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きみの靴の中の砂

偵察飛行





 その日もいつもの空域を赤道に向かって四百キロ飛び、横に輪切りにした蜜柑の一房にも似た、鋭角が三十度の二等辺三角形の海面を、北村中尉操縦の三座水上偵察機が定時飛行したときのことだ。

 搭乗する彼ら三人に何が起きたのか。例えば...

『突然、短くはあるが大きな耳鳴りがして、気付けば、海の青さが急に増したように感じたとでも言おうか。
 見下ろすと、それまで見えていなかった、地図にないはずの珊瑚礁が点在しているのに気付く。後部座席の航法員に位置を確認しても、風がないから方位がぶれるはずはないと首をかしげるばかりである。やがて偵察員が伝声管で、四時方向下方五十メートルに国籍不明の複葉機が見えると伝えてきた。機を右にひねって目視確認すると、確かに今までそこを飛んでいるはずのない美しい赤い複葉機が飛行しているのが見えた。
 北村中尉は航法員に叫ぶ。
「機体識別!」
 識別表を繰って、航法員は直ちに報告を返す。
「ありました、米国並びに豪州軍が使用するステアマン初等練習機です。・・・・攻撃しますか」
「待て。おかしくないか。練習機だから機体が赤いのはともかく、国識別表示もなく、教官が乗っているはずなのに、こっちに気付いている様子もない。まるで、別の世界を飛んでいるようじゃないか? 無電も武装もない練習機だ。航続距離ではこっちが圧倒しているから、しばらく同行する。接近してくるようなら、撃て」』

 以上は私の全くの空想もしくは妄想だが、その日、操縦技量甲判定の北村中尉が、洋上で無電を一回も発せずに消息不明・未帰還になるとは、私ならずとも納得できる事態ではなかった。その後、同じ偵察隊員として数次の捜索に加わる中、私は考えた。もしかしたら私が想像したようなことが本当に起こったのではないか...。

 夢でしか見ようのない何か美しいものにでも魅せられたかのように誘われ、北村機は、わたし達とは違う次元を今も飛行し続けているのだろうか。
 あれから半世紀以上たったにも関わらず、私は心のどこかで、まだそう信じているのだった。

                    

 1942年2月、ニューブリテン島ラバウル港に新たな水上機基地が完成すると、配備が順次開始された二式水上戦闘機隊とともに、旧式機故に艦隊から降ろされた私達九四式水上偵察機二個分隊六機も同時配備されたことは、海軍南方方面部隊移動記録に一行簡素に記されているのみで、北村中尉機未帰還の詳細については、ニューギニアでの作戦に関わる他のいかなる戦闘詳報、また戦記からは全くうかがい知ることはできない。




【Gordon Lightfoot - Did She Mention My Name】


 

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