ぶうすかはしっているんです(ちょっとだけやけどね)

走ったり、歩いたり、どこまで行くんやろね。

2024年1月の歩いたり走ったりの結果とOGW24の証拠写真

2024年01月31日 | 歩いたり走ったり
こんにちは 今日は足裏が、特に左足裏にまたまたでかい豆が急成長してまして、痛いのでございますよ。
だから大人しくしています。現役時代はそんなこと言ってられないので張り切って仕事していましたが、引退後の特権で楽ちん楽ちん状態。というわけで、今日はお外で歩くのはいたしませんので早々と1月の結果を載せて置きます。昨日の47キロがありましたので去年の10月以来の225キロ超えでした。まずはパチパチパチと。

さて、昨日の証拠写真と言ってはなんですが、大阪全24区の住所表示板の写真をあげておきます。その前にスタート時とゴール時の写真もついでに載せておきます。





スタート直後にある城東区「放出西郵便局」前にある表示板からはじめます。あとはコメント無しでズラズラーっと並べます。全部で25枚ありますが、最後の1枚は本日二度目の城東区のぶんです。
では、どうぞ



















































以上でございます。途中、道草した南海汐見橋線の途中駅や電車の写真は又の機会のココロだーー。

今日はこれにて、、、。

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ちょっと遅めの速報!「OGW24完歩してきました!」

2024年01月30日 | 歩いたり走ったり
2024年1月30日火曜日
大阪市24区ぐるっとウォーク略してOGW24 本日一周してきました。
こんな感じで歩きました。



朝7時30分過ぎにスタートしてトイレ休憩・信号待ち・写真撮影・コンビニ立ち寄り・公園での食事などを含めて18時20分にゴールいたしました。なななんと!47キロちょうどでした。タイムは10時間48分39秒。途中、南海汐見橋線の途中駅「芦原町駅」「木津川駅」の2箇所道草食いつつ、他はまあ真面目に歩いてきました。きょうはほとほと疲れましたので、これくらいにしておきます。

詳細は又のココロだ。

ではではね、、、、。
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南海汐見橋線に初めて乗りました、たぶん?

2024年01月25日 | 徒然
こんにちは。去る1月19日はJR放出駅から新大阪駅までおおさか東線に乗って行き、OGW24のルート確認をしながら 淀川区~西淀川区~福島区~此花区~西区~港区~浪速区 というふうに歩き、浪速区の桜川にある南海電車汐見橋線の汐見橋駅から終点の南海本線・高野線の岸里玉出駅まで初めて乗車してきました。母親の親戚がこの桜川にあったのでひょっとしたら子供時分に乗ったことがあるかも知れませんが、歩いたのはこんなとこです。


到着地点の拡大です。


汐見橋線の周辺地図です。(グーグルさまお世話になっています)

ちょいと見にくいですね。悪しからず。




時刻表は

1時間に2本です。駅スタンプがありました。

電車が到着したので自動改札を通って入場します。

下車した乗客が去ってしまうと終着駅のちょっと寂しさが漂ってきます。
写真、暗いですがこれから乗る2両電車です。


汐見橋駅から岸里玉出駅までの4.6km程の距離を行ったり来たりしています。
その間の駅は
汐見橋-芦原町-木津川-津守-西天下茶屋-岸里玉出
途中にある駅で味のある駅舎があるのは昨日書いた西天下茶屋でしょうか。
線路の東側 岸里玉出駅行の駅舎です。電話ボックスが物悲しい。

踏切を渡ると

線路の西側 汐見橋駅行の駅舎です。

これら西天下茶屋駅の写真は1月15日に撮ったものです。

乗車していた時間は外も暗くて見えません。あっという間に岸里玉出駅に到着しました。途中、結構通勤通学客が乗り降りして岸里玉出駅に着く頃には座席はほとんど埋まっていました。
着きました。忘れ物の無いようににね!


岸里玉出駅の南海本線のホームに移動し、汐見橋線のホームと先程まで乗っていた電車を写しておきました。


とういことで都会の中の超ローカル線に別れを告げ、新今宮乗り換えJR大和路線久宝寺乗り換えおおさか東線放出駅で下車。ウォーキングとローカル電車の旅を楽しみました。
心残りはというと、南海の新今宮駅構内の「551売店」、客が結構並んでいたので、豚まんを買うのを諦めたことどす。
あーあ、こんどは早い時間に通って買おかいな。
へへへ。








