彼は朝食に紅茶を淹れ。
午前中のうちに教会に赴き。
昼食にはサンドウィッチ。
午後の日差しを浴びながら読書をし。
夕方にはワインを嗜む。
「つまらん男だな、お前は」
Ace Of Vampire
「ギルガメッシュが仰ったのではありませんか。
いついかなる時にも所在を明確にせよ、と」
「お前の『いついかなる時も優雅たれ』をからかっただけだ。
何故それが単調な生活をしろと聞こえるのか」
「全くもって難しいですね」
手にした陶磁器のティーカップを。
同じく手にしているソーサーに置く。
窓辺に立って、窓から差し込む朝日を浴びながら。
優雅に紅茶を楽しむのが朝の日課であった。
遠坂時臣。
代々教会のパトロンを務める名家の現当主であり。
狼男筆頭のギルガメッシュと主従契約を結ぶ。
正真正銘の人間である。
「では、午前中は読書することにします。
実は昨日から読んでいる本の続きが気になっておりまして…」
「そうか、そうしろ、我は出かけてくる」
遠坂にとって午前中に教会に出かけないことは。
とんでもない変化であったが。
ギルガメッシュにとっては些細すぎて気にするところではない。
上っ面だけの返答をして、自分の予定を開始する。
迷わず、ある一室の扉を開ける。
「さて、そのディスクを返しに行くか?」
「うむ。
『だびんぐ』も出来たからのぅ、問題ない」
与えられた客室の床に、胡座をかく大男。
赤い髪に彫りの深い顔。
今は、はち切れんばかりのTシャツとジーパンを履いている。
CDケースを手にしながら立ち上がる。
返しに行く先は教会。
正面切って行くには、若干躊躇われる場所だ。
「あの『使い』を寄越すか?
我に会う前に『玉』を渡していたろう?」
「…―知らなくていい世界はある」
「ほう?知られたくないか」
「昔からのよしみだ、まずは警告だけにしておく。
坊主に手出しをするな、よいな?」
「……よかろう」
金狼と赤狼といえば、狼男の始祖とも言うべき位置にいる。
このふたりが本気でぶつかれば、その場所は瞬く間に荒れ地と化す。
本人曰く『長く生きて知恵が付いた』おかげで。
ギルガメッシュは駆け引きを覚えたのだ。
「ひとつ言っておくぞ?
そう簡単に本質は変わらん。
お前は狼男だ、良くも悪くもな」
歩きだしていた赤狼が止まる。
振り返らずに、静かに言う。
「それでも、余は『ひと』と暮らすのだ」
遠坂の屋敷を出ようとすると。
後ろより声。
「いってらっしゃいませ」
いついかなる時も優雅たれ。
その男は、見送りも実に優雅であり。
胸元にそっと添えた右手に、踵を揃えた状態で。
完璧な『執事』の作法であった。
「よくぞあそこまで手懐けたものよ」
「躾るのはなかなか楽しかったぞ」
時々、馬鹿だったがなとぼそりとこぼす。
本当に丸くなった、と赤狼は金狼に思う。
いや、もしかしたら…。
「あ!!あなたは!!」
「……ぅむ?」
考え込んでいた赤狼の耳に声が届く。
手にしているのは聖書だ。
黒みがかった髪に、ダークグリーンのベスト。
あの晩の少年である。
「お酒、いいの買えましたか?」
「おう、探していた酒が見つかった」
「お役に立ててよかった!」
あまりにも嬉しそうな顔をするから。
赤狼は呆気にとられてしまった。
同じくギルガメッシュも一瞬表情をなくし。
そして、吹き出した。
「なるほど、惹かれるわけだな」
「え、えと?」
「気にするでない。
しかし、ちょうどよかった」
手に持っていたCDケースを渡す。
書かれたタイトルには見覚えがあった。
『今日はCDですか?』
『ああ、クラシック音楽のな』
「これは…」
「緑の髪をした神父から借りたのだ。
聖書を持っているということは教会に行くのだろう?
