端と底を行き来するRPG

そのとき、きっと誰かの中心blog。
アーカイブにある作品は人事を尽くした盛者必衰の入れ替え制。

君桜

2009-04-12 21:02:56 | ティアクライス
季節は巡る。
その眼差しに、惹かれ。
その思いに、惹かれ。
いつの間にやらあの日から随分時が経った。

Symptom Of Spring03

「この国は、ずっと『夏』なのか?」
「『夏』?」
「? ああ、ここでは季節がないのか。
 アストラシアには、春と夏があるのだ。
 夏はこのように暑いが、春は日差しが柔らかくて過ごしやすいんだ」
「そうなのですか」

冥夜の剣師団兵舎屋上に、二人で上がって風を受けていた。
砂塵が舞い、日差し隠れる雲のないこの気候。
それを彼女は「夏」と称した。
不思議な感覚だった。

ふと、鼻先を甘い匂いがくすぐった。
嗅いだことのない匂い。
それは、クロデキルドから香っているようであった。

「何ですか、この香り…?」
え?とクロデキルドは首をかしげた。
そして、すぐに、ああと腰の辺りから小袋を取り出した。
手にしたソレをアスアドに渡す。
「匂い袋だ、『桜』の」
「サクラ?」
「うん、春に咲く花だよ」


「まるで『春』ですね」



最終戦から3年が経った。
魔導院も落ち着き、やっと自分にも余裕が出来た。
屋上に上がり、風に当たるのはもはや習慣になっていた。
この風は、時には心地よさを与え。
時には、ジャナム砂漠からの砂塵を運び。
時には、あの匂いを国中に運んでいた。

「『春』の香りがするな」

うしろから突然声が聞こえた。
女王として忙しいはずのクロデキルドの出現に少し戸惑いながら。
ええ、そうですね。とアスアドは深くうなずいた。
クロデキルドはアスアドのところまで歩いていき、彼の隣に立った。
こうして二人でいるのは、ひどく久しぶりだ。
お互いが忙しくて、すれ違い、話す時は朝の謁見の時だけ。
関係に目立った進展はない。
それは、残念なようであり、安堵するようであった。
『春』の匂いに包まれて、空を振り仰いだ。
空は、とてもとても広くて。
あの彼の地へつながっていることを考えた。

「…っ!」

ふいに、アスアドの左手が何かに触れた。
みるとクロデキルドが手を握っていた。
彼女は空を見ている。
その顔に心臓の鼓動が早くなる。

「…彼の地へ行かないでくれ」
「え?」
「ひどく遠くを見る目をしていた。
 …考えていたんだろう?」
「はい」

きゅっと力が込められた。
ああ、心配をさせてしまったらしい。

「確かに家族や友人に会いたいという思いはあります。
 理不尽に奪われて、まだどこかで信じられないんです」
「…うん」
「けど、死にたいとは違うんですよ。
 なんと言えばいいか。
 ああ、ここにいないんだなっていう哀愁…とでも言うか」
「うん」
「…俺は、あなたを裏切って彼の地へは行きません。
 思い出に負けて、その道を選ぶことはしません」
「そうか」

ふふっと笑った顔に、ああ、よかったと思った。
本当はあなたの右手の温かさに夢中で。
あなたのことばかり考えていた。
手をつないだ瞬間に、確かに、彼の地は遠のいた。

「『春』の香りがしますね」
「そうだな」

あなたの左手は手持ち無沙汰だったけど。
俺の心には、大切な気持ちでいっぱいになった。


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やっと…書きたいとこが書けた。
なげぇよ、前置き。
そして、さりげなく「その後」ネタバレごめんなさい。
まぁ、「その後」知らなきゃどこら辺までがネタバレなのか分かるまいが。
君桜シリーズ。
他のカプでもちょいちょい書く予定。
あー、アスクロっていいな!!

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