「努力をするやつは好きだぞ」
「つまり、真ちゃん先生は俺が好きだと」
「その三段論法には無理がある。
やり直せ」
Happy Birthday Teacher
少年の名前は高尾和成。
秀徳高校に通う2年生で、部活はバスケ部。
趣味はトレーディングカードで、好物はキムチ。
斡旋所から渡された彼のプロフィールにこんなことは書かれていない。
書かれていたのは、彼が望む教科と学年。
それだけだ。
それにも関わらず、高尾少年の情報には枝葉がついて。
妙な方向に情報が膨れ上がっていた。
緑間真太郎は所謂、家庭教師だ。
大学に通いながら土日をメインに使って家庭教師をしている。
彼自身も学生のため、平日に割ける時間が限られているからであるが。
土日は、あまり生徒が取れない。
誰だって土日は遊びたい、寝ていたい。
それは学生に限らず、全人類の欲求であろう。
そのことを責めるつもりはないし、呆れもしない。
そこで、彼はひとりの生徒に使える時間が増えると考え。
フルに時間を活用して効率的に学習指導していき。
生徒数は少ないながらも驚異的な満足度を叩きだしていた。
主に保護者の。
だが、本人が満足している生徒がひとりだけいた。
それが『高尾和成』だ。
「努力する人間が好きなんでしょ?」
「ああ、そうだ」
「俺は努力をする人間だよ」
「努力するのを見たことがないが?」
「努力は見せるものじゃない、そうだろ?
真ちゃん先生も言ったじゃん」
「……言ったな」
努力は結果を出すための手段で、見せびらかすものではない。
家庭教師はあくまで努力をサポートすることが仕事だ。
自分で動け、求めろ、俺は助けん。
通常、このように伝えると戸惑ったり、狼狽えたりするのだが。
高尾少年は違った。
『ん、期待してねえからそれでいいよ』
期待していない。
なるほど。
そう言われると、無性に腹が立つ。
つまり、教える能力を疑われているわけか。
いいだろう、その評価をひっくり返してる。
彼の闘志がめらりと燃えた。
まず、彼に出された宿題をざっと目を通し。
脳内で解答を導き出したうえで、制限時間を告げて解かせる。
解答しているときに手が一瞬でも止まった個所、書き損じた個所を素早くチェックし。
何に躓いたのかを分析、解決方法を本人に伝えフォローする。
それを繰り返していくうちに徐々に彼の表情が変わっていく。
『先生、すげえわ』
勝った。
さすがにガッツポーズは心の中だけに留めたが。
緑間はこの瞬間、確かに高尾少年との勝負に勝敗がついた。
なんでもないような表情で「そうか」とだけ返す。
その日、とっておきの『しるこ』を開けた。
「この間さ、やっと狙ってたレアカード引いたんだよ!
いやあ、最高に興奮したね!
バスケも興奮するんだけど、それとはまた違う興奮ってぇの!?」
彼の何に触れたのか、高尾少年は緑間に懐いた。
さして長くはない時間の中、彼はとにかく話し続ける。
あまりにも喋るものだからこれで勉強できるのか、とたしなめたこともあったが。
さらさらと与えた課題を解いてみせ『これでいい?』とドヤ顔。
最初の頃は黙って宿題をこなしていたものだから分からなかったのだが。
どうやらこの明るい調子が本来の姿らしい。
教室でもこの調子なのかと思うと、少々頭が痛い。
「分別はあるほうだよ、俺。
茶化す相手がいなきゃ虚しいだけだし」
「友達はいるのだろう?」
「浅く広くお付き合いしてるから、誰の友達でもないわけよ」
誰の友にもなろうとする人間は、誰の友人でもない。
ドイツのある植物生理学者のコトバである。
意味は『八方美人に親友は出来ない』
緑間にも親友と呼べる人間はいなかったように思うが。
まさか高尾からそんな言葉が出るとは思っていなかった。
びっくりした?とにこりと笑う。
「俺、真ちゃんと話したくて本読んでんの」
「……真ちゃん?」
「緑間真太郎だろ?だから、真ちゃん」
「俺はお前より年上で、アルバイトで家庭教師とはいえ目上だ。
先生をつけろ、馬鹿者」
「じゃ、真ちゃん先生」
「そういうこっちゃないのだよ」
結局、呼び方はあれやこれやもっともらしい理由を付けられて。
高尾に逃げ切られてしまった。
『家庭教師は家庭に近くないと、ね?』
今度、ディスカッションの本を読もう、と緑間は心に誓った。
高尾と出会ったのは高校1年の3学期中間テスト明け。
心を開き、異様に懐いてきたのは2年1学期の中間テストの時期。
そして、次の期末テストでは。
「なんか、ご褒美が欲しい」
ぱたりと参考書を閉じ、目を抑える。
ふーっと、息を吐いて高尾を見る。
「なに?」
「ご褒美。
俺、褒められて伸びるタイプ!」
「初耳なのだよ」
「言ったから、ご褒美ちょうだい!」
「何もしないで『褒美』がもらえると思っているなら片腹痛いのだよ」
「ぅ…、あ、努力してる!
