それにしても教会の名称を官僚がやるとは行き過ぎも好い処ではないか、一体、役人は何を遣っているのか、それを公表すれば黒塗りか、どうにも為らない処まで来ているようだな。論者の一人が日本は終わって居ると言っているが、日本第一党の桜井が既に以前から言ってるいる事の受け売りである。20年近く街宣活動やっての実感である。
既存宗教でも新宗教でも心に問題が有れば関心を持つのではないか、それも偶々、その宗教を知っての入信は多いはずだ、俺も18歳の時に持ったと言うか意識しだしたな、多感な時期だよ、それに敏感も加わって、異常なまでに関心を持つようになる。大学受験に失敗して勉強に遣る気を無くしている時に釈迦の半生を見聞きして俺もやってみようと決意したのが20歳、西巣鴨で自炊生活していたが、意を決して成田市の新勝寺で断食を決行した。
辛いなんて言うもんじゃない、思った以上にキツかった、3日目にもう死ぬんじゃないかとも思って諦めかけていたのも事実、仕方なしにそのまま過ごして居たら、体がダルイだけで飢餓感が出て来なくなった、おかしいな、おかしいなと思いながら気持ちも意外と平静に落ち着いていた、毎日、近所の旅館の女中さんに大きな薬缶に水を一杯入れてもらって飲んでいた、これが毎日の食事である、塩は貰っていなかった。
鼻が利くようになる、耳が凄く聞こえる、断食堂の畳の上をネズミが通るのが聞こえるんだ、これには驚いた、毎日の旅館の食事が判るのも閉口した、何のフライか、今日はカレーだとかコロッケだとか、食べたくなって仕方がなかった。これを14日間、やり遂げてお坊さんから焼き味噌を貰った、これが美味いのなんの、この世の絶品だと思った。9月だったが行水もやっていた、便所は大は一度だけで後は一度もなく小のみであった、事前に食べ物を減らしていたのが良かったのではないかと思う。3食を2食に次いで1食に今度はおかゆ、と飢餓感を持たないようにしていった。その後がまた辛かった、少しずつ増やしていくのがこれが辛い、中々、思うようには為らない。
お釈迦さんの万分の一でもマネが出来たと言う感慨だけは持っている。俺んとこは浄土真宗で今でもこれは続けけている、変える積りは一切ない。新勝寺は恐らく真言だったか、禅宗だったか、どちらかだった思っている。兎も角、俺は仏教徒である。何があっても変わらない。
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