返しておいてはくれまいか」
思っていた通りの単語が出てきて。
驚きと困惑が入り交じる。
しかし、わざわざ頼んでくるのだから事情があるのだろう。
CDケースから顔を上げて。
「いいですよ、必ず返しておきます」
「すまんな、恩に着る」
肩から下げた鞄にCDケースを仕舞うと。
それじゃあ、と駆けていく。
遠くなっていく背中を黙って見送る。
「『太陽』に近付きすぎて身を焦がすなよ?」
「…―そういう歳でもない」
教会に向かう手間が省けてしまったので。
そういうことであれば、と赤狼は提案する。
「おい、本屋に行くぞ」
「なっ、本屋ぁ!?酒場だろう!」
「馬鹿者、知識は荷物にならん宝だと言っておろうが。
いいから案内せい」
坊主の聖書を見たら、書物を読みたくなったのよ。
「あ、名前聞くの忘れた…」
ウェイバー少年が気付いたのは、教会の入り口近く。
敬愛してやまない緑間師兄に報告することを。
頭でまとめているときであった。
「赤いマントに会えました、って報告…。
あー、これも返し忘れた!!」
鞄の奥底から出てきた皮袋を見て悲鳴。
次、いつ会えるか分からないからと。
毎日持ち歩いていたのに何てことだろう!
思わず頭を抱えていると、頭上より声。
「ウェイバー、いいから入れ。
始まるのだよ」
「あ、緑間師兄!こ、これ…!!」
「ん?」
ウェイバーが差し出したCDケースには見覚えがあった。
あの晩、挑発付きで赤い狼男に渡したものだ。
これを彼が持っているということは。
「ウェイバー、これはどうやって?」
「『赤いマント』のひとから預かりました。
ほら、師兄が教えてくださったでしょう?
会えたんです!!」
よりによって、狼男と縁を結んだか。
これが運命というなら、ウェイバーは突破口となり得るということなのだろう。
「お前にとってよい出会いでありますよう。
確かに受け取ったのだよ」
「はい、では失礼します」
ウェイバーを見送ってすぐ。
後ろから手が伸びてきて、CDケースを取り上げられる。
振り返ると、茶色の髪の神父が立っており。
ほい、とそれを返してきた。
「狼男特有の呪術がかけてあった。
もう払ったから大丈夫だ」
「……皮手袋をしていて助かったということですね」
「神の啓示は、やはり侮れないな」
うんうん、とひとしきり納得すると。
木吉は奥へと引っ込んでいく。
今日、教典を説くのは彼だ。
あとで、狼男特有の呪術とやらを聞くことにしよう。
と、その前に。
「…―高尾」
「ほいよ」
緑間は教会内部を向いたまま。
背中越しに感じる気配に向かって呟く。
当然のように『気配』も現れ、応える。
「街で狼男の気配を探れ。
ミサが終わる頃、戻ってこい」
「え、無理難題をさらっと言った?」
「金狼の気配は覚えたろう?
収穫はなくてもいい、見回りをしろ」
「そういうことであれば」
どうせ、赤司の密命で動くこともあったので。
好都合ではあるが。
「緑間」
「なんだ」
「顔見たい」
「だめだ、離れたくなくなる」
耳を真っ赤にして、相変わらず視線はくれないけれど。
緑間なりの告白を受け取って。
高尾はたまらず、にやけてしまう。
「必ず帰るよ、ダーリン」
「早く行け」
「はいはい、仰せのままに!」
気配が一瞬で消える。
やはり彼はひとならざるものなのだな、と思う瞬間である。
緑間も同類だが、ここまでの芸当はまだ出来ない。
「無事でな、高尾」
ひとが人を想うように。
緑間は一言吐き出すと、教会の扉を閉めた。
「どこから彷徨こうかな」
街は騒々しすぎて集中するのに向かない。
そのことを利用して、身を隠しているのだから。
まごうことなき事実である。
自分が身を休めるとしたら。
―――森の中。
「テオ」
後ろから声。
敵意は感じなかったので、その場で振り返る。
黒いコートに、自分と同じ黒髪を持つ。
目の輝きをなくしているのも記憶通りだ。
「ケリーじゃん!来てたんだ?」
「うん、ここに狼男が来てるって聞いてね」
「すげぇよ、この街。
青峰がいて、赤司っておっかないのと。
金狼とかって奴もいるんだぜ?