今までの努力に!まずは!」
まずは、という言葉が引っかかるが。
決して親切ではない自分のやり方に半年付き合ってきたのだし。
斡旋所に提出する教師の評価表も高得点で付けてくれているし。
恩義も労いの気持ちも多少はある。
まあ、一回、褒美を出せば落ち着くのだろう。
身に付けていたリストバンドを外す。
「…―今は手持ちがない。
リストバンドをやるのだよ」
「え、リストバンド?」
「そろそろ夏だ、汗をかくだろう。
それにバスケットボールをやっているなら手首を…」
「ありがと!真ちゃん先生!!!」
抱きついてこようとする高尾を制し、肩を押さえて椅子に座らせる。
なんだ、この反応は。
最近の男子高校生はそうなのか?
いや、数年前まで高校生だったが、そんなノリではなかったぞ。
……俺の周りがそういう雰囲気でなかっただけか。
「なんだよ、真ちゃん先生。
俺のこと嫌い?」
「好き嫌いの問題ではないのだよ」
「じゃあ、努力する人は好き?」
「努力をするやつは好きだぞ」
「つまり、真ちゃん先生は俺が好きだと」
「その三段論法には無理がある。
やり直せ」
緑間は分かりやすく動揺していた。
表情には出ていないが、かちゃかちゃと眼鏡を鳴らしている。
「俺は先生のこと好きだよ」
Likeなのか、Loveなのか。
はたまたそんな大それた意味はないのか。
仮にLoveだったとき、どう行動する?
いや、まだそう決まったわけではない。
仮定で行動するのは非生産的だ。
そうだ、考えるだけ無駄だ。
「先生は努力する人間が好きなんでしょ?」
「ああ、そうだ」
「俺は努力をする人間だよ」
じーっと緑間を見つめる。
ふざけている目ではない。
真面目で、真摯な、まっすぐな瞳。
灰色がかった大きめの吊り目が緑間だけを見つめている。
熱視線という言葉がぴったりなほどだ。
「真ちゃん先生、誕生日いつ?」
「は?」
「モチベ上げるためにさ、先生に成績捧げるわ。
んで、成績良かったらご褒美ちょうだい」
突然の言葉に処理が追いつかない。
誕生日、誕生日か…。
「7月7日だ」
「それ、誕生日?七夕なんだ?」
「ああ…」
「へえ、ふうん、もうすぐじゃん」
「そうだな」
「目標順位は何位がいい?」
「ゲームではないのだよ…」
多少、呆れながらも考える。
目標設定は大事だ。
緑間は教師モードに入ることに成功し、冷静さを取り戻す。
「そうだな…」
高尾の成績は20位から15位の間だったはず。
10位、いや、それだとすぐ達成できそうだ。
容易く褒美をくれてやるつもりはない。
「5位までに入ったら、褒美をやる」
「高くねっ!?」
「モチベーションが上がるだろう?」
「鬼っ!!」
そうして、その日は緑間が言い負かしてみせ。
高尾が頭を抱える展開になった。
その次の週は大人しく課題をこなすのみ。
何も言ってこないし、雑談もそこそこ。
よかった、高尾は褒美を諦めたようだな。
緑間はほっとして参考書を開く。
そして、迎えた期末試験の結果報告日。
母親がやけに上機嫌に迎えてくれた時に。
緑間は全てを察した。
いつもの成績よりよかったのだ。
15位圏内を突破し、果たして、何位になったのだろうか。
目標は5位だ、そう簡単には達成できるわけはない。
高尾の自室に向かう。
いつもは出迎えに来るくせに今日は来ない。
何かを企んでいるのか?
