Ad novam sationem tecum

風のように日々生きられたら

このたびは 幣もとりあへず 手向け山

2008-11-26 22:47:42 | 日々の徒然


九州国立博物館で開催されている、
「国宝天神さま -菅原道真の時代と天満宮の至宝-」
に行って来た

今日は、お天気が良かったこともあり、
人が多い、多い

あまり、
落ち着いてじっくりと見れなかった

以下、ちょっとした感想。

出品リスト


意外と、
伝管公遺品の
毛抜形太刀とか
龍牙硯とかに時代を感じた。

毛抜形太刀は梅の紋があしらわれていて
とっても素敵だったし、
龍牙硯は、
実際、道真が使っていたんだなぁ、
と、思って感慨深かった。


でも、
やはり、
国宝の北野天神縁起絵巻(承久本)が
原本で見られたのがよかった。

(なんと、「平成記録本」なるものも
あるらしいですね
スゴイ)


しかも、
展示期間が、巻三部分の展示日にあたり、
ちょうど
「東風吹かば・・・」の歌の部分を見ることができた

人が多くて、
なんだか
ベルトコンベアー式の速さの人の流れであったけれども、
(皆さん、あの速さでよく鑑賞できますね)
私は文字までじっくり読みたかったので
一人だけゆっくり立ち止まって見させていただいた。

ご迷惑でしたら、ごめんなさいませ


で、
「東風吹かば・・・」の部分読んでいたときに、

(そういえば、今日、見たら、
 北野天神縁起絵巻本文は
「こちふかば(字音仮名で書くと「古知布可波」だったと思う。)」となっていた。
「東風」って漢字があてられていたわけではなかった。
 北野天神縁起絵巻の諸本(といっていいのか?)について知らないので、
 良く分からないが・・・・。
 「東風」って漢字があてられているのって、どれなんだろう???
 こういうとき「国書総目録」が家にないと不便だと思う。)

ああ、そうだったと気付いたのだが、
「東風吹かば・・・」
の隣に、実は
「さくらはな ぬしをわすれぬ ものならば
 ふきこむかぜに ことつてはせよ」
(「桜花 主を忘れぬものならば 吹き込む風に 言伝はせよ」)
という、歌があった。

そうそう、そうだった。
道真、桜の歌も詠んでました・・・

桜の~ 花、舞い上がる~ 道を~ おまえと歩いてゆく~

・・・・じゃなくて。

これ、どう見ても、一対の歌。
(この桜の歌、今調べたところによると、「後撰集」(57)にもあるらしい。)

菅原道真と梅との関係は、
いろいろなところで言われていることなので、
ここで言及する必要もないと思うけれど、

道真と桜の関係ってどうなんだろう???

たぶん、誰かがどこかで研究してるだろうから、
今度、機会があったら知りたい。
(しかも、「東風吹かば」の梅と一対の歌を成している桜の意味って?)

あ。
今、検索したら、
それらしき論文ありますね。
今度、読んでみよう。
→山口正代
 「菅原道真「さくら花」の歌から「こちふかば」の歌へ
           ─真作から伝承歌への形成過程─ 」
             「解釈」53-3・4 二○○七・四



あと、
道真が雷神である理由も、きちんと知りたい。

おそらく、天神信仰にあるように、
道真の死後、
「京都では、藤原時平を助けて
 菅公の左遷に努めたといわれる藤原菅根が
 落雷によって死去し、
 さらに日蝕・地震・彗星、落雷などの天変地異、
 干ばつ、洪水などの災害等による農作物の被害をはじめ、
 疫病などが次々に起きて・・・」
のようなところから、だとは思うが。

普通、雷神は風神と対で出てくる。

以前、
狩谷棭齋の『日本霊異記考証』の演習で
『日本霊異記』における蛇・雷・雨について
調べたことがあるのだが、
これらは、たいていワンセットで出てくる。

元を辿れば、中国の堯・舜の神話に由来するものらしい。

参考:青木正児 「堯舜伝説の構成について」
(支那学四-二 『支那文学芸術考』所収)

