自席に戻ってパソコンをつける。
午後の予定は、自分の記憶通り空っぽだ。
ただ『時計』について何にも用意していない。
今日、営業をかけるのはやめておこう。
住所と対象の名前と容姿。
コレを把握できれば十分だ。
(強烈な前情報聞いてるからな)
おは朝占いのラッキーアイテム装備時は、それに触れてはならない。
なかなかに難易度が高いと思う。
真夏に『マフラー』とか平気で言ってくるのだ。
いやあ、わざわざ引っ張り出さないっしょ…。
『海外旅行』だった日には喧嘩売ってんのかとさえ思う。
有休?そんなもの、2年ごとに没収されてますけど。
スケジュールを記入しているといろんな人が次々に俺の肩を叩いていく。
黄瀬、お前、即行で喋りすぎ。
時計と職人と営業と
電車を乗り継ぐこと1時間30分。
閑静な住宅街に目的の場所はあった。
『緑間時計店』
昔から建ってますって感じの一軒家と食堂に挟まれて。
飾りっ気が一切ない工房はひっそり存在していた。
遠目から見ただけでは、やっぱりというか何も分からない。
そもそも時計を売っているのだろうか。
ガラスウィンドウもないし、営業中の看板もない。
客を装って近付いてみようかと一歩踏み出すと。
突然入り口が開いて、人が飛び出してきた。
もしかして、他社の営業か?
続けて家主らしき人物が出てくる。
聞こえてきた声は確かに若く、意思を持っているせいか力強い。
「世辞で俺の時計を評価するな!!」
わーお、これは聞きしに勝る気難しさ。
お世辞もお好きでないようだ。
さて、予定通り、客として行った方がいいのか。
それとも営業として名乗って去ったほうがいいのか。
「おい!」
プランを練っている俺の耳にまたもや声が届いた。
顔を上げると緑の髪が目に飛び込んでくる。
眼鏡をかけて、紺色のエプロン、手にはウサギのぬいぐるみ。
噂のご本人様登場だ。
「お前も営業か?」
「はい、営業の高尾と申します」
「しつこいな、貴様等は」
難攻不落の職人様は本当に不機嫌そうだ。
とりつく島もないとはこのことである。
持っているあれが例のラッキーアイテムだろうから、話題にしないに限る。
だが、せっかく向こうから話しかけてきたのだし、このチャンスを生かしたい。
ちらりと彼の腕を見る。
革ベルトの腕時計がきっちり嵌っている。
「その腕時計」
「ん?」
「あなたが作ったのですか?」
「そうだ」
目立たず、されど存在感はあって。
なるほど、素人目でも分かる品質ね。
自分がしているノーブランドの時計とは違う。
それなりの値段はしたが、この時計を見てしまうと。
『一生もの』でないことは明白だった。
まじまじと腕時計を観察していると、ため息が聞こえてきた。
しまった、時計に見惚れてた。
「高尾、と言ったか。
営業はどうした、しないのか?」
「あー、今日はしないです。
この時計見たら、利益云々なんかどうでもいいって感じ」
「時計、好きなのか?」
「腕時計は好きです、一番身近なアクセサリーじゃないですか」
中学生の時、どうしても腕時計が欲しくて。
小遣いとお年玉を全額突っ込んだことがある。
それを見た親父が『コレやるよ』と古い腕時計を寄越して。
嬉しかった俺は週代わりで交互に付け変えたものだ。
大学受験で、緊張から頭が真っ白になった時は。
親父からもらったその腕時計が。
どっしりと、いぶし銀な雰囲気で存在してくれた。
おかげで冷静さを取り戻して、第一希望に合格。
大学の講義も縁起担ぎでずっと身につけていた。
就職して営業回りをするとなったとき。
ひと月分の給料を全額突っ込んで腕時計を購入した。
母親が『なんでいつも全額使うの?』と聞くので。
『大切にしようって気合いが入るから』と返したら。
「『それはいい考え方』なのだよ」
「へ?」
「時計は、老若男女問わず買えるし。
未成年にとって校則違反だなんだと言われずに済む唯一と言っていいアクセサリーだ。
まぁ、若干、値は張るが」
「技術料なんだろ?」
「それもあるが、単純に就労時間の問題だ。
部品が細かいから組み立てるだけでも手間がかかるのだよ。
手作りなら尚更な」
黄瀬の言葉を思い出す。
『仕事見たらヤバイッスよ』
つまりは、機械に頼らない作り方をしているのだろう。
このひとの作った腕時計をもっと見たい。
「緑間さん、で名前いいですよね?