緊張しながらノック、ゆっくりとドアノブを回す。
「たか…」
「誕生日おめでとー!真ちゃんせんせー!」
「な…っ!?」
部屋に響く破裂音。
どうやらクラッカーが鳴らされたらしいことを。
床に散乱する紙と火薬の匂いで把握する。
高尾は頬を上気させていて、興奮しているのが表面的に分かった。
「はぁー、出迎えに行きたくてウズウズしてたんだけど!
やっぱサプライズっしょ!ってことで!
姿を隠して待っていたのだよー!」
「真似するな、煩い、落ち着け」
「うはははは!
本当は当日祝いたかったんだけど、試験前で我慢したからさー。
期末終わったし、いっかなーって!」
「お前、もう進路を決める時期だぞ」
「うっわー、かってー…」
冷水のような言葉を浴びせられて高尾は一気にクールダウン。
床を片付けつつ、椅子を引く。
さあ、結果はどうだった?
「見せろ」
「はいよ」
受け取った紙に素早く目を走らす。
総合順位はいくつだ。
「な…っ、さ、3位だと…!?
お前、17位付近をフラフラとしていたろうが!!」
「てへっ」
「何故、これを毎回やらないのだよ!」
「ご褒美がかかってたからねー」
にやにやと高尾が笑っている。
素直に喜べないのは、高尾の笑顔のせいだ。
何か企んでいる。
「目標は達成したぜ、しーんちゃん」
「むう…、約束は約束だからな」
待ってました!と表情に浮かべて、高尾の顔が輝く。
鞄を開けて、高尾に手を出すように言うとそれに喜んで従う。
「ノート5冊。せいぜい励め」
「待って!?」
「む?不満か?
では、飴玉を一袋付けるのだよ」
「俺、高校生!しかも、男ね!?
ご褒美っつたらさあ、違うっしょ!?」
使うけど!!ありがとね!と泣きながら怒っている。
悲しいかな。
学生である以上、ノートは必需品のため、あって困ることはないのだ。
もらったノートと飴袋を勉強机に置くと。
高尾は雰囲気を変えた。
緑間をベッド側に引っ張って、引き倒す。
転がりはしなかったものの、緑間はベッドに座る形になり。
詰め寄る高尾の顔が一気に近くなる。
「好きって言ったよな?」
「敬語」
「言いましたよね」
「言った」
「好きな奴に望むことなんて、そういうものに決まってるじゃないですか」
「……高尾」
「キスしていいですか、先生」
『好き』と言われたあの日。
こうなることを予感していたのだろう。
だから、逃げるように目標値を設定したのだ。
最初から負けていた。
「高尾、この問題に答えられたらしていいぞ」
「…?」
「俺の望む理想の関係は塩化ナトリウムだ。
この意味は?」
「は?え?」
「宿題にしておいてやる、せいぜい考えろ」
緑間は高尾を少し押して上体を起こさせた。
すっかり毒気を抜かれてしまった目の前の少年が途端愛しくなり。
くすりと微かに笑うと。
ちゅっ、とその額に唇を落とした。
突然の出来事に高尾は顔を真っ赤にして、額を抑える。
「礼を言っていなかった。
祝いの言葉、ありがとう。
それと、よくやった、高尾」
*****************************
塩化ナトリウム = 結合状態がとても安定している物質
緑間くんの得意科目が「生物」「化学」ってことで。
キュリー夫人が言われたプロポーズらしいですよ!
せっかくの生徒×教師ものだったのですが。
残念、自分には料理するだけの語彙もスペックもなかったようです。
よそのプロの皆様に幸せにしてもらってください。
誕生日おめでとう、真ちゃん!!!
