スプリングスティーンが「学校なんてなにも教えちゃくれなかった。オレは3分間のドーナッツ盤から、人生の大切なことを学んだんだ」と、いつもライブで語っていました。。。
この頃になって、その言葉の意味が、解るようになって来た気がします。
真剣に教育に取り組んでいる方も大勢居ると思うし、教育そのものを批判するつもりは毛頭ないのです。
ただ、本当に変わり者だったアタシは、、、小学校の4年くらいまで、今にして思うと、様々なことに馴染めずに居たのです。
それは今も大して変わりないのでしょうが。
そして、いまとっても強く感じることは、スプリングスティーンと近い「ミュージックから本当の自由と、人生の有り様を学んだ」とでも云ったところかなぁ。
ウチのチビが同じような轍を、幼稚園で踏んだ時、、何故?って思ったもの。。。
チビの最初の先生は、元気な子と、元気に遊んでくれる先生だったようですが、、、隅っこで輪に入れない子を、あまりキチンと把握できない先生だったと、アタシは思っています。。。
保育園の頃。
アタシは全く外で遊べなかったのです。。。
小学校に上がってからも、アタシは毎朝いじめられながら(苦笑)登校していて。
好きじゃなかったよ、学校は。
それでかどうか解らないけれど、、、アタシには「恩師」なる存在が、ほとんど居りません。
思い出してみると、高校の頃の、演劇部の顧問だった、通称「まきーん」位かしらね。
ただ黙ってひたすら己の道をゆく、まきーん先生は、ただ、その後ろ姿で、何かを語ってくれていたと思うんです。。。
そう思っていたのですが。
日曜の、弟の結婚式の際、思わぬ再会が。。。
まさか。
小学校5~6年の頃の、音楽の先生!!
写真の先生は、弟が高学年の時、担任の先生でもあったのです。。
弟の人柄をとても温かく見守ってくれていた先生だったそうです。
先生は産休で、なかなか担任が持てずに居たようなのですが、弟のクラスは、おそらく、そんな先生の、最初の頃のクラスだったんじゃないかしら。
今でもクラス会を開いたりして、交流があるそうなんですよ。
小学校のクラスなんて、クラス会やらんよね、普通(笑)。
いまは、なんと!!
地元市内の校長先生なのだそうです!
ひぇ~☆
話がずれまくってしまってますが、、、ひょっとしたら、この先生こそ、アタシの唯一の「恩師」かもしれないのです。。。
今でも、はっきり、覚えている出来事。
それは、音楽の授業で、合唱コンクールかなにかの、リードパートに、アタシを選んでくれた時のこと。。。
他に2人居ました。
でも、アタシはね。
「いやだ」って応えて、断っちゃったんだよ、その時。
音楽、嫌いだったの(笑)。
なんか女の子っぽくてさ。
運動のことで選んでくれたなら、喜んで引き受けたと思うんだけれど。。。
でね。
その時の、先生の表情が、忘れられないのです。。。
本当にはっきり、覚えています。
「どぉして?ねぇ、どおして?」
ものすごくがっかりしたような、悲しい表情で。
子供心に、悪いことをしてしまったような、感じ、ビシビシ感じてました。。。
そしてもう一つ、、とっても大切なことを、その時学んだのです。
学校の勉強を、単に教え込ませるためのモノではなく、、、自分が大好きで、愛情を持って教えていること。
つまり、大の大人が、学校の科目になっているような「音楽」に、真剣に取り組んで居る、という「事実」。
学問?音楽?かな?この場合ね、、大好きな何かに、まっすぐ向き合って、そのことを、生徒にまっすぐ、自らの姿勢をもって伝えていた、っていう事実ね。。。
このことは、ずいぶん時間が経ってからですが、、、好きなことに打ち込む、とは、どういうことか、を間接的に教えてもらっていたのだと、気づいたんですね。
ほとんど居なかったよ。
自分の専攻してきた学問が好きでしょうがない感じを、まっすぐ伝えてくれた先生は。。。
なんの因果か。
その後アタシは人生投げ打って(苦笑)音楽に取り組むようになり。。。
小学生の頃、あれほど「女の子っぽくて嫌だった」音楽に。。。
先生は、そんな出来事、とっくに忘れて居ましたが(笑)。
そして、あの時、嫌だって断っちゃった、リードシンガーを、、、今度は、たった一人でウクレレ抱えて唄う姿を、、、披露宴で、先生に披露する形になってしまったのです。。。(笑)
実は小学校での出来事は、ずぅっと、心の中でわだかまっていて、、、ことあるごとに、思い出していた出来事だったのです。