緑間さんって時計の販売はしてるんですか」
「……企業に卸す気はないのだよ」
あ、やべ、機嫌損ねた。
販売とか『ビジネス』の匂いがちょっとでもする話題は御法度のようだ。
これは下手に取り繕うと口聞いてもらえなくなるな。
深い意味はないですよ、とだけ言って鞄を持ち直す。
(販売してるなら、もっと時計見られるかなと思ったんだけど…)
会社としてご縁が出来なくても、個人的なご縁は結びたい。
何か、何かないだろうか。
(あ…)
そう言えば、親父からもらったあの時計。
電池が切れて動かなくなっていた。
学生時代の時計話をしながら、時計を自慢したい。
彼からしてみれば、何でもない時計かもしれないが。
「時計の電池って換えてもらえますか?」
「……どういう時計だ?」
「年代物で防水加工とかシャレた物はついてないやつ」
「電池交換だけだな?」
「はい、えーっと明日、持ち込んでもいいですか?
19時に伺っても?」
手帳を取り出して予定を確認する。
営業回りをするが、出張ではなく会社近辺。
なんとかなるだろう。
「……かまわないが。
なぜ、そんなに焦っているのだよ?」
「善は急げってやつです。
電池切れてるのを思い出したら気になっちゃって」
「……そうか」
時計職人・緑間との付き合いは。
40分の立ち話から始まったのである。
************************
時計の知識なんかないので、当たり障りのないところを書いてます。
絶対ボロが出るからあまり詳細に書きたくない。
>> 全額突っ込んで腕時計を購入
少なくても、1万や2万の時計ではないわけだ。
最初の給料は会社にもよるんだろうけど、10万程度かなと。
テレビで35万とか70万とかの時計を見るとちょっと引きます。
出会い編なので、緑間がそれなりに警戒しています。
営業をかけなかったのと、高尾の持つ時計持論を気に入って。
多少好感度アップ。
それでも半信半疑なので、高尾の「善は急げ」は複雑な心境で聞いています。
午後の予定は、自分の記憶通り空っぽだ。
ただ『時計』について何にも用意していない。
今日、営業をかけるのはやめておこう。
住所と対象の名前と容姿。
コレを把握できれば十分だ。
(強烈な前情報聞いてるからな)
おは朝占いのラッキーアイテム装備時は、それに触れてはならない。
なかなかに難易度が高いと思う。
真夏に『マフラー』とか平気で言ってくるのだ。
いやあ、わざわざ引っ張り出さないっしょ…。
『海外旅行』だった日には喧嘩売ってんのかとさえ思う。
有休?そんなもの、2年ごとに没収されてますけど。
スケジュールを記入しているといろんな人が次々に俺の肩を叩いていく。
黄瀬、お前、即行で喋りすぎ。
時計と職人と営業と
電車を乗り継ぐこと1時間30分。
閑静な住宅街に目的の場所はあった。
『緑間時計店』
昔から建ってますって感じの一軒家と食堂に挟まれて。
飾りっ気が一切ない工房はひっそり存在していた。
遠目から見ただけでは、やっぱりというか何も分からない。
そもそも時計を売っているのだろうか。
ガラスウィンドウもないし、営業中の看板もない。
客を装って近付いてみようかと一歩踏み出すと。
突然入り口が開いて、人が飛び出してきた。
もしかして、他社の営業か?