最強勢揃いだよ」
「頂上決戦だな」
「違いない!」
高尾がぎゃはははと笑うと。
ケリーと呼ばれた男も薄く笑った。
すると、横から物音。
瞬時に警戒態勢を取り、ふたりはその場から飛ぶ。
ずどん!と衝撃。
そこにいたのは、神父服を身にまとった『格闘家』
「嘘をついたな?」
のそりと土煙の中で立ち上がる。
表情は極めて無表情に近い怒り。
ちぃっ、と表情を歪めたのはケリーである。
「知ってるんじゃないか。
しかも、かなり親しげに会話できるくらい」
どうやら怒りの矛先は高尾に向いているようだった。
一度捕まった身としては、二度と正面切って対峙したくない相手である。
おまけに緑間は教会から出られない。
同じ神父なのに、なんであいつは行ってないんだ、とは思うものの。
ここは、逃げるが勝ちだろう。
「切嗣、やっと見つけたぞ」
「僕は『切嗣』じゃない。
勝手につけるな」
無表情で淡々と応えるケリー。
それを口元を歪ませて見上げる格闘神父。
一方通行な情熱であることは明らかだ。
ケリーの右手がコートの胸元に潜る。
何かやる気だ。
「抜けろ、ここは僕が受け持つ」
「…無理だけはすんなよ」
「適当に引き上げる、大丈夫だよ」
小声でやりとりをして、足に力を入れる。
能力を使って一気に脱出を図るためだ。
神父はケリーのいる木に近付くと。
両手の平を幹に当てて、息を整え始めた。
嫌な予感しかしない。
「せぇえい!!」
どおん!という音が森に響く。
衝撃でバランスを崩しそうになる。
その中、ケリーは拳銃を取り出して。
「ぉ、おい!?」
無表情で発砲。
しかも、続けざまにもう一発。
「神父は殺しちゃダメだって!!
教会から討伐許可出ちゃうぞ!?」
「…もう出ている」
「え?」
「行け、テオは関係ないのだから」
なにがなんだか分からないが、ここに留まるのも得策ではない。
後ろ髪を引かれながらも、高尾は撤退する。
残されたのは。
「痛いじゃないか」
「…―無傷なのだからいいだろう?」
目の輝きを失ったふたり。
名無しの吸血鬼と一匹狼の神父。
異なった生き方をしてきたもの同士。
求めているものも、また違う。
「切嗣、俺ならばお前を匿ってやれる。
思うがまま『俺たち』を殺すことも可能になるぞ」
「僕は神父を殺したいわけじゃない。
目的は別にある」
ぽいっと煙玉を放る。
すぐに周りが煙幕で見えなくなる。
明後日の方向に発砲。
木の上を走ると音でバレるので。
ケリーは発砲音が響いているうちに地上に降りる。
いくらか走ったところで。
「っ!?」
後ろから腕。
彼を捕まえようとしたのか、攻撃を加えようとしたのか。
伸びた手は空振りで、目的を果たさなかった。
「これが手榴弾だったなら、よかったろうに」
「あいにく、それは僕の美学に反する」
胸元に手を突っ込む。
神父はまた拳銃だと思って、両腕をクロスさせた。
ケリーは後ろに飛んで『それ』を放り投げる。
閃光弾だ。
「ぐっ!!」
しかも、爆音付きの特殊弾。
直接聞いたので、しばらく耳は使いものにならない。
三半規管もやられて、目眩を起こしている間に。
吸血鬼は逃亡してしまった。
「くそ…っ」
「おかえり、綺礼」
「……ただいま戻りました」
屋敷に戻ると、屋敷の主人はワインを傾けていた。
お気に入りのソファに座りながらの読書。
一日の活動時間が終わろうとしているのだ。
時臣はちらりと綺礼を見て。
ズボンが汚れていることに気付いた。
「…―その土埃。
さては、教会に行かなかったね?」
「は、あの、いえ…」
「神父である以上、神の教えを説くこと。
また、それを広めるのは君の務めだろう?」
「恐れ多くも、私としましてはあなたを師と仰ぎ。
あなたより教えを賜った方がより理解を深めることに繋がります」
「なかなか嬉しいことを言ってくれる」
ソファから立ち上がり、綺礼に近付く。
いくらか背の高い神父を見上げて。
とん、と胸に手を置く。
「そろそろディナーの時間だ、手を洗っておいで」
「……はい」
「時臣ぃ!!本を運ぶのを手伝え!!」
玄関より悲鳴。
この声は、我が主のものか。
すぐに伺います、と静かに発言し。
その後ろを綺礼も黙ってついていく。
「おやおや、本ですか」
「こやつが考えなしに買ったのだ!
