脳内に入った情報は、大脳辺縁系を循環しているうちに、記憶として固定されていきます。
大脳辺縁系は、扁桃体、海馬、中隔核、扁桃核、脳弓、帯状回など複数の部位によって構成されています。
この過程で、海馬に情報の事実、扁桃体に情報に対する情動が記憶されます。
例えば、人に出会ったときに、相手の特徴は海馬に、相手に抱いた情動は扁桃体に記憶されるわけです。
この場合、個々の情報がどの程度の記憶として残るかは、扁桃体の興奮の程度によります。
その一方で、住所や電話番号など全く情動を伴わない情報も存在します。
暗記の際に、「語呂合わせ」のような手段を用いるのは、このような情報に印象を持たせるためです。
そして、海馬に残った情報には、リハーサルや確認などの記銘処理が行われ、長期記憶として保存されます。
では、海馬に損傷が生ずると何が起こるかです。
よく知られるHM氏の例のように、海馬を完全に摘出した場合には、新しい情報を全く記憶できなくなりますが、一部の損傷の場合は、印象の強い情報だけが脳内に残ります。
これは、単純化したモデルによって述べれば、次のようなことです。
海馬の機能が低下すると、個々の情報に対して浅い記憶痕跡しか残らなくなります。
そのため、次から次へと新しい情報を供給されると、特に記憶しようと意識していなければ1回限りの情報の多くは、記憶として固定される前に消えてしまいます。
例えば、道を歩けば、多くの建物の前を通ったり、無数の人やクルマとすれ違いますが、新たなものが目に入る度に、それまで見ていたものの記憶痕跡が消えてしまい、よほど強い印象を持ったもの以外は、あまり記憶に残りません。
もちろん、同じことを繰り返し体験すれば記憶できますが、損傷がない場合と較べると、即時的な記憶力は確実に低下します。
また、多少の情動を伴っても、印象の薄い情報は、短期間で消えてしまいます。
したがって、「脳内に残る情報の絶対量が少ない反面、記憶として残った情報には(善悪を問わず)強い関心がある」という習慣が出来上がります。
ところが、記憶として残った情報は、以後の情報に対する「評価」の基準になります。
ですから、「記憶」に際して、強い印象を受けた情報しか残さないという処理を繰り返していると、情報を「評価」をする際の基準も、「強い関心がある」と「無関心」の二種類しか必要なくなり、中間的な評価を下す習慣がなくなります。
「無関心」な範囲が広がることは、感情を表す機会が減ることであり、全体的に見れば、普段の心理状態は安定しているという見方もできます。
その反面、関心のある情報に接したときには、大きな情動が生じることを意味します。
簡単に言えば、「好きなものは大好き、嫌いなものは大嫌い、その他は興味がない」、つまり、良い情報にも、悪い情報にも、固執があるということです。
このような固定観念を持つ脳は、当然、柔軟性に欠け、変化を嫌います。
その一方で、決められたことは、着実に実行するでしょうから、「まじめで粘り強い」という評価にもつながります。
しかし、その反面、生活や思考の範囲が限定的になったり、判断基準が固定化したりしやすく、自分のルールを外れた情報に対する潜在的な拒絶意識も強まります。
実際、海馬に損傷のある患者に、新たなことを強要してみれば判りますが、瞬時に拒絶反応を示す傾向が見られます。
「とりあえずやってみよう」という中間的な態度は示さず、すぐに結論を出します (もちろん、すべての患者の方がこのような反応を示すとは言い切れませんが、私の知る限りにおいては、私自身も含め、共通した傾向があるようです)。
また、対人関係においても、安定性を求め、相手の態度の変化に適切に対応できなくなります。
そのため、相手の変化に、無用な不安感や怒りを覚えたりします。
さらに、安定性を望むあまりに、中間的な状態を嫌い、相手に即断即決を迫る傾向も見られます。
この点については、私にも苦い経験があります。
このように、海馬に損傷が生ずると、記憶に残る情報が少なくなる反面、記憶に残った情報の重大性が高まります。
その結果、特定の情報に固執が生じ、自分と異なる意見や考え方などを許容できなくなり、それが、感情の爆発の引き金になっていると考えられます。
つづく
ただ、この記憶障害についても、どうやら、以前、イチローファンさんの「個人解答」が「海馬の損傷」だと誤認して、年齢の問題を長々と書いていたようで、申し訳ありません。
簡単なことでも言ったその場から記憶していないから、何回伝えても同じ間違いをしています。次は、私が行動で正しい見本を示して同じ行動をするようにできるまで教えようかとも考えています。しかし、コピーを取るとか、照合をするとか単純なことですので失礼ではないかとも思っています。この方にどのように教えていけば良いのか判らないで困っています。折角、職場を得たので普通にできるようになって頂きたいと思っています。諦めざるを得ないのか、接し方や教え方によっては、良くなるのかアドバイスをいただけたらと思います。癲癇で障がい手帳を持っておられ、鬱病を発症し現在は回復されています。40歳くらいの男性、ひ弱なタイプでもなく体力はありそうです。