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OGW24の試し歩き-続きの続き

2024年01月24日 | 歩いたり走ったり
こんにちは 2024年1月24日、午前は月一回の通院でした。
今回も血液・尿検査データはセーフ。確定診断からまる3年
病状が安定しているのはありがたいことですが、なにせ新薬
の値段がお高いのでトホホ状態が続いておるのでございます。

さて、JR大阪環状線の弁天町駅からとりあえずのゴール
西成区・住之江区の地下鉄四つ橋線玉出駅までのご紹介です。
2024年1月9日に城東区放出西にある西放出公園から
玉出駅まで28.6km歩いた折の写真が中心として載せていますが
その他、1月15日、1月19日にもルート確認を補うために
歩いています。よって、写真はごちゃまぜになっていますことを
お知らせしておきます。

1月9日の港区・大正区・浪速区・西成区ルートです。


大阪市港区は結婚するまでオイラの本籍地があった所で、
亡くなったオイラの親父は大阪生まれですが、親父の兄達は
徳島市生まれみたいです。生前親父から聞いたところによると
先祖は徳島藩の水軍の親玉(蜂須賀家の家老?)の家来で
あったらしく御維新後、段々と逼迫して心機一転、大阪に
流れてきて鉄工所を始めたらしいのでございます。
あんまり本題に関係のない話でごめんなさい。
関係ないついでに言うと、オイラの母親も徳島にルーツがあって
さしずめオイラのDNAというか、遺伝情報は徳島に近しい人が
いるかも知れませんね。知らんけど、、、。

何年か前に港区の本籍地を訪れたことがありまして、事前に調べてみると
なんと府立港高校の北側にある抱月公園が本籍地でした。
公園が本籍地だったとはねえ。まあ、米軍の空襲にやられる前は
公園などなかったんだろうと思いますが。
高校受験のとき、港高校や市岡高校も進学対象に入っていたので
まあこの辺はちょっとだけ親近感がありますね。

さてさて、コース探訪ですが、弁天町駅から国道43号線を南下。
尻無川橋を渡って大正区に入ります。
橋の階段を降りると工場街で住所表示板もこの通り。




泉尾から三軒屋を通り、木津川に架かる大浪橋を渡ります。

戦前、昭和12年に完成した橋です。アーチのある橋はいい感じですね。
環状線の車内から眺められます。余談ですが、この橋の上流に架かる
大正橋もオイラが高校生の頃までアーチ式のいい感じの橋でしたが、
今ではごく普通の橋にかけ替えられてしまい、残念至極なり。

大浪橋を渡ると浪速区です。この区は大阪市24区の内、面積最小の区
みたいです。この区もオイラの母親の親戚があって小学生の頃よく訪れました。
渡ると、久保吉という町です。


ここから南下、芦原公園を右に見て阪神高速15号線の高架下を歩き
津守ランプの辺りでとうとうラストの区、西成区に突入します。
高架下は住所表示板が見当たりませんが、鶴見橋と思いきや、長橋
という町でありました。


大阪市は小学校の統合・廃校が近年多く、生野区や西成区で顕著です。
淀川区でも行いつつあるみたいです。
で、、、この小学校が西成区のコース上にありました。

大阪市立まつば小学校です。1938年創立の「梅南小学校」が2015年に
「津守小学校」統合し、「梅南津守小学校」になり、さらに2021年
「松之宮小学校」と統合して、「松之宮」の「ま」と「津守」の「つ」
「梅南」の「ば」を組み合わせて校名にしたらしいです。
この小学校をから少し南下するといつも開いている踏切のある駅
そう、南海汐見橋線の「西天下茶屋」駅に到着します。

ちなみにこの南海汐見橋線、かつては高野線でしたが、岸里玉出の駅で
現高野線と切り離されてしまい、かなりローカル色漂う味のある路線に
なっています。電車は1時間に2本走るだけです。
だから、踏切がカンカン鳴っている時に通りがかるのが珍しく、ラッキー
かも知れませんね。「西天下茶屋」の駅から少し歩くと長い長い
アーケードの商店街が始まります。

しかし、ご多分に漏れずシャッター商店街ですね。
アーケードを抜け、ちょちょいと行くと、国道26号線(なにわ筋)に出て、
しばし歩けば、南港通との交差点、地下鉄四つ橋線「玉出駅」に到着します。

この先の信号を渡ると住之江区ですが、ここからはもうご案内済です。

さて、あとは一日でぐるりと46キロほどを歩くのだけが残りました。
いつ実行いたしましょうか?あまり寒い日はトイレが心配だし、
どうしましょうたら、どうしましょう!!