先生がその、先生だったと解ったとき、まっさきにこの一件を、謝りました。。。
そして「これから唄いますから」と。
弟の恩師は、、、廻り廻って、アタシの恩師でもあったのです。。。
不思議なものです。
きっと、数居る先生の教え子の中でも、音楽を志している人なんて、ほんのわずかだと、思うのです。
皮肉にも、あのとき先生を悲しませた男の子(笑)が、いま、こうして自腹かっ捌いてまで(爆)音楽に打ち込んでいるとは、ね☆
つっかえていた、大きな大きな杭が、、、いや、モトイ、、、悔い、だね、それこそ27年ぶり?に取れたような、そんな気がします。
弟の結婚式で、まさか!こんな再会が訪れようとは。。。。
弟夫婦に感謝☆だね。
先生、アタシはこれからも、音楽、真剣にやってゆきますから☆
そしてコレは、、、先生が教えてくれた、最初の「価値観」だったかもしれないのですから。。。
先生ありがとう☆
新しいCD出来たら、送ります。聴いてやってください。。。
この頃になって、その言葉の意味が、解るようになって来た気がします。
真剣に教育に取り組んでいる方も大勢居ると思うし、教育そのものを批判するつもりは毛頭ないのです。
ただ、本当に変わり者だったアタシは、、、小学校の4年くらいまで、今にして思うと、様々なことに馴染めずに居たのです。
それは今も大して変わりないのでしょうが。
そして、いまとっても強く感じることは、スプリングスティーンと近い「ミュージックから本当の自由と、人生の有り様を学んだ」とでも云ったところかなぁ。
ウチのチビが同じような轍を、幼稚園で踏んだ時、、何故?って思ったもの。。。
チビの最初の先生は、元気な子と、元気に遊んでくれる先生だったようですが、、、隅っこで輪に入れない子を、あまりキチンと把握できない先生だったと、アタシは思っています。。。
保育園の頃。
アタシは全く外で遊べなかったのです。。。
小学校に上がってからも、アタシは毎朝いじめられながら(苦笑)登校していて。
好きじゃなかったよ、学校は。
それでかどうか解らないけれど、、、アタシには「恩師」なる存在が、ほとんど居りません。
思い出してみると、高校の頃の、演劇部の顧問だった、通称「まきーん」位かしらね。
ただ黙ってひたすら己の道をゆく、まきーん先生は、ただ、その後ろ姿で、何かを語ってくれていたと思うんです。。。
そう思っていたのですが。
日曜の、弟の結婚式の際、思わぬ再会が。。。
まさか。
小学校5~6年の頃の、音楽の先生!!
写真の先生は、弟が高学年の時、担任の先生でもあったのです。。
弟の人柄をとても温かく見守ってくれていた先生だったそうです。
先生は産休で、なかなか担任が持てずに居たようなのですが、弟のクラスは、おそらく、そんな先生の、最初の頃のクラスだったんじゃないかしら。
今でもクラス会を開いたりして、交流があるそうなんですよ。
小学校のクラスなんて、クラス会やらんよね、普通(笑)。
いまは、なんと!!
地元市内の校長先生なのだそうです!
ひぇ~☆
話がずれまくってしまってますが、、、ひょっとしたら、この先生こそ、アタシの唯一の「恩師」かもしれないのです。。。
今でも、はっきり、覚えている出来事。
それは、音楽の授業で、合唱コンクールかなにかの、リードパートに、アタシを選んでくれた時のこと。。。
他に2人居ました。
でも、アタシはね。
「いやだ」って応えて、断っちゃったんだよ、その時。
音楽、嫌いだったの(笑)。
なんか女の子っぽくてさ。
運動のことで選んでくれたなら、喜んで引き受けたと思うんだけれど。。。
でね。
その時の、先生の表情が、忘れられないのです。。。
本当にはっきり、覚えています。
「どぉして?ねぇ、どおして?」
ものすごくがっかりしたような、悲しい表情で。
子供心に、悪いことをしてしまったような、感じ、ビシビシ感じてました。。。
そしてもう一つ、、とっても大切なことを、その時学んだのです。
学校の勉強を、単に教え込ませるためのモノではなく、、、自分が大好きで、愛情を持って教えていること。
つまり、大の大人が、学校の科目になっているような「音楽」に、真剣に取り組んで居る、という「事実」。
学問?音楽?かな?この場合ね、、大好きな何かに、まっすぐ向き合って、そのことを、生徒にまっすぐ、自らの姿勢をもって伝えていた、っていう事実ね。。。
