敬語っていうのは聞き手とか話題の人物に対する敬意を表す表現だよ。敬語はほとんどの言語に存在すると言われているけど、中でも日本語は敬語が非常に高度に発達した言語の一つなんだよ。
敬語は、尊敬語・謙譲語・丁寧語の三つに分類されることが多いけど、大まか過ぎて問題が生じる面がある。ここでは上の三つの他に丁重語・美化語の2種類を立てて整理することにしよう。
1.素材敬語と対者敬語
(1)a.先生はもうお帰りになった?
b.先生はもうお帰りになりましたか?
(2)(田中に対して)田中さんはもうお昼を召し上がりまたか?
◆敬語には、大きく分けて、話題の人物に対する敬意を表す素材敬語と、聞き手に対する敬意を表す対者敬語があるよ。上の例の下線部に敬語が使われているけど、(1)aでは話題の人物「先生」に対する敬意のみが表現されているのに対して、(1)bではそれに加えて聞き手に対する敬意も表現されているよ((2)のように話題の人物と聞き手が同一人物の場合もあるよ)。
尊敬語・謙譲語は素材敬語、丁寧語・丁重語は対者敬語だよ。
2.尊敬語
(1)先生はもうお帰りになりましたか。
(2)お客様は玄関にいらっしゃいます。
◆尊敬語は動作とか状態の主体に対する敬意を表現するものだよ。
(1)(2)は、それぞれ「先生」「お客様」に対する話し手の敬意を表現しているよ。
◆尊敬語の形式
<動詞>
①特別な形
②お-Vマス-になる(例:待つ→お待ちになる、教える→お教えになる)
Ⅲ類動詞とVマスが1音節の動詞(いる、見る、着るとか)には、この形はない。そして、2音節以上でも、①の特別な形がある動詞の場合、普通この形は使わないよ。
③Ⅰ類 Vナイ-れる(例:待つ→待たれる)
Ⅱ類 Vナイ→られる(例:教える→教えられる)
「できる」「わかる」とか可能形にはこの形はないよ。
一般に③に比べて①②の形のほうがより改まった表現ととらえられているよ。
<名詞>
①その名詞で表される人物を高めるもの
こちら・そちら・あちら・どちら、どなた、方(人)、~さん、~様、~氏、~方(例:先生方)とか
②その名詞の広い意味での所有者を高めるもの
お/ご~
「お」は和語、「ご」は漢語に付くのが原則だけど、例外(※の付いたもの)もあるよ。
「お」が付くもの…※お時間、※お電話、お名前、お宅、お仕事、お部屋、※お食事、※お留守、お手紙、とか
「ご」が付くもの…ご住所、ご両親、ご兄弟、ご家族、ご研究、とか
<形容詞>
(3)田中さんは今お忙しいそうです。
人の状態を表す形容詞には「お」「ご」を付けて尊敬語にできるものがあるよ(※は和語・漢語の別についての例外だよ)。
「お」が付くもの…お忙しい、※お元気、お暇、お寂しい、お早い、とか
「ご」が付くもの…ご多忙、ご心配、ご不満、ご満足、とか
3.謙譲語・丁重語
<謙譲語>
(1)私はゆうべ社長を車でお送りしました。
(2)先生の研究室をぜひ拝見したいです。
<丁重語>
(3)私はただ今自宅におります。
◆謙譲語は、動作の主体を低めることによって、相対的に(広い意味での)動作の受け手に対する敬意を表現するものだよ。
(1)では「車で送る」という動作の受け手である「社長」、(2)では「見る」という動作を受ける「研究室」の持ち主である「先生」に対する話し手の敬意がそれぞれ表現されているよ。
<動詞>
①特別な形
②お-Ⅴマス-する(例:待つ→お待ちする 教える→お教えする)
ご-Ⅴマス-する(漢語動詞)(例:案内する→ご案内する)
<名詞>
動作にかかわる名詞には、「お」「ご」を伴って謙譲語になるものがあるよ(お電話、お話、ご相談、ご連絡、ご案内とか)。
(4)先生、ちょっとご相談があるんですが。
◆謙譲語は動作の受け手に対する敬意を表すのもだから、受け手が存在しない動作に謙譲語を用いることはないよ。
(5)a.×昨日図書館に伺った。
b.○昨日先生の研究室に伺った。(→「先生」に対する敬意)
(6)a.×昨日テレビを拝見しました。
b.○昨日田中さんが出演されたテレビ番組を拝見しました。
(→「田中さん」に対する敬意)
◆丁重語っていうのは(3)とか次の(7)みたいなものだよ。
(7)先日仕事で東京に参りました。
これらみたいな例は三分類では謙譲語に含められているよ。でも、「自宅にいる」「東京に行く」っていう動作には受け手が存在しないで、敬意の対象になっているのは聞き手だよ。つまり、これらは正確には謙譲語ではなくて、対者敬語の一種であることがわかるね。丁重語とは、この「おる・参る」みたいな、動作の主体を低めることによって聞き手に対する敬意を表す表現だよ。謙譲語専用の動詞、謙譲語と丁重語の両方に使える動詞、丁重語専用の動詞があって、それぞれ使い方が異なるから注意が必要だよ。例として、「参る」と「伺う」、「申す」と「申し上げる」の違いを確認してみよう。
(8)a.先日仕事で東京に{○参りました/×伺いました}。(丁重語)