今日はこれぐらいにしといたろか。


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OGW24試し歩き-続き

2024年01月23日 | 歩いたり走ったり
おはようございます 昨日は親族が神戸元町に集まって
新年会ランチ(昼飲み)してきました。
その前に時間があったのでメリケンパークの震災遺構を訪れました。
陥没した波止場を見るたびに29年前神戸を襲ったあの地震を複雑な
思いで感じつつ元旦に能登地方を襲った大地震に思いを馳せると
流石の鈍感力満載の「ぶーすか」もしばし立ち尽くしてしまいました。



さて、OGW24の続きでしたね。地図を再掲しておきます。



鶴見緑地公園の西口から北上しますとやがて広い道路(R163)との交差点

ここを渡ると鶴見区から微妙に旭区に突入します。
地図ではこんな感じです。



しばらく西に歩き、再び「城北川」の遊歩道に入ります。
下流に向かって右の岸、つまり右岸を歩きます。
城北川は人工河川(昔は「城北運河」と呼ばれていました)で、やたらと架かる
橋が多くてそのたび橋の下をくぐるので結構足に負荷がかかります。
おおさか東線の鉄橋をくぐると都島区に入ります。

やがて「友渕橋」で城北川に別れを告げて一般道路に戻ります。

右へ少し行くと城北公園通、信号を渡ると「蕪村公園」。

ここは与謝蕪村の生誕地毛馬村でして、ありがたやトイレあります。
蕪村についての説明板もあります。

公園のすぐ横は大川、ちょっと北上するとおなじみ「毛馬のこうもん」
がありますが、公園から大川に架かる「毛馬橋」を渡り北区に入ります。

ここらは平成元年の大阪市の区再編(合区)で大淀区から北区に編入されました。
長柄東の交差点で右の細道を通り「長柄橋」までショートカット。
阪急千里線のガードをくぐり、少し行き右に曲がると長柄橋南詰に到着。

渡るとき風が強くて帽子が飛ばされますので注意!
北詰で信号を渡りどんつきを左に行きますが、ここいらは柴島浄水場で
一般住宅がなくて住所表示板も見当たりません。
「東淀川区の表示板、やーーーい!」
つらつら「水道記念館」角を曲がり柴島1丁目交差点にありました。
コース上唯一の(たぶん)表示板です。

ここで信号を西に渡りJR東海道線(京都線)のガードをくぐると淀川区に入ります。
すぐにありました。

しばらく西に行き、新御堂筋の高架手前を左に曲がり淀川河川敷に入ります。
堤防の坂を「芸術は爆発おじさん」が行く人をにらんでいます。


単調な河川敷を西に歩きます。途中、

防災のための堤防強靭化工事をしていました。というのは仮の姿、
25年の関西万博がらみの工事のようで、十三大橋のたもとに万博
アクセスの船着き場を造り、そのアプローチのための堤防工事みたいです。

大阪梅田・福島辺りも淀川・寝屋川・旧大和川の複合三角州の上に
展開した街、「上町断層」や未知の断層がずれると大都市直下型地震となり
液状化はもとより、どえらいことになりそうで、新淀川河川敷から対岸を見渡せば
砂上の楼閣とならんや、杞憂であればよいのですが。


信号ストップがないのを良いことにそのまま淀川河川敷を西に歩きます。
JR神戸線の下淀川鉄橋をくぐると、西淀川区に入ります。
が、当然、河川敷には住所表示板はございません。この鉄橋の次に架かる
「淀川大橋」を渡る予定なので表示版のために淀川大橋の手前ギリギリで
一般道路に上がります。
暮に歩いたときはこんな感じで表示板求めて道を往復しました。

今回堤防の坂を下り、すこし東へバックして一般道路をぐるっと回りました。

ところが、一枚目の表示板は役目を終えていましたので
少し歩いたところでパチリ。画像は合体させました。

淀川大橋を渡ります。結構長いですし、後ろから前からチャリンコが次々と
攻め寄せます。ご注意!

暮に撮った写真です。沈む夕日ちょいと物悲しくなります。
「大阪の海は悲しい色やね~」などとキーボーの歌を口ずさみながら渡りました。

渡り終えるとそこは福島区です。

コードの色のコントラストというか塗り分けが面白いですね。
もう一枚

建物に溶け込もうとしている表示板。「捨てないで 取り替えないで」と
健気な様子が見て取れました?