大好きです!
「つまり、真ちゃん先生は俺が好きだと」
「その三段論法には無理がある。
やり直せ」
Happy Birthday Teacher
少年の名前は高尾和成。
秀徳高校に通う2年生で、部活はバスケ部。
趣味はトレーディングカードで、好物はキムチ。
斡旋所から渡された彼のプロフィールにこんなことは書かれていない。
書かれていたのは、彼が望む教科と学年。
それだけだ。
それにも関わらず、高尾少年の情報には枝葉がついて。
妙な方向に情報が膨れ上がっていた。
緑間真太郎は所謂、家庭教師だ。
大学に通いながら土日をメインに使って家庭教師をしている。
彼自身も学生のため、平日に割ける時間が限られているからであるが。
土日は、あまり生徒が取れない。
誰だって土日は遊びたい、寝ていたい。
それは学生に限らず、全人類の欲求であろう。
そのことを責めるつもりはないし、呆れもしない。
そこで、彼はひとりの生徒に使える時間が増えると考え。
フルに時間を活用して効率的に学習指導していき。
生徒数は少ないながらも驚異的な満足度を叩きだしていた。
主に保護者の。
だが、本人が満足している生徒がひとりだけいた。
それが『高尾和成』だ。
「努力する人間が好きなんでしょ?」
「ああ、そうだ」
「俺は努力をする人間だよ」
「努力するのを見たことがないが?」
「努力は見せるものじゃない、そうだろ?
真ちゃん先生も言ったじゃん」
「……言ったな」
努力は結果を出すための手段で、見せびらかすものではない。
家庭教師はあくまで努力をサポートすることが仕事だ。
自分で動け、求めろ、俺は助けん。
通常、このように伝えると戸惑ったり、狼狽えたりするのだが。
高尾少年は違った。
『ん、期待してねえからそれでいいよ』
期待していない。
なるほど。
そう言われると、無性に腹が立つ。
つまり、教える能力を疑われているわけか。
いいだろう、その評価をひっくり返してる。
彼の闘志がめらりと燃えた。
まず、彼に出された宿題をざっと目を通し。
脳内で解答を導き出したうえで、制限時間を告げて解かせる。
解答しているときに手が一瞬でも止まった個所、書き損じた個所を素早くチェックし。
何に躓いたのかを分析、解決方法を本人に伝えフォローする。
それを繰り返していくうちに徐々に彼の表情が変わっていく。
『先生、すげえわ』
勝った。
さすがにガッツポーズは心の中だけに留めたが。
緑間はこの瞬間、確かに高尾少年との勝負に勝敗がついた。
なんでもないような表情で「そうか」とだけ返す。
その日、とっておきの『しるこ』を開けた。
「この間さ、やっと狙ってたレアカード引いたんだよ!
いやあ、最高に興奮したね!
バスケも興奮するんだけど、それとはまた違う興奮ってぇの!?」
彼の何に触れたのか、高尾少年は緑間に懐いた。
さして長くはない時間の中、彼はとにかく話し続ける。
あまりにも喋るものだからこれで勉強できるのか、とたしなめたこともあったが。
さらさらと与えた課題を解いてみせ『これでいい?』とドヤ顔。
最初の頃は黙って宿題をこなしていたものだから分からなかったのだが。
どうやらこの明るい調子が本来の姿らしい。
教室でもこの調子なのかと思うと、少々頭が痛い。
「分別はあるほうだよ、俺。
茶化す相手がいなきゃ虚しいだけだし」
「友達はいるのだろう?」
「浅く広くお付き合いしてるから、誰の友達でもないわけよ」
誰の友にもなろうとする人間は、誰の友人でもない。
ドイツのある植物生理学者のコトバである。
意味は『八方美人に親友は出来ない』
緑間にも親友と呼べる人間はいなかったように思うが。
まさか高尾からそんな言葉が出るとは思っていなかった。
びっくりした?とにこりと笑う。
「俺、真ちゃんと話したくて本読んでんの」
「……真ちゃん?」
「緑間真太郎だろ?だから、真ちゃん」
「俺はお前より年上で、アルバイトで家庭教師とはいえ目上だ。
先生をつけろ、馬鹿者」
「じゃ、真ちゃん先生」
「そういうこっちゃないのだよ」
結局、呼び方はあれやこれやもっともらしい理由を付けられて。
高尾に逃げ切られてしまった。
『家庭教師は家庭に近くないと、ね?』
今度、ディスカッションの本を読もう、と緑間は心に誓った。
高尾と出会ったのは高校1年の3学期中間テスト明け。
心を開き、異様に懐いてきたのは2年1学期の中間テストの時期。
そして、次の期末テストでは。
「なんか、ご褒美が欲しい」
ぱたりと参考書を閉じ、目を抑える。
ふーっと、息を吐いて高尾を見る。
「なに?」
「ご褒美。
俺、褒められて伸びるタイプ!」
「初耳なのだよ」
「言ったから、ご褒美ちょうだい!」
「何もしないで『褒美』がもらえると思っているなら片腹痛いのだよ」
「ぅ…、あ、努力してる!
