あの次の日、朝ベッドで目を覚ますと身体が痛かった。
腕と太ももに大きな擦り傷。
メガネも無いし、何より頭が動かない。
・・・
えっと、、、昨日は、試合が終わって……
それから随分スタジアム内で待機させられて……
そうそう。
バスで何とかスタジアムを脱出した後、何人かの友人と飲みに行ったのであった。
それから、店じまいの準備をしていたビアガーデンに入って、
無理言ってビールをもらって……
でも、そこからの記憶が余りない。。。
だんだん頭がはっきりしてくる。
ビアガーデンの後、家近くの店に場所を移してまた飲んで……
友人と別れた後、道路脇の溝に落ちた。。。
あ、それだ!!
勝利の美酒に酔いつぶれて、溝に落ちたんだ。。。
・・・
アタマイタイ。。。
あの日の試合やその後の状況は、
スポーツナビの宇都宮徹壱氏のコラム「
ホスト国の人々への伝言」の通りである。
ただ、日本側応援席に押し込められていた者の一人として僕が付け加えておきたい事は、
日本のサポーターは試合後、準優勝に輝いた中国チームに対してだけではなく、
中国の応援団にまで、大きな拍手でこの素晴らしい試合の健闘を称えていた事。
そして、退場の際には、我々の警備に当たった公安と
その横に無表情で座っていた私服警官にまで、「謝謝」、「辛苦了(お疲れ様)」と声をかけ、
最後は応援席のゴミを拾って帰った事。
中国のサポーターにも、このスポーツ精神に則った素晴らしい応援を知って欲しいものだ。
日本側応援席を囲む公安と私服警官
あの日、僕は心底ガッカリした。
僕は、会場に赤い服と帽子を持っていっていた。
もちろん、ひと目で日本人とバレない様な変装でもあるし、
それを逆にネタにした冗談の気持ちもあった。
でも、一番の目的は、
「もし中国が勝ったら、これを着て、中国人と一緒に勝利の美酒に酔いたかった」のだ。
僕は中国に惚れて中国に来ることを選んだ。
運良くこちらでの仕事も見つかり、
習慣や言葉の違いからくる意思疎通の難しさなど、様々な困難にもぶつかってきた。
でも、この中国での生活を総合的に振り返れば、
お蔭様で、とても楽しい毎日を過ごしている。
WTO正式加盟の承認
オリンピックの北京開催決定
サッカーワールドカップの本戦出場
有人宇宙飛行ロケットの打ち上げ成功……
この5年の間に、急成長を遂げるこの巨大国家の節目節目を肌で感じ、
人々の喜びを分かち合い、共に祝ってきた。
だからこそ、この大きな国際大会の自国開催、
そして、その大会での初優勝を同じように共に祝いたい。そう思っていた。
結果は、日本で報じられている通りである。
試合中のブーイングは受け入れた。
日本側応援団の中にいれば、それほど外の音も聞こえなかったし、気にならなかった。
そんなものはどうでも良い。
あの試合は、重慶や済南の試合と違い、皆、自国の為にブーイングをしているのだ。
しかし、ある程度の予感はあったとは言え、試合後の彼らの暴挙には甚だ呆れた。
確かに、門の外で暴れていたのは一部の人間だったかもしれない。
確かに、日本の2点目のハンド疑惑が不満だったかもしれない。
確かに、元々値段設定が高い上に、
ダフ屋で高騰したチケットが手に入らずにイライラが募ったのかもしれない。
確かに、経済格差が急激に広がり不満を抱える人が、
ここぞとばかりにウップンを晴らす好機を見つけたのかもしれない。
確かに…… 歴史の問題…… 教育の問題…… 政治家の問題……
あぁ~~! 煩い!!!
言い訳や理由なんて何とでも言える。
では、だからと言って、人を殺しても良いのか?
そんなはずは無い。
あの日、日本政府の要求もあり、北京市公安局は5万人近い警官を動員したという。
その数や会場周辺の物々しい雰囲気には驚かされたものの、
おかげで僕ら日本人は、誰一人大きな事件には巻き込まれなかった。
だが、もし彼らが野放しだったらどうなるか?