治者に人徳があると、
天神も、感じて恵の雨をもたらす、
と考えられ、
特に、治水事業に功績のあった堯舜など
の天帝伝説として語られることが多かったようである。

そして、
恵の雨が降るとき、
風雷を伴なって、龍(蛇)が現れ
雨雲を呼び、雨を降らせる
と、記述される。

(ココまでが参考文献の内容。)


そのイメージが、日本にも入ってきて
「日本霊異記」にも描かれている、
のだろうと思う。

(余談だが、
「千と千尋の神隠し」で
 白竜という龍が川の神様だった、
 という設定だったのも、
 これらの伝説に基づくものだと、思う。
 龍は水と関わりが深いのである。)

話が、それたが
この雷・風が神格化されたのが
風神・雷神である。


一方で、
もともと、
日本には、
「古事記」出てくる建御雷神という雷の神様がいる。
風の神様、というのは、いたっけ
(→風木津別之忍男神のことか?)
いたとしても、建御雷神よりは、かなりキャラが薄い。


そして、日本では、
雷は鳴神とも表記され、
神の怒りを表わす場合に用いられることが多かった。

話が回りくどくなってしまったが、
従来、日本にあった雷(鳴神)のイメージと
中国からの雷(と風)のイメージ(後に雷神と風神へ)が
はじめて一つに重なったのが、
菅原道真の怨念としての、雷神だったのではないかな、
と思う。

(ココまで、予想。)

これも、誰か詳しく言ってるかも。

何だか、また、文章長くなってますね。
そろそろ、止めます

あと、今回の展示で、
印象に残ったのは、
何の資料か忘れたけれど(←忘れるなwww)
道真の遺言で
「死んでも、思うところがあって
 骨を故郷には返さないでくれ。」
って、言ってる漢文があって、
(本当かどうかわからないけど。)
「そうだったのか・・・。」
って、思った。。。。

どうでもいいけど、
この部分の解説の漢文の読み下しに
一字翻字ミスがあったような気がするのは
私だけだろうか・・・。
(それが気になりました。)


あとは、

えー、国宝の類従国史とか延喜式とか
見てないー。

と、思ったら展示日じゃなかったorz

和漢朗詠集(益田本)の字が良かった
(小野道風の字より好きだ)

別の展示室の
「金光明最勝王経」の字も、
別の意味ですごかった。
あれは、人間の書く字じゃない・・・・。
神業だ

こうして見ると、
所蔵先が九州のモノは考古学系のモノばっかりだ。
文献がほとんどない・・・・。
九州・・・頑張れ

そんなわけで、
今日は、
雰囲気に浸って 菅原道真に思いを馳せる・・・
ということは
残念ながら、できなかったけれど、
それなりに、いろいろ考えた展示でした

九州国立博物館 外観(建物の側面です。)↓
(建物に映っているのは、そう、「山」です)









2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
う~ん、さすがです ()
2008-11-27 15:34:09
こんにちは。
やっぱり「東風吹かば」ですよ。
そりゃあ、皆さんご覧になりたいでしょう。
でも、きっと見れば良いの。
norikoさんみたいにいろいろ考えていらっしゃらないと思うな~
「見た」ってことが大事なんだと思います。

道真といえば梅だけれど、桜の歌もあったんですね。
私などから門外漢から見たら、本日は、道真の香り漂う、九州ネタだと思います。

こうだよね、ああではないかな、と予想をして検証していって、それってとても楽しいと思います。
検証するっていうのが大変なんだけどね~

返信する
釉さま (noriko)
2008-11-27 20:07:42
こんばんは

そうですよねー。「見る」だけでいいんですよね。私も、普段は、ぼーっと(?)見るのが好きです。「見る」ことで「思い出せる」こともありますしね

文章を書くとなると、つい、変に気負っちゃって理屈っぽくなってしまいます。いけないですね

自分が、創造することのできない人間なので、つい表現されたモノに対して、「ちゃんと理解したい!!」という気持ちが、強く働いてしまうのかもしれません

単に、謎解きが好き、っていうのもありますけどブログでは、いつも、かなり中途半端な謎解きですが・・・。
返信する