配送してもらえばいいものを、すぐに読みたいからと断ってこの状態だ!」
「よいではないか、全部読むのだ。
無駄はない」
「とりあえず」
お風呂に入ってきてもらえますか。
空気が張りつめる。
さすがのギルガメッシュも動きが止まる。
この気を発しているのは、他でもなく遠坂時臣。
土まみれひとりと埃まみれふたり。
これ以上、屋敷を汚してくれるなという無音の警告である。
「「「すぐに入ります」」」
声を揃えた三人は正しく判断した。
風呂には、じゃんけんで順番を決めた。
もちろん時臣には見えないように。
「……賑やかな誕生日もよいものだな」
実は時臣が静かに笑っていたことは。
誰も知らない。
********************************
緑間神父シリーズの大所帯話。
『シームレスコンビチェンジ』を構成コンセプトにしているので。
ころころと視線や登場キャラが変わります。
順番は以下。
時臣とギル
ギルとライダー
ライダーとウェイバー
ウェイバーと緑間
緑間と高尾
高尾と切嗣
切嗣と綺礼
綺礼と時臣
序盤、ギルガメッシュが引っ込んでくれなくて。
ギルガメッシュ無双になったときは、この話、頓挫するかと思った。
無事書ききれてよかったです。
6/16は父の日で、遠坂時臣師の誕生日とのことで。
始まりと締めは時臣師。
うまく調整すれば、無限ループも可能なのだっぜ。
いい一日にしてくださいね!
午前中のうちに教会に赴き。
昼食にはサンドウィッチ。
午後の日差しを浴びながら読書をし。
夕方にはワインを嗜む。
「つまらん男だな、お前は」
Ace Of Vampire
「ギルガメッシュが仰ったのではありませんか。
いついかなる時にも所在を明確にせよ、と」
「お前の『いついかなる時も優雅たれ』をからかっただけだ。
何故それが単調な生活をしろと聞こえるのか」
「全くもって難しいですね」
手にした陶磁器のティーカップを。
同じく手にしているソーサーに置く。
窓辺に立って、窓から差し込む朝日を浴びながら。
優雅に紅茶を楽しむのが朝の日課であった。
遠坂時臣。
代々教会のパトロンを務める名家の現当主であり。
狼男筆頭のギルガメッシュと主従契約を結ぶ。
正真正銘の人間である。
「では、午前中は読書することにします。
実は昨日から読んでいる本の続きが気になっておりまして…」
「そうか、そうしろ、我は出かけてくる」
遠坂にとって午前中に教会に出かけないことは。
とんでもない変化であったが。
ギルガメッシュにとっては些細すぎて気にするところではない。
上っ面だけの返答をして、自分の予定を開始する。
迷わず、ある一室の扉を開ける。
「さて、そのディスクを返しに行くか?」
「うむ。
『だびんぐ』も出来たからのぅ、問題ない」
与えられた客室の床に、胡座をかく大男。
赤い髪に彫りの深い顔。
今は、はち切れんばかりのTシャツとジーパンを履いている。
CDケースを手にしながら立ち上がる。
返しに行く先は教会。
正面切って行くには、若干躊躇われる場所だ。
「あの『使い』を寄越すか?
我に会う前に『玉』を渡していたろう?」
「…―知らなくていい世界はある」
「ほう?知られたくないか」
「昔からのよしみだ、まずは警告だけにしておく。
坊主に手出しをするな、よいな?」
「……よかろう」
金狼と赤狼といえば、狼男の始祖とも言うべき位置にいる。
このふたりが本気でぶつかれば、その場所は瞬く間に荒れ地と化す。
本人曰く『長く生きて知恵が付いた』おかげで。
ギルガメッシュは駆け引きを覚えたのだ。
「ひとつ言っておくぞ?