中海老江の交差点を右にとり、大開(OHIRAKI)辺りの工場の壁に案内板が、、、

大きくすると

日本の産業遺産が福島区にもありました。
そのまま道なりに野田6丁目の交差点(上をJR大阪環状線が通っています)を
南に渡り右にしばらく行くと此花区に入ります。

西九条の駅(阪神の方です)です。


駅を過ぎ、阪神電車の高架西側を少し行くと、
いよいよ「安治川隧道」の建物にぶち当たります。

安治川地下トンネルとも言いますね。
この地下トンネルがないと此花区・福島区の人や自転車が
通勤通学のために西区や港区へ行くのにものすごい迂回を
強いられます。エレベーターも完備しているのですごく
助かっているようですが、オイラがコースを完歩するには
エレベーターは使えません。よって、エレベーター横にある
階段を降りていきます。


もちろん、踊り場があり何回か曲がります。
底に降りて対岸へ歩いてゆく途中、係員のおじさんが立っていて
愛想よく挨拶をしてくれます。しかしまあ。こんな川の下を通る
トンネルの真ん中あたりで勤務しているのは大変でしょうね。
慣れないと過呼吸症状が出たり、閉所恐怖症になったりしないのでしょうか。


渡り終えて階段を昇るとそこは西区です。
少し南下すると「源兵衛渡」の交差点、渡って右に曲がると

どでかい町名表示板。少し行くと住所表示板がありました。

西区はほんの少しの滞在。「境川」で港区に突入します。
港区波除4丁目

JR弁天町駅までに波除公園があり、トイレ、助かります。


弁天町駅から先、西成区玉出まで歩いたのですが、今日はここまでにします。
画像処理やら何やかやで大変疲れましたとさ。
すぐに続きを書きますね。
ほいじゃー、、、













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大阪市24区ぐるっとウォーキングコース試し歩き-スタートから

2024年01月14日 | 歩いたり走ったり
こんにちは、寒くて冷たい日が続きますね。
風邪など引かないように気をつけたいものです。
さて、「大阪市24区ぐるっとウォーキング」
略して「OGW24」、試し歩きながら詳細を書いてゆきます。
早速、スタート(ゴール)会場の「西放出公園」から
紹介いたしましょう。グーグルマップではこんなとこです。



最寄りの駅はJR学研都市線「放出駅」
地下鉄鶴見緑地線「今福鶴見駅」
近くに「マクド」、数軒コンビニがあります
公園内にトイレ、自販機があります




さて今回はスタートしてからほんの少しの道筋紹介となります。
スタートから鶴見緑地西口まで



スタートしてすぐ、というか、公園の門柱にありました







このあたりで尿意を催し、急いだため鶴見区最初の住所表示板はパス!!



公園のトイレでホッとして再出発、すぐありました


ここから少し北上して旭区に入りますが、きょうはこれまで。
こんな調子では一体どれくらいかかるのやらねぇ?
腹が減ったので終わり、、、、。
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大阪市24区ぐるっとウォーキングコース試し歩き-②

2024年01月09日 | 歩いたり走ったり
こんばんは

今日(2024.01.09)は昨日よりちょいと暖かそうなので

大阪市24区を前回に引き続き歩き、繋げてきました。

城東区放出西にある「西放出公園」をスタート



城東区→鶴見区→旭区→都島区→北区→東淀川区→淀川区→西淀川区→
福島区→此花区→西区→港区→大正区→浪速区→西成区
以上15区を歩きました。

本日は28.678kmも歩いて疲れましたので詳細は後ほどUPします。
印象に残ったのは夕暮れ時の西成区のアーケード商店街
これはなかなかの光景でしたね。
ちょっとコワくて写真を撮りませんでしたけど、、、
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1月3日に歩いた分が17.417kmだったので合計したら

46キロほどになりました。

5キロ:1時間かかるとすれば、早くて9時間台

信号待ち・軽食摂取・トイレ休憩・写真撮影などを含めると

10時間から11時間というところですか。

ちなみに今回は5時間56分50秒/28.678km
    前回は3時間48分24秒/17.417km
両日とも信号待ち・トイレ休憩・写真撮影・歩きながら食べたを含めての時間
座っての休憩はしなかったです。エライ!