このことは、ずいぶん時間が経ってからですが、、、好きなことに打ち込む、とは、どういうことか、を間接的に教えてもらっていたのだと、気づいたんですね。
ほとんど居なかったよ。
自分の専攻してきた学問が好きでしょうがない感じを、まっすぐ伝えてくれた先生は。。。
なんの因果か。
その後アタシは人生投げ打って(苦笑)音楽に取り組むようになり。。。
小学生の頃、あれほど「女の子っぽくて嫌だった」音楽に。。。
先生は、そんな出来事、とっくに忘れて居ましたが(笑)。
そして、あの時、嫌だって断っちゃった、リードシンガーを、、、今度は、たった一人でウクレレ抱えて唄う姿を、、、披露宴で、先生に披露する形になってしまったのです。。。(笑)
実は小学校での出来事は、ずぅっと、心の中でわだかまっていて、、、ことあるごとに、思い出していた出来事だったのです。
先生がその、先生だったと解ったとき、まっさきにこの一件を、謝りました。。。
そして「これから唄いますから」と。
弟の恩師は、、、廻り廻って、アタシの恩師でもあったのです。。。
不思議なものです。
きっと、数居る先生の教え子の中でも、音楽を志している人なんて、ほんのわずかだと、思うのです。
皮肉にも、あのとき先生を悲しませた男の子(笑)が、いま、こうして自腹かっ捌いてまで(爆)音楽に打ち込んでいるとは、ね☆
つっかえていた、大きな大きな杭が、、、いや、モトイ、、、悔い、だね、それこそ27年ぶり?に取れたような、そんな気がします。
弟の結婚式で、まさか!こんな再会が訪れようとは。。。。
弟夫婦に感謝☆だね。
先生、アタシはこれからも、音楽、真剣にやってゆきますから☆
そしてコレは、、、先生が教えてくれた、最初の「価値観」だったかもしれないのですから。。。
先生ありがとう☆
新しいCD出来たら、送ります。聴いてやってください。。。
アタシは先生ネタって、、、意外にだめなんだけど、、、こういうことが、あるんだよね。。。
人生って本当に不思議。
ココロがすこし、軽くなったよ♪
私は結構先生ネタがツボなんだと改めて。。。
先生とはご縁があったからこそ、
再会できたんですね、きっと☆
素敵なお話です。
いやいや失礼。
いまね。
いや、いまだに、か?
音楽や表現活動に本気で取り組んでいる大人って、、、多かれ少なかれ、そういう出来事を抱えてきているんだと思うよ。
コレも最近、よく思うことなんだ。
そう、我々はこの世界では、本当に自由で、無敵なんだよ!
感謝だね☆
でも、そういう先生からは、感激をもらうことは無いよね!
この先生、言葉で教えるのではなく、、、自らの有り様で、何かを教えてくれていたんだよね。。。
今はよく思います。
大人が真剣に取り組んでいる姿、ありったけの想いをぶつけている姿こそ、本当に子供に何かを教えてくれるものだと。
先生は、昔から、かなり派手な、というか、、、洋風な顔立ちの美人でした(笑)。
つーかあなた、本当は音楽大好きなくせにっ(笑)。
不思議だよね。
ずっとずっと、忘れることの出来なかった、悲しい表情だったんだょ(笑)。
少しは、恩に報いることが、出来てたらいいね☆
俺も、いじめられっこ
で、学校嫌いだったなー
今じゃ面影もないが、
がりがりで、入院ばかりしてたんだぜー
そして俺もある先生に出会い
現在にいたる(笑)
校内暴力に走った時期もあるが
やっぱ、恩師とはいいものだねー
いい♪
私は美術の先生は、なんか・・・負け犬みたいに見えた。何かになれずに、仕方なく、やる気なく、教師やってるみたいに見えた。
たいそう失敬な話よねぇ。(笑)
イイ話だねぇ。
子どもの頃のちみぃは今と変わってないジャン(笑)。
写真の先生とどぶくんの表情が似ている、輝いています。
音楽かぁ、子どもの頃からずっと嫌いだぁい(笑)。
いい話じゃんか!!なんだかホロリ。。
そうでしたか。。。
結構、そんなものなのかも、知れないですね(笑)。
本当に、あの時の表情は、、、忘れられない(苦笑)。
でも、これで、忘れられるかな???
あ。
ボスコ、元気そうだったね!
いや~、良い記事読ませていただきました~。
小学生の時の音楽の先生ですか。私も小学校の時は音楽の授業は苦手だったの思い出して、思わず書き込んじゃいました(苦笑)
どぶさん、先生、いい笑顔で再会。
素敵です。人との出会いがまた何かを運んできてくれそうですね。