そう簡単に本質は変わらん。
お前は狼男だ、良くも悪くもな」
歩きだしていた赤狼が止まる。
振り返らずに、静かに言う。
「それでも、余は『ひと』と暮らすのだ」
遠坂の屋敷を出ようとすると。
後ろより声。
「いってらっしゃいませ」
いついかなる時も優雅たれ。
その男は、見送りも実に優雅であり。
胸元にそっと添えた右手に、踵を揃えた状態で。
完璧な『執事』の作法であった。
「よくぞあそこまで手懐けたものよ」
「躾るのはなかなか楽しかったぞ」
時々、馬鹿だったがなとぼそりとこぼす。
本当に丸くなった、と赤狼は金狼に思う。
いや、もしかしたら…。
「あ!!あなたは!!」
「……ぅむ?」
考え込んでいた赤狼の耳に声が届く。
手にしているのは聖書だ。
黒みがかった髪に、ダークグリーンのベスト。
あの晩の少年である。
「お酒、いいの買えましたか?」
「おう、探していた酒が見つかった」
「お役に立ててよかった!」
あまりにも嬉しそうな顔をするから。
赤狼は呆気にとられてしまった。
同じくギルガメッシュも一瞬表情をなくし。
そして、吹き出した。
「なるほど、惹かれるわけだな」
「え、えと?」
「気にするでない。
しかし、ちょうどよかった」
手に持っていたCDケースを渡す。
書かれたタイトルには見覚えがあった。
『今日はCDですか?』
『ああ、クラシック音楽のな』
「これは…」
「緑の髪をした神父から借りたのだ。
聖書を持っているということは教会に行くのだろう?
返しておいてはくれまいか」
思っていた通りの単語が出てきて。
驚きと困惑が入り交じる。
しかし、わざわざ頼んでくるのだから事情があるのだろう。
CDケースから顔を上げて。
「いいですよ、必ず返しておきます」
「すまんな、恩に着る」
肩から下げた鞄にCDケースを仕舞うと。
それじゃあ、と駆けていく。
遠くなっていく背中を黙って見送る。
「『太陽』に近付きすぎて身を焦がすなよ?」
「…―そういう歳でもない」
教会に向かう手間が省けてしまったので。
そういうことであれば、と赤狼は提案する。
「おい、本屋に行くぞ」
「なっ、本屋ぁ!?酒場だろう!」
「馬鹿者、知識は荷物にならん宝だと言っておろうが。
いいから案内せい」
坊主の聖書を見たら、書物を読みたくなったのよ。
「あ、名前聞くの忘れた…」
ウェイバー少年が気付いたのは、教会の入り口近く。
敬愛してやまない緑間師兄に報告することを。
頭でまとめているときであった。
「赤いマントに会えました、って報告…。
あー、これも返し忘れた!!」
鞄の奥底から出てきた皮袋を見て悲鳴。
次、いつ会えるか分からないからと。
毎日持ち歩いていたのに何てことだろう!
思わず頭を抱えていると、頭上より声。
「ウェイバー、いいから入れ。
始まるのだよ」
「あ、緑間師兄!こ、これ…!!」
「ん?」
ウェイバーが差し出したCDケースには見覚えがあった。
あの晩、挑発付きで赤い狼男に渡したものだ。
これを彼が持っているということは。
「ウェイバー、これはどうやって?」
「『赤いマント』のひとから預かりました。
ほら、師兄が教えてくださったでしょう?