今までの努力に!まずは!」
まずは、という言葉が引っかかるが。
決して親切ではない自分のやり方に半年付き合ってきたのだし。
斡旋所に提出する教師の評価表も高得点で付けてくれているし。
恩義も労いの気持ちも多少はある。
まあ、一回、褒美を出せば落ち着くのだろう。
身に付けていたリストバンドを外す。
「…―今は手持ちがない。
リストバンドをやるのだよ」
「え、リストバンド?」
「そろそろ夏だ、汗をかくだろう。
それにバスケットボールをやっているなら手首を…」
「ありがと!真ちゃん先生!!!」
抱きついてこようとする高尾を制し、肩を押さえて椅子に座らせる。
なんだ、この反応は。
最近の男子高校生はそうなのか?
いや、数年前まで高校生だったが、そんなノリではなかったぞ。
……俺の周りがそういう雰囲気でなかっただけか。
「なんだよ、真ちゃん先生。
俺のこと嫌い?」
「好き嫌いの問題ではないのだよ」
「じゃあ、努力する人は好き?」
「努力をするやつは好きだぞ」
「つまり、真ちゃん先生は俺が好きだと」
「その三段論法には無理がある。
やり直せ」
緑間は分かりやすく動揺していた。
表情には出ていないが、かちゃかちゃと眼鏡を鳴らしている。
「俺は先生のこと好きだよ」
Likeなのか、Loveなのか。
はたまたそんな大それた意味はないのか。
仮にLoveだったとき、どう行動する?
いや、まだそう決まったわけではない。
仮定で行動するのは非生産的だ。
そうだ、考えるだけ無駄だ。
「先生は努力する人間が好きなんでしょ?」
「ああ、そうだ」
「俺は努力をする人間だよ」
じーっと緑間を見つめる。
ふざけている目ではない。
真面目で、真摯な、まっすぐな瞳。
灰色がかった大きめの吊り目が緑間だけを見つめている。
熱視線という言葉がぴったりなほどだ。
「真ちゃん先生、誕生日いつ?」
「は?」
「モチベ上げるためにさ、先生に成績捧げるわ。
んで、成績良かったらご褒美ちょうだい」
突然の言葉に処理が追いつかない。
誕生日、誕生日か…。
「7月7日だ」
「それ、誕生日?七夕なんだ?」
「ああ…」
「へえ、ふうん、もうすぐじゃん」
「そうだな」
「目標順位は何位がいい?」
「ゲームではないのだよ…」
多少、呆れながらも考える。
目標設定は大事だ。
緑間は教師モードに入ることに成功し、冷静さを取り戻す。
「そうだな…」
高尾の成績は20位から15位の間だったはず。
10位、いや、それだとすぐ達成できそうだ。
容易く褒美をくれてやるつもりはない。
「5位までに入ったら、褒美をやる」
「高くねっ!?」
「モチベーションが上がるだろう?」
「鬼っ!!」
そうして、その日は緑間が言い負かしてみせ。
高尾が頭を抱える展開になった。
その次の週は大人しく課題をこなすのみ。
何も言ってこないし、雑談もそこそこ。
よかった、高尾は褒美を諦めたようだな。
緑間はほっとして参考書を開く。
そして、迎えた期末試験の結果報告日。
母親がやけに上機嫌に迎えてくれた時に。
緑間は全てを察した。
いつもの成績よりよかったのだ。
15位圏内を突破し、果たして、何位になったのだろうか。
目標は5位だ、そう簡単には達成できるわけはない。
高尾の自室に向かう。
いつもは出迎えに来るくせに今日は来ない。
何かを企んでいるのか?
