端と底を行き来するRPG

そのとき、きっと誰かの中心blog。
アーカイブにある作品は人事を尽くした盛者必衰の入れ替え制。

死はチャイムと共に

2016-07-31 19:38:07 | テキスト(よろず)
そこになんの感慨もなかったし。
必要ならば、命だって差し出せた。
だというのに、連れて行くことは出来ないと言われた。
分からない、なぜ自分は死ねないのか。
迎えに来たのは、君だろう?

死はチャイムとともに

エミヤは某企業に勤めるサラリーマンである。
朝の9時から19時までデスクと電話と戯れ。
寄り道もせずに帰っていく。
趣味は料理と読書。
一時、趣味が貯金になったことがあったが。
知人にストイック過ぎて自分が惨めになるから、やめてくれと言われ。
趣味にするのをやめた。
その代わり、と始めたのが読書である。
平日は料理で気分転換をし、土日は紅茶を飲みながら読書をするのだ。
これで十分に満たされているのだが、これまた、年寄り臭いと不評。
もったいない、と言われるのだが何がもったいないのかは教えてくれない。
そういえば、寝る前の瞑想もあまり好評ではなかったな、と。
夕食を作りながら思い出す。
考え事をしていて、面倒になってしまったので。
今日はお徳用パンでホットドッグで夕食を済ませてしまおう。
確か、使いかけのウィンナーがあったはずだ。
パンに線を入れて、慣れた手つきで具材を詰め込んでいく。
電気オーブンで温めなおして、味付けをし、ささっと食卓に運ぶ。

「いただきます」

一口頬張って、その味に満足する。
誰に食べさせるわけでもないので、マスタードは多め。
そこへ軽い電子音。
チャイム、玄関からだ。
荷物などは頼んでいない。
無視を決め込みたいが、向こうは家人がいると確信しているから押すのであって。
居留守は通用しないだろうな、と悟る。
頭をひと掻き、玄関に向かうと相手は。

「開けろ、オラー」

正直開けたくない。
ないが、近所迷惑甚だしいので、さっさっと開けてしまうことにする。
全く知らない相手ではない。
『死神』だと分かっている相手だ。

「君な、少しは近所迷惑というものを考えたまえよ」
「面倒なことはしない主義でね、邪魔するぞ」

前回同様、青の宅配便衣装。
死神は、まだ二回目の来訪だというのにズカズカとリビングに進んでいく。
そして、テーブルに乗ったパンを見て、うげと不満げな声を上げる。
ホットドッグがどうかしたろうか。
エミヤは、お茶を用意しながら死神に声をかけた。

「今日は何の用だね?」
「出直して来たんだが…、こりゃあ、だめだわ」
「何が」
「ホットドッグを見ちまった」
「?」

難しい顔で言うものだから、はて?と考え込む。
ホットドッグを禁忌とする宗教などあったろうか。
牛肉、豚肉など全般を禁忌とすることはあるが、料理を指定する宗教は聞いたことがない。
自分が知らないだけでそういった教えはあるのだろう。
そもそも死神にそんなものがあるとは、初耳だが。
エミヤは、あー、と対応に迷いながらも声をかける。

「とりあえず、座ったらどうだ。
 今日は紅茶が出せるから、お茶でもしていってくれ」
「……あのさ、ありがてえんだけど」

蒼い死神は、はーっとため息ひとつついて。
ついでに、目頭を抑えて天を仰いだ。
おお、神よ、とは死神は唱えないか。

「こんな形だが、俺は死神だ。
 命を取りに来てる、なのに、こんなに歓待されちゃ面目丸潰れだ」
「君が最初に殺さないと言ったのではないか」
「死ぬのは当然、だから、死を告げられても納得しています。
 はい、ではどうぞ、って、連れて行けるか、アホンダラ!」
「そこが分からない。納得しているのだから、あとは、連れて行くだけだろう?」
「お前、理由も分からずに殺されるつもりか?」

死神の眼は真剣だ。
エミヤも席に座って考える。
『死ぬ』のに理由はいらないが、『殺される』なら話は別だ。
理由や原因に関する説明が欲しいところだ。

「何故?と訊くだろうな」
「よかった、そこは普通だったか。
 ここで、受け入れようとかぬかしやがったら、俺は降りるぜ」
「降りれるものなのか?」
「上司に訴えればなぁ、ま、却下だろうが」
「死神も大変だな」
「大変なんだよ、お前のせいで」
「私のせい?」
「……ここに来たのは、土産を渡すためだったんだよ。
 所謂、冥土の土産だ」

相手が紅茶に口を付けたのを見届けて、エミヤも紅茶を口にする。
温くなってしまったか。

「冥土の土産が何だったか、分かるか?」
「いや?」
「ひとりは嫌だってんで、道連れをご所望だったのさ。
 出来れば、お前がいいって指定付き」
「誰がそんなことを」
「さすがに守秘義務があるんで身元は言えねえ」

ライバル会社の誰かだろうか。
いや、一緒に死ぬなら好きな相手では?
はてさて、自分が好かれる人間かといえば自信はない。
理解されない人間であることは確かなのだが。
嗜好が迷路に入り、最後の晩餐を何にしようか考え出した頃。
死神は、とうとう痺れを切らした。
叫ぶ。

「だから!!怖がれ!!死を!!呪いを!!」

絶対の死。
目の前の『死』
『見える』死を、エミヤは恐れない。
何も感じないのか。
理不尽な死が迫っているというのに。
先日、死を告げた直後、彼は『仕事』『誰かへの連絡』を優先した。
命乞いなどせず、理由も訊かず。
ただ、当然のように死を受け入れた。
そんな人間は『人間』ではない。
認めない、認めてたまるか。

「……私は不評を買ってばかりだな」

困ったように俯くエミヤ。
困っているのはこっちだ。
エミヤに前回、冥土の土産を渡せなかったことで。
スカサハには、眼の笑っていない笑顔をされ。
また変な拘りが出たか?と呆れられた。
だが死を恐れない『無機物』など殺す価値などあろうか。
誇りのない仕事だけはしたくなかったのだ。

「……出直す」

立ち上がる。
ごちそうさん、と言うと帽子を被り直して玄関に向かう。
エミヤはなんとなく、死神を玄関まで見送った。
ふと、気になったことがあったので訊いてみる。

「私を道連れにしようとした人物はどうなった?」
「死んだよ、俺が殺した」

仕事だからな、と振り返らずに。
死神は静かに玄関を閉めた。

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