会えたんです!!」
よりによって、狼男と縁を結んだか。
これが運命というなら、ウェイバーは突破口となり得るということなのだろう。
「お前にとってよい出会いでありますよう。
確かに受け取ったのだよ」
「はい、では失礼します」
ウェイバーを見送ってすぐ。
後ろから手が伸びてきて、CDケースを取り上げられる。
振り返ると、茶色の髪の神父が立っており。
ほい、とそれを返してきた。
「狼男特有の呪術がかけてあった。
もう払ったから大丈夫だ」
「……皮手袋をしていて助かったということですね」
「神の啓示は、やはり侮れないな」
うんうん、とひとしきり納得すると。
木吉は奥へと引っ込んでいく。
今日、教典を説くのは彼だ。
あとで、狼男特有の呪術とやらを聞くことにしよう。
と、その前に。
「…―高尾」
「ほいよ」
緑間は教会内部を向いたまま。
背中越しに感じる気配に向かって呟く。
当然のように『気配』も現れ、応える。
「街で狼男の気配を探れ。
ミサが終わる頃、戻ってこい」
「え、無理難題をさらっと言った?」
「金狼の気配は覚えたろう?
収穫はなくてもいい、見回りをしろ」
「そういうことであれば」
どうせ、赤司の密命で動くこともあったので。
好都合ではあるが。
「緑間」
「なんだ」
「顔見たい」
「だめだ、離れたくなくなる」
耳を真っ赤にして、相変わらず視線はくれないけれど。
緑間なりの告白を受け取って。
高尾はたまらず、にやけてしまう。
「必ず帰るよ、ダーリン」
「早く行け」
「はいはい、仰せのままに!」
気配が一瞬で消える。
やはり彼はひとならざるものなのだな、と思う瞬間である。
緑間も同類だが、ここまでの芸当はまだ出来ない。
「無事でな、高尾」
ひとが人を想うように。
緑間は一言吐き出すと、教会の扉を閉めた。
「どこから彷徨こうかな」
街は騒々しすぎて集中するのに向かない。
そのことを利用して、身を隠しているのだから。
まごうことなき事実である。
自分が身を休めるとしたら。
―――森の中。
「テオ」
後ろから声。
敵意は感じなかったので、その場で振り返る。
黒いコートに、自分と同じ黒髪を持つ。
目の輝きをなくしているのも記憶通りだ。
「ケリーじゃん!来てたんだ?」
「うん、ここに狼男が来てるって聞いてね」
「すげぇよ、この街。
青峰がいて、赤司っておっかないのと。
金狼とかって奴もいるんだぜ?
最強勢揃いだよ」
「頂上決戦だな」
「違いない!」
高尾がぎゃはははと笑うと。
ケリーと呼ばれた男も薄く笑った。
すると、横から物音。
瞬時に警戒態勢を取り、ふたりはその場から飛ぶ。
ずどん!と衝撃。
そこにいたのは、神父服を身にまとった『格闘家』
「嘘をついたな?」
のそりと土煙の中で立ち上がる。
表情は極めて無表情に近い怒り。
ちぃっ、と表情を歪めたのはケリーである。
「知ってるんじゃないか。
しかも、かなり親しげに会話できるくらい」
どうやら怒りの矛先は高尾に向いているようだった。
一度捕まった身としては、二度と正面切って対峙したくない相手である。
おまけに緑間は教会から出られない。
同じ神父なのに、なんであいつは行ってないんだ、とは思うものの。
ここは、逃げるが勝ちだろう。
「切嗣、やっと見つけたぞ」
「僕は『切嗣』じゃない。
勝手につけるな」
無表情で淡々と応えるケリー。
それを口元を歪ませて見上げる格闘神父。
一方通行な情熱であることは明らかだ。
ケリーの右手がコートの胸元に潜る。
何かやる気だ。
「抜けろ、ここは僕が受け持つ」
「…無理だけはすんなよ」
「適当に引き上げる、大丈夫だよ」
小声でやりとりをして、足に力を入れる。
能力を使って一気に脱出を図るためだ。
神父はケリーのいる木に近付くと。
両手の平を幹に当てて、息を整え始めた。
嫌な予感しかしない。
「せぇえい!!」
どおん!という音が森に響く。
衝撃でバランスを崩しそうになる。
その中、ケリーは拳銃を取り出して。
「ぉ、おい!?」
無表情で発砲。
しかも、続けざまにもう一発。
「神父は殺しちゃダメだって!!