そこへ日本人が一人で入っていったらどうなるか?
一度警官から暴徒が追い出されたその場所へ、僕はちょっとだけ入ってみた。
そこで感じたものは、何とも言いがたい異様な臭い。
もちろん、そんなモノを臭った事など無いが、あれを人は死の臭いと言うのかもしれない。
周囲を異様な数の公安や警察官に囲まれた異様な雰囲気もあったけれど、
あの場所で、確かに僕の脳は危険信号を発していた。
中国に惚れた一人の外国人として、
この姿を他の国に見せたくないと思った。
今後のこの国の行方を不安に思った。
そして、僕はただ、心底ガッカリした。
政治家やマスコミが好んで使う「日中友好」なんて言葉は糞くらえだ!!
多くの人が問題として考え始めたのは良い事だったと思う。
全ての日本人が中国を、好きにならなくたって良い。
全ての中国人に日本を、好いてもらわなくたって良い。
隣国として、普通に付き合ってくれれば良い。
でも、嫌いなら、嫌われるなら、
それが何故なのか?を互いに考える必要がある。
人と人が互いに相手を知らなくては、「友好」は始まらない。
だから、こんなに自由になった中国のマスコミが、
あの騒ぎに目をつぶり、まったく報道していない事を残念に思う。
日本のマスコミが騒ぎ立てている事を知っている中国人はいても、
あの夜の自国の人の振る舞いを知っている人は、ほとんどいない。
また、日本のマスコミや政府が、必要以上に危機感を表したのにもガッカリした。
「無用な外出を控えろ」だと?! ふざけるんじゃない!!!
会場を脱出するバスの中で同席したサポーター・ウルトラスの一人は、
「この過保護は異常だ。日本の報道もやりすぎ。
国と国が戦うサッカーの試合でこれくらいの事、たいした事じゃない。
また代表が中国に来れば、俺も来るよ。」と話してくれた。
さすがに百戦錬磨は違う。
とは言え、
あの試合が始まった後のスタジアム周辺と、その後の暴徒が散って騒いだ場所以外、
いったいどの場所で危険があったというのだろう??
その政府や報道する側の危機感の持ち方が、民間の中国嫌い、中国危険に繋がるのだ。
中国13億人の国民全員が、日本を嫌いな訳がないし、
その感情を「反日」という言葉一つで表現してしまっている安易さには反吐が出る。
逆に、近年の急成長で自信をつけて、
「反日」などという感情を持つ人よりも、
それを通り越して、「相手にもしていない」人の方が多いのではないだろうか。
試合前、会場周辺には完全武装のSWATが騒々しい
あの騒ぎの中から感じた事は、
以前は自由にモノを言わせてもらえなかった中国人が、政府の圧力にも屈しなくなった事。
公安が力で醜いモノをねじ伏せなくなり、
そして、政府も臭いモノにフタをしなくなった事。(できなくなった事)
あの日、全ての報道陣が自由にカメラを回していたし、
外国人である僕だって、(比較的自由に)自分の責任で歩き回る事を許された。
中国人も余りに度を越えた暴挙(日の丸を焼くとか)をしなければ、
拘束されたりすることも無く、己の怒りのまま拳を突き上げた。
これは何かが起きる前兆なのかもしれない。
元々、中華思想という言葉があるくらいな中国人。
それが、経済の急成長を体で感じ、さらに自信を深めた。
はっきり言って、調子に乗り始めている。
あの日、サッカーでまで、アジアの中の先進国・日本に勝利していたら。。。
それを思うと、怖くなる。
(左上)試合開始後、スクリーンには「新北京新オリンピック新形象」のスローガンが
(右上)両国のペイントを入れたサポーターも多かった
(左下)中国が同点に追いついた!厳格に無表情だった公安や私服警官の顔も緩む
(右下)日本の勝利に沸く日本側応援席