続けて家主らしき人物が出てくる。
聞こえてきた声は確かに若く、意思を持っているせいか力強い。
「世辞で俺の時計を評価するな!!」
わーお、これは聞きしに勝る気難しさ。
お世辞もお好きでないようだ。
さて、予定通り、客として行った方がいいのか。
それとも営業として名乗って去ったほうがいいのか。
「おい!」
プランを練っている俺の耳にまたもや声が届いた。
顔を上げると緑の髪が目に飛び込んでくる。
眼鏡をかけて、紺色のエプロン、手にはウサギのぬいぐるみ。
噂のご本人様登場だ。
「お前も営業か?」
「はい、営業の高尾と申します」
「しつこいな、貴様等は」
難攻不落の職人様は本当に不機嫌そうだ。
とりつく島もないとはこのことである。
持っているあれが例のラッキーアイテムだろうから、話題にしないに限る。
だが、せっかく向こうから話しかけてきたのだし、このチャンスを生かしたい。
ちらりと彼の腕を見る。
革ベルトの腕時計がきっちり嵌っている。
「その腕時計」
「ん?」
「あなたが作ったのですか?」
「そうだ」
目立たず、されど存在感はあって。
なるほど、素人目でも分かる品質ね。
自分がしているノーブランドの時計とは違う。
それなりの値段はしたが、この時計を見てしまうと。
『一生もの』でないことは明白だった。
まじまじと腕時計を観察していると、ため息が聞こえてきた。
しまった、時計に見惚れてた。
「高尾、と言ったか。
営業はどうした、しないのか?」
「あー、今日はしないです。
この時計見たら、利益云々なんかどうでもいいって感じ」
「時計、好きなのか?」
「腕時計は好きです、一番身近なアクセサリーじゃないですか」
中学生の時、どうしても腕時計が欲しくて。
小遣いとお年玉を全額突っ込んだことがある。
それを見た親父が『コレやるよ』と古い腕時計を寄越して。
嬉しかった俺は週代わりで交互に付け変えたものだ。
大学受験で、緊張から頭が真っ白になった時は。
親父からもらったその腕時計が。
どっしりと、いぶし銀な雰囲気で存在してくれた。
おかげで冷静さを取り戻して、第一希望に合格。
大学の講義も縁起担ぎでずっと身につけていた。
就職して営業回りをするとなったとき。
ひと月分の給料を全額突っ込んで腕時計を購入した。
母親が『なんでいつも全額使うの?』と聞くので。
『大切にしようって気合いが入るから』と返したら。
「『それはいい考え方』なのだよ」
「へ?」
「時計は、老若男女問わず買えるし。
未成年にとって校則違反だなんだと言われずに済む唯一と言っていいアクセサリーだ。
まぁ、若干、値は張るが」
「技術料なんだろ?」
「それもあるが、単純に就労時間の問題だ。
部品が細かいから組み立てるだけでも手間がかかるのだよ。
手作りなら尚更な」
黄瀬の言葉を思い出す。
『仕事見たらヤバイッスよ』
つまりは、機械に頼らない作り方をしているのだろう。
このひとの作った腕時計をもっと見たい。
「緑間さん、で名前いいですよね?
緑間さんって時計の販売はしてるんですか」
「……企業に卸す気はないのだよ」
あ、やべ、機嫌損ねた。
販売とか『ビジネス』の匂いがちょっとでもする話題は御法度のようだ。
これは下手に取り繕うと口聞いてもらえなくなるな。
深い意味はないですよ、とだけ言って鞄を持ち直す。
(販売してるなら、もっと時計見られるかなと思ったんだけど…)
会社としてご縁が出来なくても、個人的なご縁は結びたい。
何か、何かないだろうか。
(あ…)
そう言えば、親父からもらったあの時計。
電池が切れて動かなくなっていた。
学生時代の時計話をしながら、時計を自慢したい。
彼からしてみれば、何でもない時計かもしれないが。
「時計の電池って換えてもらえますか?」
「……どういう時計だ?」
「年代物で防水加工とかシャレた物はついてないやつ」
「電池交換だけだな?」
「はい、えーっと明日、持ち込んでもいいですか?
19時に伺っても?」
手帳を取り出して予定を確認する。
営業回りをするが、出張ではなく会社近辺。
なんとかなるだろう。
「……かまわないが。
なぜ、そんなに焦っているのだよ?」
「善は急げってやつです。
電池切れてるのを思い出したら気になっちゃって」
「……そうか」
時計職人・緑間との付き合いは。
40分の立ち話から始まったのである。
************************
時計の知識なんかないので、当たり障りのないところを書いてます。
絶対ボロが出るからあまり詳細に書きたくない。
>> 全額突っ込んで腕時計を購入
少なくても、1万や2万の時計ではないわけだ。
最初の給料は会社にもよるんだろうけど、10万程度かなと。
テレビで35万とか70万とかの時計を見るとちょっと引きます。
出会い編なので、緑間がそれなりに警戒しています。
営業をかけなかったのと、高尾の持つ時計持論を気に入って。
多少好感度アップ。
それでも半信半疑なので、高尾の「善は急げ」は複雑な心境で聞いています。
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