教会から討伐許可出ちゃうぞ!?」
「…もう出ている」
「え?」
「行け、テオは関係ないのだから」
なにがなんだか分からないが、ここに留まるのも得策ではない。
後ろ髪を引かれながらも、高尾は撤退する。
残されたのは。
「痛いじゃないか」
「…―無傷なのだからいいだろう?」
目の輝きを失ったふたり。
名無しの吸血鬼と一匹狼の神父。
異なった生き方をしてきたもの同士。
求めているものも、また違う。
「切嗣、俺ならばお前を匿ってやれる。
思うがまま『俺たち』を殺すことも可能になるぞ」
「僕は神父を殺したいわけじゃない。
目的は別にある」
ぽいっと煙玉を放る。
すぐに周りが煙幕で見えなくなる。
明後日の方向に発砲。
木の上を走ると音でバレるので。
ケリーは発砲音が響いているうちに地上に降りる。
いくらか走ったところで。
「っ!?」
後ろから腕。
彼を捕まえようとしたのか、攻撃を加えようとしたのか。
伸びた手は空振りで、目的を果たさなかった。
「これが手榴弾だったなら、よかったろうに」
「あいにく、それは僕の美学に反する」
胸元に手を突っ込む。
神父はまた拳銃だと思って、両腕をクロスさせた。
ケリーは後ろに飛んで『それ』を放り投げる。
閃光弾だ。
「ぐっ!!」
しかも、爆音付きの特殊弾。
直接聞いたので、しばらく耳は使いものにならない。
三半規管もやられて、目眩を起こしている間に。
吸血鬼は逃亡してしまった。
「くそ…っ」
「おかえり、綺礼」
「……ただいま戻りました」
屋敷に戻ると、屋敷の主人はワインを傾けていた。
お気に入りのソファに座りながらの読書。
一日の活動時間が終わろうとしているのだ。
時臣はちらりと綺礼を見て。
ズボンが汚れていることに気付いた。
「…―その土埃。
さては、教会に行かなかったね?」
「は、あの、いえ…」
「神父である以上、神の教えを説くこと。
また、それを広めるのは君の務めだろう?」
「恐れ多くも、私としましてはあなたを師と仰ぎ。
あなたより教えを賜った方がより理解を深めることに繋がります」
「なかなか嬉しいことを言ってくれる」
ソファから立ち上がり、綺礼に近付く。
いくらか背の高い神父を見上げて。
とん、と胸に手を置く。
「そろそろディナーの時間だ、手を洗っておいで」
「……はい」
「時臣ぃ!!本を運ぶのを手伝え!!」
玄関より悲鳴。
この声は、我が主のものか。
すぐに伺います、と静かに発言し。
その後ろを綺礼も黙ってついていく。
「おやおや、本ですか」
「こやつが考えなしに買ったのだ!
配送してもらえばいいものを、すぐに読みたいからと断ってこの状態だ!」
「よいではないか、全部読むのだ。
無駄はない」
「とりあえず」
お風呂に入ってきてもらえますか。
空気が張りつめる。
さすがのギルガメッシュも動きが止まる。
この気を発しているのは、他でもなく遠坂時臣。
土まみれひとりと埃まみれふたり。
これ以上、屋敷を汚してくれるなという無音の警告である。
「「「すぐに入ります」」」
声を揃えた三人は正しく判断した。
風呂には、じゃんけんで順番を決めた。
もちろん時臣には見えないように。
「……賑やかな誕生日もよいものだな」
実は時臣が静かに笑っていたことは。
誰も知らない。
********************************
緑間神父シリーズの大所帯話。
『シームレスコンビチェンジ』を構成コンセプトにしているので。
ころころと視線や登場キャラが変わります。
順番は以下。
時臣とギル
ギルとライダー
ライダーとウェイバー
ウェイバーと緑間
緑間と高尾
高尾と切嗣
切嗣と綺礼
綺礼と時臣
序盤、ギルガメッシュが引っ込んでくれなくて。
ギルガメッシュ無双になったときは、この話、頓挫するかと思った。
無事書ききれてよかったです。
6/16は父の日で、遠坂時臣師の誕生日とのことで。
始まりと締めは時臣師。
うまく調整すれば、無限ループも可能なのだっぜ。
いい一日にしてくださいね!
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