ということで、疲れたので今日はこれまで

バイバイ、、、
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大阪市24区ぐるっとウォーキングコース試し歩き

2024年01月04日 | 歩いたり走ったり
年明け早々大変な災害・事故・事件が続きますね。

とりわけ、災禍に巻き込まれた方々 不幸にして亡くなられた方々

怪我をした方々 生死不明・行方不明の方々

寒空に住む家を無くされ避難所にて不自由な生活を送られている方々

オイラのような老人が直接手を差し伸べる事はできませんが

言うも恥ずかしい微々たる金額ながら支援させていただきたいと思います。

そして、何よりあなた方のことを忘れないで日々過ごしていきます。



さて1月3日初歩きとして「大阪市24区ぐるっとウォーキングコース」(仮)
の一部分 17.4kmほどを試し歩きしてきました。

新今宮から南海線「岸里玉出」まで行き、地下鉄「玉出」まで歩き
国道26号線と南港通の交差点の住之江区側から出発しました。

前回ルールとして何やかやと書きましたが、今回できればしたいルール
として、新しく入った区で最初に見つけた「地名表示板」を撮すというのを
付け加えたいと思い、実行しました。

でーーー。短い滞在ながら「住之江区」から順次載せます。





すぐ「住吉区」に入ります。同じ粉浜なのに区が違うんですね。
昭和49年でしたか、旧住吉区が現住吉区と住之江区に分区したときに
区(食)い違いになったんです。オイラの住んでる鶴見区にも
放出東があり、城東区には放出西がありますしね。
住吉区の帝塚山地区は大きなお屋敷が立ち並んでいて、その一角に
古墳もあります。





帝塚山学院を横目に見ながら「万代池」に到着。トイレあります。



「万代池」からあべの筋に出て北上、再び南港通を越えると「阿倍野区」



落ち着いた感じの播磨町を抜け阪南町・昭和町・長池町を通り
JR南田辺駅を過ぎると「東住吉区」に突入します。



東住吉区内で駒川・今川・鳴戸川と三つの小河川を渡り
この辺りでは比較的大きな「白鷺公園」でトイレ休憩。
すぐ「平野区」に入ります。



平野区西脇を東へ行くと「大阪内環状線(479号線)」に出ます。
左折して少し行くと平野馬場、そのまま北上しJR大和路線を地下道で抜けます。
なおも行くと「平野川大橋」、渡ると「生野区」に入ります。



生野区は南から入ると最初は町工場が立ち並び、普段ならそれなりに活気が
ありますが、なにせ正月の三日、静かなもんです。途中、「ロート製薬」の
南にある巽公園でまたまたトイレ休憩。体感温度は高いんですが、汗のせいか
冷えてトイレが恋しくなります。
平野川に架かる万才橋渡る辺りからディープな世界にだんだんと入っていきます。



お正月のご馳走の匂いが漂っています。もちろん焼肉かホルモン焼きの匂いです。
昼ごはんを食べていないのでグウグウ。頑張って通り過ぎましょう。
鶴橋駅の手前で「天王寺区」に入ります。





写真は天王寺区側にある鶴橋焼肉街です。
下味原交差点から玉造筋を北上、舟橋町、真田山から玉造の交差点を過ぎると
天王寺区から「中央区」に入ります。



昔風に言うたら三田工業(現京セラドキュメントソリューションズ)やら
森下仁丹の横を通り、ロイヤルホームセンターの角を右に曲がり
JR大阪環状線の下をくぐると「東成区」でございます。



そのまま東方向に進み、疎開道路を横切って再び平野川を渡り「中本」の斜め道路を
緑橋まで行きます。ここで中央大通りを越えると城東区に入ると思いきや
東中本一丁目・東今里一丁目はまだ東成区なのです。東今里一丁目の交差点から
いよいよ「城東区」に入ります。この交差点、スーパーたこ一(たこいち)
の大きな看板が目印で面白いです。あえて写真は載せません。
でーーー、住所表示板ですが、すぐには見つからず、ふと振り向くとありました。



東中浜を北上、第二寝屋川を渡り、平野川分水路(旧城東運河)に沿ってそのまま北上
新喜島橋を渡り道を東にとって、ゴールの「西放出公園」にとーちゃこ!
ちゃんとトイレがあります。




やれやれの17.417km、3時間49分、13’06”/kmのトリップでした。
今回はトイレ休憩・信号待ち・写真撮影などで時計を止めず歩きました。
さて、、、大阪24区のうち何区歩いたのでしょうね。

住之江区 住吉区 阿倍野区 東住吉区 平野区 生野区 天王寺区
中央区 東成区 城東区 10個の区でした。

あまり疲れませんでしたが、紙の地図とスマホを相棒に町並みを味わいながら
表示板を探しながらキョロキョロとかなり怪しいジジイでございました。
表示板ですが、物によっては半分しかなかったり、字がほとんど消えていたり
困ったちゃん状態のものも多く、道路表示の消えなんかも含めて
国民的大人気?の万博につぎ込む金の何万分の1かでも回してくれたらねえ
と思ったりしたのでございますよ。
大阪市民は行政のやることに文句を言わない優しい市民なので我慢我慢?

愚痴は言うまい、市民が選んだんだから、、、、。

ではねーー。









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