青磁紀

a fairytale's diary - 或るフェアリーテイルの雑記

新月の夜の地味な過ごし方

2007-01-31 04:52:23 | 東京怪談系
退魔師を乗せた。
あの馬鹿野郎また無茶しやがった。
自分を大事にしないオロカな人間からは料金を5倍ふんだくることにしているのだが、店のツケでプラマイゼロだ。しくじった。
奴さんはいつだって明るい、看板娘の中の看板娘みたいな娘だ(もう27だが)。
だが腹の底に、内側から臓腑を食らう蛇を飼っている。
真っ直ぐだからこそ、自分を穢れていると思うと、許せない。
生きる目標を持っているくせに、いつ死んだっていいと思っているのかもしれない。
そんな馬鹿野郎の面倒を見てやる義理はない。義理はないが

俺はこんなことやってるうちに、中身ばっかり人間ぶるようになってきたようだ。


吸血姫を乗せた。
この姉さんはいつ会っても眩しい。人間世界の上下関係とは少し違うが、吸血鬼業界もそれなりに格差社会なのだ。
混血とはいえ所謂『真祖』。俺は既に業界の枠からは外れてしまっているが、それでもそのオーラみたいなものには一歩下がらざるを得ない。
だが彼女は何を気にする風でもなく、俺を虹子と呼ぶ。
おそらく他の同属が見たら何事かと思うだろう。彼女は自由だ。探偵業、妖怪退治、人間の恋人。
この東京において、人間と人間以外を区別することに然程意味はないだろう。
…人間にとっては。
彼女はもしかすると、そこらの人間共より余程人間らしいのかもしれない。

俺はこんなことやっていたって、人間にはなれないのだ。


いくら血液を拒絶したって。
いくら十字架を受け入れたって。
いくら人間の近くで生きていたって。

俺が人間を羨ましいと思っているとでも言うのか。
俺にない何かがあるとでも言うのか。
俺は何かが欠落しているとでも言うのか。

わかっている。考えるな。
俺が東京に居るのは、血を、吸うためだ。
生かさず殺さず、時々致死量。
人間が多く生き、人間が多く死ぬこの東京が、一番吸血鬼が生き易い。
連中は、俺の食事だ。それ以外では在り得ない。それ以外では

人間でありながら、呪いによってバケモノのようになってしまった女。
バケモノでありながら、自らの意思で人間のような生活を送る女。

ケダモノの自分を捨て切れないまま、人間に■■■女。

―――ヒトの血を飲み過ぎて、自分の血を見失ったか。
アルコールが入ると血の巡りが速い。吹き出て、飲みこぼすのだ。おかげであちこち舐めて拾わなくてはならない。
ああ、またフライヤーを、貼り直さなきゃならんな。

一時間前に乗せた女の死体を抱え、血まみれの後部座席で一人、そんなことを考えていた。

青い月

2007-01-17 03:32:29 | アクス系
「虹子、…くすぐったいぞ」
「当たり前だ。ちょっと黙ってろ」
「汗とかかいたらまずいか?」
「別に構わねえよ。誰に見せるわけでもないだろうが」

懐かしい夢を見た。
青い髪の男の体に、青い液体で絵を描いている夢だ。
人間の肌に色を塗る場合、暖色の方が自然だ。寒色はそれだけで肌の色の温度を下げる。
だが、その男には青が似合っていた。その男は人間でない不思議な、美しい生き物に変貌していた。

「右腕もうちょっと上げろ」
「これくらいか」
「そのへんだ」
「ん」

次第に二人の口数が減っていく。
男は、青白くなってゆく自分の身体に違和感を覚えていた。
女は、仕上がってゆく自分の作品にただ没頭していた。

「……」
「…虹子?」
「…なんだ」

ふと、手を止めた。
渇きの遅い液体は、つッと男の肌を滑り落ちる。

「…次、お前ね」
「………何」
「オレが描く。赤な」

別に、と言いそうになった口をつぐむ。

「模様、描けんのか?」
「これ見ながら描く」
「…お前の青いのが全部乾いてからな」
「ああ」

何故そんなことを始めたのかもわからない。
どちらが言い出したのかもわからない。
二人は夜のアトリエで、ただ静かに、お互いの身体に紋様を描いていた。
爪痕を、刻み合うかのように。

懐かしい夢を見た。あの男の夢だった。
もう見るはずもない、見たくもない、見るつもりもない夢だった。

「馬鹿野郎が」

身体の奥に何かが上がってきた気がした。この忌々しい感じは、酷く気分が悪い。
ベッドの上に起き上がり、髪を掻き毟る。

「寝直すからな」

まだ夜中の三時だった。起きて仕事をするには早い。
もう一度眠って、空を飛ぶ夢でも見て、なかったことにしよう。

ばふっ。
月が青い。

まだ自分の体温であたたかい毛布を首まで引き上げ、誰にともなく呟く。

「今回はオチないからな」
「…虹子、うるさくて寝れないわ」
「だからセラお前はオチをつけるためだけに俺のベッドで寝るのはやめろ!!」

雨の音、彼女についての或る記述

2007-01-17 03:00:15 | 銀雨系
彼女には、部屋が二つあるらしい。
一つは学園から歩いて40分ほどの(彼女はなぜか徒歩で通学している)小綺麗なマンションの一室で、学園の住所録にもそこが掲載されている。
もう一つは、…場所はどこにあるのかわからないが、まるで廃墟のような団地の中の一室だという。(ゴーストタウンに彼女が臆さないのもそのせいらしい)
なぜそんなことをしているのかという問いに、彼女は応える。

「人間に二面性がある以上、部屋も二ヶ所ないと困るではないか」

その時はなるほどそんなものかと思ったが、それは多分、ウソだ。

もしかすると、彼女は『姿を隠す』場所が必要なのかもしれない。
自分を追う者から。
自分を探す者から。
自分を求める者から。

学園に通う以上、常に危険に晒されているのは誰しも同じことだ。
だが、彼女が逃れたいのは、ゴーストなどではないのだろう。
それが何なのか、今の私は追求しようとは思っていない。彼女が必要と感じた時に、話してくれるだろう。

秘密というほど内緒ではなく、吹聴するほど知らせもしない。
それは誰にでもある、何層目かの内側の世界。

そのお部屋には入れないかもしれないけれど。
いつか、見せてくれないかな(^^)