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きみの靴の中の砂

男は今、長い旅の途上にあって





 ローマのテルミニ(中央)駅からほど近く、緑濃い小さな丘へと続く道端に、日々、陽が高くなる頃、ひなびた古本屋の屋台がひとつ、のんびりと店を開ける。

 客の多くは、『午後の通勤者』 ----- というのも、いち日のうちでランチが一番重要な食事のイタリアでは、勤め人でさえ、一旦帰宅してランチをとるのも日常で、昼休みはたっぷり二時間。

 昼過ぎののどかなひと時、午後の帰宅者や再度の出勤者、そして僅かばかりの観光客らが、その店先を覗いて行く。

 台に積み上げられた古い本や映画雑誌の陰に隠れて、消印が1950年代の古い絵葉書の束を見つけ、珍しさから写真の良し悪しも吟味せずに、束ごと本屋の女主人の言い値で買い求めた。六十枚ほどで12ユーロというから、大した出費ではないことも幸いして...。

 後で気付いたのだが、それらの絵葉書は、旅の途上にいるひとりの若者から恋人に宛てて書かれたもので、内容はどれも「今日は景色のいいところへ行ってきました」など一、二行の他愛のない便りなのだが、すべてに小額の切手が何枚か貼ってあり、剥がれかけたそれら切手の下にそっと隠して、大層小さな文字で熱い恋文がしたためてあった。手紙が厳しく点検される女の家庭事情に合わせたものか、ふたりで定めた取って置きの手段に違いなかった。
 日付を調べると、その情熱的な手紙は日に一度か二度、その旅が終わるまで、欧州の至るところの街から書き送られていたのだった。




【George Winston / Joy】


 

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