翌日、花屋にその男がいなかった。この時刻に行って、そんなことは今まで無かった。第一、彼が約束を取り付けたのだ。店内に入って店主らしき老婆に訊ねる。するとそんな店員、最初からいないと言われた。
困惑した。
その帰り道、ピピンの前に黒い大きな車が止まった。その中からいきなり黒服の男たちが数人現れて襲い掛かって来た。公共の場で堂々とである。だが、誰も止めに入る者は現れなかった。ピピンは屈強な男 . . . 本文を読む
「友達に知られたくない自分がいる、ということだね。」
と男は言った。
ベンチのピピンの隣に座りながら、ピピンを見つめていた。
穏やかな息遣いが正午前の清々しい空気の中にあった。
男は全身黒ずくめの格好をしていた。
黒ずくめはトラヴィスを思い出した。トラヴィスは黒色の服を好んで着ていた。色白の肌にスタイルが良いのもあいまってそれはどこか気品に満ちていた。彼の会社の人々は彼のこと . . . 本文を読む
パリシエには1週間ほども滞在した。その一週間はずっと万博に通った。すべてのパビリオンを見て回ることはそれでもできなかった。一週間の間、万博とホテルを行き来して、夜はホテルの施設を使って三人で夜更かしをして遊んだ。誰かが疲れて寝ようとすると誰かが悪戯して起こす。その繰り返しで朝方を迎えるようなことすらあった。それでも予定通りに開園時間には万博にいった。
夜の街に繰り出すこともあった。パリシエの . . . 本文を読む
2
― ラ・モニュメント ―
馬鹿でかい建物だった。もはや名が体を表しているというにはあまりにもそれは巨大だった。シンボルというだけでなくそこは開催のステージでもあった。
軸となる巨大タワーにはてっぺんまでに三回大皿が挟まれている。さらに枝分かれした四つの先に皿が一枚ずつ。計7枚の大小異なる皿がついているという感じの見た目。さながら巨大なケーキスタンドだった。皿の一枚一 . . . 本文を読む
この頃、ラスカラスでは闇市が広まっていた。アニマロ層はツカ区と呼ばれる元鉱山施設のあった窪地で隔離居住労働を強いられていた。朝昼晩と寝る時ですら 集団生活を強いられ、あらゆることが拘束され管理され不自由であった上、ツカ内での衛生面や治安などは法的にはほとんど管理されていなかった。暴力が支配 する側面が大きく、その頂点が政府であり白シャツだった。そのためツカ区は強制労働の奴隷居住区である反面、ち . . . 本文を読む
南北戦争の章
三つの世界
1
点火したパイプからしっとりとした煙がたゆたう。紫の甘い匂い。吸引すると立ちくらみを覚えた。それを二度、三度と繰り返した。
束の間、肌が粟立つ快感がほとばしって喘ぎが漏れた。全身の色んな箇所をつぶさに指先で触れられているような生々しい感触だった。
力の抜けた手から水パイプが便所の床に音を立てて落ちた。中の液 . . . 本文を読む
いろいろまとめ終ったので、書きを開始しました。完全な連載な感じで、書いたらすぐアップしやす。今度は、続くと思う。たぶんですけど;;
ついでに・・・。機神の歴史年表とか載せてますが、年号や表現の間違いがあるのですが、訂正した原本は持ってるのですが、そのうちに必ず、折を見て、直しておきます。 . . . 本文を読む
せっかくブログやってるのに、こう、空白の日々が続いてしまうのも、あんまりよくないのかなぁと思いましたので、経過報告だけでも・・・。
えっとですね。今はですね。日々の余暇の機会を借りまして、機神のプロットを再構築中です。こないだ書いた幾つかの短編が(出来が納得できないので投稿からは取り下げました。)、あまりにもプロットというか設定があいまいなまま書き始めたので良くなかったので、今、設定がある程度掘 . . . 本文を読む