b.先日先生のお宅に{参りました/伺いました}。(謙譲語)
(9)a.私は山本太郎と{○申します/×申し上げます}(丁重語)
b.皆様にお礼を{申します/申し上げます}。(謙譲語)
動作の受け手が存在しない(8)(9)の場合、謙譲語専用の「伺う・申し上げる」は使うことができないよ。
◆尊敬語・謙譲語は素材敬語だから、話題の人物と聞き手が異なる場合、その使用は基本的には聞き手がだれであるかと無関係だよ。でも、実情としては、聞き手が敬語を使う必要のない人物である場合には尊敬語・謙譲語は省かれる傾向があるよ。例えば、聞き手が親しい友達とかの場合、(10)aみたいに言うこともあるけど、(10)bみたいに言うことも多いよ。
(10)a.昨日先生の研究室に伺ったよ。
b.昨日先生の研究室に行ったよ。
4.丁寧語・美化語
<丁寧語>
(1)お手洗いは階段の横です。
<美化語>
(2)お菓子でも買いに行こうかな。
◆丁寧語は丁寧な言葉を使うことによって聞き手への敬意を表す表現だよ。代表的なものは文末の「です・ます」とか丁寧な形だよ。
(3)a.先生がいらっしゃったから、お茶をお出ししたよ。
b.先生がいらっしゃったから、お茶をお出ししましたよ。
(3)aでは話題の人物「先生」に対する敬意のみが表現されているのに対して、(3)bでは文末に丁寧な形を用いることによって同時に聞き手への敬意も表現されているよ。つまり、丁寧語は対者敬語ということになるよ。
◆文体っていう観点から言うと、このような文末に「です・ます」がついた文体は「デス・マス体」って呼ばれるよ。
◆美化語っていうのは次みたいなものだよ。
(4)(客に)お茶をお入れしましたので、どうぞ。
(5)(独り言で)お茶でも入れようかなあ。
「お茶」みたいな名詞に「お」がついた形は、三分類では丁寧語に含まれるけど、文末の「です・ます」とは性質が異なるものだよ。なぜなら、このような「お」は、(5)みたいに独り言でも使えることからわかるように、聞き手に対する敬意を表すために使われるものではないからだよ。こんな、いわば上品で美しい言葉遣いにするために使われる表現を美化語と呼ぶよ。従って、美化語は厳密には素材敬語でも対者敬語でもないけど、日本語教育では敬語に準じるものとして扱われているよ。
・美化語の例
お茶、お菓子、お天気、おすし、お店、ごはん、お食事、お手洗い
原則として、和語には「お」が、漢語には「ご」が付くけど、「お天気、お食事」とかの例外もあるよ。そして、単語によって、「お/ご」を付けるのが普通のもの(お茶、ご祝儀)、男女差とか個人差があるもの(お米、お花)、普通は付けないもの(おジュース、お机)、絶対付けないもの(教科書、パソコン)とか、いくつかの段階が見られるよ。
なお、前述のように、名詞に付く「お/ご」には尊敬語・謙譲語として使われているものもあるよ。「お電話(通話という意味で)、おかばん、お傘」とか、尊敬語とか謙譲語としては使えても美化語としては使わない言葉もあるから、注意が必要だよ。
(6)a. わざわざお電話をありがとうございました。(尊敬語)
b. 後ほどこちらからお電話をかけさせていただきます。(謙譲語)
c.×妹にお電話をかけました。(美化語)
5.どんなときに敬語を使うか
◆これまで敬語の種類と形式について見てきたけど、これらを知識として知っているだけでは敬語は使えないよ。
基本的には、敬語が使われる場合は次のようにまとめられるよ。
①目上の人(先生や上司、年長者など)と話すとき
②知らない人とか親しくない人と話すとき
③改まった場面で話すとき
敬語というと①が強調されがちで、学習者の中には「敬語=上下関係」と思い込む人がいるけど、それは一面的な見方だよ。年齢とか社会的地位に差がない大人どうしの場合、初対面ではむしろ敬語を使うのが普通だよ。その後二人が互いに敬語を使わなくなれば、親しくなった証拠と言えるし、逆に敬語を使い続ければ二人の間に一定の距離が保たれることになるよ。そして、親しい同僚どうしが会議で敬語を使うように、人間関係だけでなくて場面にも敬語の運用は左右されるよ。
◆もう一つ注意しなければならないことは、「ウチ」と「ソト」の概念だよ。日本語では家族以外の人との会話で家族を高める表現を使わないよ。家族をいわば自分に準じるもの(ウチ)として扱って、それ以外(ソト)の人と区別するわけ。さらに自分の属する集団・会社・組織とかにぞくするひとについても同様にウチとして扱うことがあるよ。会社では、社外の人との改まった会話では社長に付いて述べるときも謙譲語を使うのが普通だよ。
(1)客:お父さんはご在宅ですか。
息子:はい、おります。ちょっとお待ちください。
(2)他社の社員:山本社長にお会いしたいのですが。
山本の部下:山本はただいま外出しております。
◆以上みたいに、どんな場面でどんな相手にどの程度の敬語を使うかという運用は、実は学習者だけでなくて、日本語母語話者にとっても簡単ではない問題だよ。