また大きな地震が起きてしまいました。
お一人が亡くなられたと聞きました。
ご冥福をお祈りします。
台所に新しいエアコンを取り付けにきてもらっていて、
テレビを見ていなかったので、知りませんでした。
3時前にテレビをつけたら、京都市内も震度2だったと
いうことでしたが、全然わかりませんでした。
能登地方はよく地震が起こる場所です。
珠洲市といえば、能登半島の北端です。
土砂崩れや亀裂なども見られるそうですが、これ以上
大きな被害がありませんように、と祈ります。
さくらんぼを収穫しました。
とても美味しそうに見えると思いますが、
たまに美味しいのに当たるという感じです。
残った分は、鳥さんたちにお裾分けします。
網をかけていても、入り込んだと見えてかじったあとが
はっきりわかります。
ショウブの花を飾りました。
子どもの数が、42年間減り続けて、今年は最少だそうです。
子どもを産み育てる環境が、あまりにも貧弱と思います。
「異次元の少子化対策」の中身を、具体的に示して、
実現させてほしいものです。
朴木に白い花が咲いていました。
これ、「宇宙あさがお」です。
山崎直子さんが2010年に「デイスカバリー」で
宇宙へ持って行かれたアサガオの子孫の種子を
いただいて撒きました。
しっかりお世話をしてたくさん咲かせたいな。
編集画面が、突然に今までと違う形式になってしまい、
とても書きにくいです。
皆さんはどうなんでしょう?
主張
「こどもの日」
尊厳と権利の保障の原点を今
きょうは「こどもの日」です。制定は1948年です。日本が始めた侵略戦争で多くの子どもが犠牲になりました。戦争末期から敗戦直後にかけて、栄養失調や病気などで子どもの命が失われました。戦争孤児は筆舌に尽くし難い苦難を強いられました。そんな中で75年前、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかる」(祝日法)ための日が生まれたのです。
憲法施行を受けての議論
「こどもの日」誕生の大きな力になったのは47年施行の日本国憲法です。「こどもの日」制定を審議した48年の国会では「子どもの存在が社会的にも多少とも認められるようになりましたのは明治以後の事でありますが…新憲法実施の機会に、さらに子どもの社会的地位を明瞭に」「真の日本民主化を達成するため、一つには子どもが一個の人間としての尊厳と権利と福祉を得るため」などの意見が交わされました。子どもの権利や尊厳を踏まえた議論が活発に行われたことが議事録から伝わります。
47年に児童福祉法と学校教育法が制定され、国と地方自治体が保護者とともに児童を心身ともに健やかに育成する責任を負うことが明記されました。このことを児童の立場から権利として示すために、51年の「こどもの日」には「児童憲章」が定められました。
国際連合で「世界人権宣言」が採択されたのは48年です。「児童の権利に関する宣言」が国連総会で採択されたのが59年でした。子どもをめぐる敗戦直後の日本の取り組みは、世界でも先進的なものと言えます。それは、おびただしい犠牲を出した戦争への深い反省と深く結びついていました。
しかし、その後の歩みはどうだったでしょうか。89年の国連総会で採択された「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」を日本が批准したのは94年です。世界で158番目という遅さでした。
国連・子どもの権利委員会は98年、日本政府に最初の勧告を出しました。そこでは競争的な教育システムが子どもから休む時間、体を動かす時間、ゆっくり遊ぶ時間を奪い、子どもの発達をゆがめていることへの懸念を示しました。
同権利委員会は、2019年の日本政府への勧告でも、社会の競争的な性格によって子ども時代と発達が害されることなく、子どもが子ども時代を享受できるようにすることを求めました。
この勧告にも日本政府は向き合いません。昨年の「こども家庭庁」設置法案の審議で岸田文雄首相は、点数競争をあおり、自己肯定感を損なっているとも指摘される全国学力テストについて、子どもの最善の利益を第一に行っているとの認識を示しました。
検証と反省が欠かせない
日本の子どもの自殺率は主要7カ国の中で最悪で、10代前半での自殺は増加傾向です。いじめ、不登校、児童虐待の増加も極めて深刻です。政府が「こどもまんなか社会」と言うなら、従来の施策の検証や反省を行い、憲法と児童憲章、子どもの権利条約と国連からの勧告を正面から受け止め、施策に生かすことが求められます。
政府から独立し、権利擁護の立場で行政を監視・評価し、子どもの意見を代弁して個別事案の権利救済を行う子どもコミッショナーの制度化が世界で広がっています。日本も早期に実施すべきです。
きょうの潮流
4月から高校生になった姪(めい)が制服姿の写真を送ってくれました。記者も通った高校ですが、制服のデザ
インはすっかり様変わり。時の流れを感じました。
▼制服への思いは人によってさまざまです。着るのが楽しい子もいれば、制服が苦痛で学校に行けなくなる子も。
近年、多様な性自認への配慮から制服の選択肢を広げる学校が増えています。
▼ある高校では「スカートをはくたびに自分を否定されるようで学校生活がつらい」という生徒の訴えを機に、女
子の制服にもスラックスを導入しました。裾が分割されたキュロットスカートを男女ともに選択できる学校も。動
きやすさや寒さ対策を理由に選ぶ生徒もいます。
▼そもそも制服って必要?と制服そのものを見直す動きも増えています。ある高校の生徒会は、制服でも私服でも
通える「お試し週間」を実施。試行錯誤しながらルールを作りました。「生徒が主体的に考える良い機会になっ
た」と校長は言います。
▼わが子が通う高校には制服がありません。時間割に応じてブレザーとスカート、シャツとズボンなど、見た目と
活動のしやすさを考えて選んでいます。場所や状況に合わせてふさわしい服装を考える、そんな力が子どもたちに
も身に付いているのです。
▼誰かが決めた「高校生らしさ」「女らしさ」「男らしさ」を押し付けるのではなく、多様な選択を尊重し「自分
らしさ」を発揮できる学校であってほしい。子どもをルールで縛るのではなく信頼してまかせる。おとなの姿勢が
問われます。
(どちらもしんぶん赤旗より)
何か、設定が変わったのかもしれません。
こういうことになると、よくわからないのです(^_^;)
しばらく様子を見てみます。