私の輝かしい青春時代 ←その象徴とも言えるのが 『お立ち台』だったのよ♪
でも、もうこの 『お立ち台』 を知らない世代の人達が多いのね・・・。
ってゆーか、それだけ私が歳を取ったって事なんだけど。
もう こーなりゃ、開き直るっきゃない!!
と言う訳で・・・私が、どんな青春時代を過ごしたかを暴露っちゃいます!
田舎に住んでる頃から(高校生の頃)ディスコには行ってた私。
過去ログにも書いたけど、歳をサバ読んで女子大生としてバイトしてまして・・・
実年齢を知らないバイト仲間に連れて行ってもらってたの。 ウフッ
ただね~、これはどう頑張っても所詮、田舎のディスコなのよっ。
私が、高校を卒業してから住んでた東京とはレベルが違~~~う!
私が、東京で初めて行ったディスコは、新宿の『ツバキハウス』ってお店。
ここはね、正直 (東京って言っても大した事ねーや)って思ってたんですわ。
それでも、中学・高校の頃の同級生と行っては、それなりに満足してた私。
みんな親元を離れたばっかりで、門限ナシ生活でしょ?
散々、遊んだあとは誰かの家に場所を移してはドンチャン騒ぎしたりも楽しくて
もう、酒の飲み方を知らないから凄かったのよ~♪
調度、その頃は、とんねるずの 『一気』 が流行ってまして・・・。
居酒屋でもどこでも 『一気っ!・一気っ!・一気っ!・・・』 とやっておりました。
1度、同級生の男の子が、この一気飲みの途中で泡を吹いて倒れまして・・・。
そのまま救急車のお世話になった事があったりするんです
酒屋の息子だったのに、急性アルコール中毒。
・・・って、シャレになりませ~~~~ん!!
こんな事があっても お酒を飲んで楽しい~ ってのは止まりませんっ!
この位のお年頃は、暴走しやすいんです。
って、自分を正当化しちゃってますが・・・(笑)
ディスコではオシャレして背伸びしながら大人の女を気取りつつ
居酒屋や友達の家ではハッチャケまくる日々。
どこまで飲めるか行ってみよ~~~!!てな感じで、過去に
「1本1000円」という賞金につられてビール(小瓶) を14本、飲んでみたり
お店のノリに合わせて一升瓶を抱えて日本酒をラッパ飲みしてみたり・・・
良く体を壊さなかったな~って位、無茶しまくってましたよっ(汗;)
その後、新宿コマ劇場の横のビルの『ニューヨーク・ニューヨーク』や『ゼノン』 ・・・と、名前を変えてパワーアップしてた所に行く様になってからは更に開花ですっ!
規模の大きさといい、人の数といい・・・とにかく桁違い!!
音響設備もハンパじゃなくて、もう虜になっちゃいました
こーして、通いまくるよーになると黒服やDJのお兄ちゃんとかと仲良くなるんです♪
チケット制のお店だったから、チケットを横流ししてくれたり、頼んでなくてもドリンクやお料理を持ってきてくれたり・・・特典はいっぱい(笑)
DJのお兄ちゃんも「最新の曲をカセットにダビングしてあげたよ」ってテープをプレゼントしてくれたり・・・。(←当時はCDなんてありましぇ~ん)
実に 女に生まれて良かったわ と思う日々でした(笑)
おまけにね、飲みに誘われるようになって連れて行って貰うようになった所。
それが・・・・・・・・・・ 六本木 なんですわ!
最初は新宿・渋谷と比べて あまりの大人の街の雰囲気に圧倒されてたけど
特に初めて行ったお店『ラジャコート』って所は、外人さんが普通に何人も居たり、
中に居た人達も今までにない程、オシャレで大人な人達ばっかり。
さすがっ!!六本木だぜぃ~~~~!って思ってましたわ
でね、私の良い所(?)は、環境にすぐ馴染むことなのよっ
同級生の友達よりは、一足も二足も先を進んじゃってたから、誰かと六本木に行く時は
「凄いじゃん! 私なんて緊張するよっ」って言われる事を快感に感じたりして・・・
調子に乗りやすい私は、「もっと いろんなお店に連れて行って」 とおねだり。
こ-やって、たどり着くのが例の 『マハラジャ』 なんです!!
・・・と、こんな感じでまずは前回に登場した『お立ち台』までの道のりをデス。
若かりし頃の私ってば、無茶しちゃってカワイイ~
(・・・・・・んな事ないかっ)
ただの調子に乗りやすいおバカちゃんですね。
ハイ。 反省~
今回のは、武勇伝というより地方出身の私が六本木に行く様になるまでだけど・・・。
少しは楽しんで貰えたかしら?
また時々、飲んだ時にやらかした事とかさせて貰いま~す
「もういいって!」 と言わずに、一世代上の私の遊びとかを聞いてネッ