今から、10年前、ナルクシュがまだ10歳 の頃の話をしよう。その頃、ウラアン氏の一族は広大なアーシュヴィン高原のバヤウト氏の山岳牧地の一部をヤギや牛とか馬の他に竜馬や翼竜を飼いながら遊牧 し暮らしていた。ウラアン氏はバヤウト氏の支族で鮮やかな赤い髪の毛が特徴であったため、赤を意味するウラアンと呼ばれた。当時ともに暮らす一家は40人。ナルクシュには兄が二人いて、従兄弟や再従兄弟が24人、父とその兄 . . . 本文を読む
その一帯の野営地のゲル家屋は皆立派なつくりだった。ひときわ目を引くのは山のように大きなオルドと呼ばれる移動式の宮廷だった。昼間から大量の松明が炊 かれ、物見櫓や馬防柵などが数多く設置された要塞だった。そこには多くの人々がおり征服奴隷がそこら中で地面に泥を積み上げ、外壁や通路や曲輪を作らされ ていた。アブーチが翼竜の背に跨りここへ来ると最初は真っ先にオルドのアサナ陛下とその母君や有力な后達のゲル . . . 本文を読む
『ナサティヤの騎士
ビュートは手綱を一旦口に咥えて、鎧の襟元から干し肉を取り出すとそれをゴムみたいに食いちぎってくちゃくちゃと咀嚼して食った。それから体を伸ばしてボルテの口元へも残りをそっと差し出したが、竜はそれを食わなかった。
その位置からはすぐ手前に切り立った岩山が、黒いのっぺりとした壁面を顕わに行く手を塞いでいるのが見えた。後ろは空が大きな壁に見えるような壮大な景色だった。岩だらけの . . . 本文を読む
前日の夜更かしがたたって、翌日、ナナは学校に寝坊した。その夜、叔母は珍しく帰ってきていて、夕食を用意してくれた。夕食の間、叔母とナナとの間に会話は無かった。夕食をとり終えるとナナは早々に自室に引き上げようと食器を流しへと運び始めた。すると叔母がナナを呼び止めた。彼女はまだ椅子に座ったまま、口元をナプキンで拭いていた。
「あら、もうおやすみ?」叔母が言った。
「うん、寝るわ。片づけはあたし . . . 本文を読む
『ナナのこと。
ナナは戦時中に疎開先のガンガエリアのド田舎で生まれ育った。幼少期に外国のフリーのジャーナリストに撮ってもらった写真があるが、ナナもその友達もみんな土汚れと日焼けで真っ黒になった肌に石膏のように白い歯をむき出しにして笑っていた。手には必ず一人一個のカカオマスの実を握っていた。ナナの家庭は戦争で父親が亡くなって戦後もしばらくの間は疎開先で暮らしていたが、政府の与党替えと新政権の財政 . . . 本文を読む
『アルタイの森、敗走、アルスラン・ディルバル=ルスタムとナスルタン・シャルシンブフ=ニザラバフ
「困ったものだ。息は落ち着いたというのに、心の臓はまだバクバクいっておるわ。」男は言った。「まったくもってひどい有様よ。」
「左様でござりますか?」
「うむ。見ての通りだ。たぶん、おまえは呆れとるのだろう。呆れ果てているはずよ。」
「そ、そのようなことは決してござりませぬ。」
「ふん . . . 本文を読む
『武器屋の老人
玄関に座ってじっとあるものを見つめている。ジョゼフはいつもそうしている。陽が昇って沈む間ずっとそうだ。彼はそこで武器屋をしている。店の看板がオープンにめくり返されてからクローズドに戻るまでそうしている。これを毎日365日きちんと続けている。おかげで店を休んだことはここ数年一度も無い。彼は今年で75歳になる。口ひげもすっかり白くなっている。目じりや口元には幾重も皺が寄っている。垂 . . . 本文を読む