のんびり湯船につかってユアヒットパレードを聴いていた。
いまから思えばのー天気な米国ポップスに浸っていたとき、
ビートルズとかいう初耳の英国グループの曲が突然襲ってきた。
そのときの身体全体が痺れるような衝撃が脳みそのどこかに残っている。
2008-09-09 さいたま新都心 14:21 晴れ
私の拙いブログも今日(31日)で丸7年経ちました。
7年かーー!長いね。
その間気分の盛り上がりの波や写真の傾向の変化など
いろいろありましたが毎日必ず1枚はおかげさまで欠かさず
アップできました。
この先いつまで続けられるかわかりませんが
今後ともおつきあいのほどよろしくお願いいたします。
2013-08-29山梨県河口湖町 15:23 晴れ
亡き母の遺品のなかに備忘録があった。我が誕生のことが記してあった。
昭和二十一年 八月十九日
自分の横に小さな人間が寝ている。これが今先お腹からとび出して
来た私の子かと思うと不思議な気がしてならない。一時過ぎに痛み
出して二時過ぎは出来て了った。お産婆さんもずいぶん軽かったで
すね、それではこりないでせうと云われた。朝になった。赤坊は八
百五十匁あった。ほっかお餅より柔らかい。口元は主人にそっくり、
やっぱり話していた通りひたいがはげ上がっている。今からもうま
せた顔をしている。十九日の午前中お母さんに矢板へ行って東京へ
オトコ生まれると電報頼む。二十二日にお父さん来る。可愛い顔を
していると云ってくれる。五日目にへその緒がとれる。二、三日乳
があまりよく出ないのでお茶をのませたりする。甘くないものだか
らへんな顔をしてさかづきからガーゼをチュッチュッと吸っている。
五日頃よりよく出るやうになったので安心した。お米の無い時代な
ので心配でもどうやら一升二升とお母さんが近くで手に入れて来て
くださって毎食おかゆを作って卵を入れたりして下さる。お母さん
や久子さん達はとうもろこしやカボチャばかり食べているのに何だ
か気の毒。主人は二十六日に来る。そろそろ起きられるので抱いて
乳をのませる。なんだかまだ父さんになった気がしないと云っている。
二十八日主人帰る。
1946-08-19栃木県矢板02:00