緊張しながらノック、ゆっくりとドアノブを回す。
「たか…」
「誕生日おめでとー!真ちゃんせんせー!」
「な…っ!?」
部屋に響く破裂音。
どうやらクラッカーが鳴らされたらしいことを。
床に散乱する紙と火薬の匂いで把握する。
高尾は頬を上気させていて、興奮しているのが表面的に分かった。
「はぁー、出迎えに行きたくてウズウズしてたんだけど!
やっぱサプライズっしょ!ってことで!
姿を隠して待っていたのだよー!」
「真似するな、煩い、落ち着け」
「うはははは!
本当は当日祝いたかったんだけど、試験前で我慢したからさー。
期末終わったし、いっかなーって!」
「お前、もう進路を決める時期だぞ」
「うっわー、かってー…」
冷水のような言葉を浴びせられて高尾は一気にクールダウン。
床を片付けつつ、椅子を引く。
さあ、結果はどうだった?
「見せろ」
「はいよ」
受け取った紙に素早く目を走らす。
総合順位はいくつだ。
「な…っ、さ、3位だと…!?
お前、17位付近をフラフラとしていたろうが!!」
「てへっ」
「何故、これを毎回やらないのだよ!」
「ご褒美がかかってたからねー」
にやにやと高尾が笑っている。
素直に喜べないのは、高尾の笑顔のせいだ。
何か企んでいる。
「目標は達成したぜ、しーんちゃん」
「むう…、約束は約束だからな」
待ってました!と表情に浮かべて、高尾の顔が輝く。
鞄を開けて、高尾に手を出すように言うとそれに喜んで従う。
「ノート5冊。せいぜい励め」
「待って!?」
「む?不満か?
では、飴玉を一袋付けるのだよ」
「俺、高校生!しかも、男ね!?
ご褒美っつたらさあ、違うっしょ!?」
使うけど!!ありがとね!と泣きながら怒っている。
悲しいかな。
学生である以上、ノートは必需品のため、あって困ることはないのだ。
もらったノートと飴袋を勉強机に置くと。
高尾は雰囲気を変えた。
緑間をベッド側に引っ張って、引き倒す。
転がりはしなかったものの、緑間はベッドに座る形になり。
詰め寄る高尾の顔が一気に近くなる。
「好きって言ったよな?」
「敬語」
「言いましたよね」
「言った」
「好きな奴に望むことなんて、そういうものに決まってるじゃないですか」
「……高尾」
「キスしていいですか、先生」
『好き』と言われたあの日。
こうなることを予感していたのだろう。
だから、逃げるように目標値を設定したのだ。
最初から負けていた。
「高尾、この問題に答えられたらしていいぞ」
「…?」
「俺の望む理想の関係は塩化ナトリウムだ。
この意味は?」
「は?え?」
「宿題にしておいてやる、せいぜい考えろ」
緑間は高尾を少し押して上体を起こさせた。
すっかり毒気を抜かれてしまった目の前の少年が途端愛しくなり。
くすりと微かに笑うと。
ちゅっ、とその額に唇を落とした。
突然の出来事に高尾は顔を真っ赤にして、額を抑える。
「礼を言っていなかった。
祝いの言葉、ありがとう。
それと、よくやった、高尾」
*****************************
塩化ナトリウム = 結合状態がとても安定している物質
緑間くんの得意科目が「生物」「化学」ってことで。
キュリー夫人が言われたプロポーズらしいですよ!
せっかくの生徒×教師ものだったのですが。
残念、自分には料理するだけの語彙もスペックもなかったようです。
よそのプロの皆様に幸せにしてもらってください。
誕生日おめでとう、真ちゃん!!!
大好きです!
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