風わたる丘

「夢語り小説工房」サブサイト


小説を探すには、私のサイト「夢語り小説工房」から検索すると便利です

第240回夢語り小説工房作品「大江山忌憚」

2019-09-26 08:52:03 | 小説

第240回夢語り小説工房作品

  「大江山忌憚」 作 大山哲生

 寛仁二年、藤原道長は絶大な権力を持っていた。その権勢は時には天皇を越えていたほどである。

 それが証拠に、道長が法成寺を建立すると言った時、地方の国司や豪族たちは、天皇家に対してのそれより藤原氏に対して、物資や金を競って寄進したのである。

 天皇の外祖父の地位に就いたのちは、あえて関白にはつかず、太政官の筆頭である左大臣につき、思い存分権勢をふるったのである。

 道長は「御堂関白」と呼ばれたが、頼通にあとを譲るまで関白についたことはなかった。

 ある日、道長が双六に興じていると、ある殿上人が妙なことを言い出した。

「このごろ、大江山に盗賊団が出るらしい。なんでも、金目のものはもちろん若い女をかどわかすそうな」

「その盗賊団とは何人くらいじゃ」と道長は尋ねた。

「すごい数じゃと言う者もいれば数人と言う者もいる。ただ、あの大江山は、桓武天皇の頃から鬼のうわさが絶えないところじゃからなあ」と殿上人は答えた。

 道長は、聞き流していた。

 しかし、しばらくすると内裏(だいり)内の女房たちに間で、大江山のことが口に上るようになった。

「聞かれましたか。大江山に盗賊が出るそうな」

「まあ物騒なこと」

「大江山というのは昔から恐ろしいところですのよ」

「なにかあったの」

「ずっとずっと昔のことだけど、大江山には鬼が出たという話が残っているわよ」

「へー、それは恐ろしい。今出ている盗賊も鬼かしら」

「そうに決まっているわ。なんでも近くの村の若い娘をかどわかすそうよ」

「でもまさか、内裏の中まではこないでしょうね」

 この話は、口さがない女房の間を駆け巡りいつしか尾ひれがつくようになった。

 しばらくすると、天皇の正室や側室の世話をする女房たちがふさぎ込んで出仕しなくなるという騒ぎが起こった。

 道長は殿上人に、

「女房どもが出てこないそうだがなにかあったのか」と尋ねた。

「そのことなんですが、女房どもの間では、大江山に鬼がでるという話が広がっております」と殿上人は言った。

「わしも、大江山に盗賊が出るという話は聞いている。ただ、まだ鬼と決まったわけではない」と道長は言った。

「ところが女房どもの間では、身の丈七尺もある鬼がでて若い娘をとって食うという話になっております。その鬼がまもなくこの内裏にもやってくると言うのです」と殿上人は言った。

「そんな話は聞いてないぞ」と道長は不快感を露わにした。

「私も聞いておりませんが、女房どもの間ではそうなっているのです」と殿上人は言った。

 この話はたちまち内裏内は言うに及ばず京の町にも広がった。男も女も皆、恐怖に顔を引きつらせていた。

 帝は道長と相対している。

「お上、大江山に鬼がでるという噂が内裏内はおろか都中に広がり、多くの者が動揺しております。ここは、腕っぷしの強い者を何人かお上からご指名をいただき、大江山の鬼退治をご命令されてはいかがかと存じます」と道長は言った。

「そうである。まろもそう考えていたところである。誰か、鬼退治の適任はおるのか」

と帝はおっしゃった。

道長は、

「まずあがるのは源頼光。この者は我が摂関家によく仕えております。豪胆にして緻密、向かうところ敵なしでございます。次に上がるのは、源頼光と双璧を成す藤原保昌。この者は、豪胆でふてぶてしいほどでございます。ある夜、保昌が歩いていますと盗賊たちが後をつけて斬ろうとしますが、隙がなくとうとう斬れなかったという話さえ残っております。あとは、源頼光の家来の坂田金時。こやつは力が強く、あばれ牛の角を持ってねじり倒したという話があるほどです」と言った。

 帝は、源頼光、藤原保昌ら六人に大江山の盗賊退治を命じられた。

 帝をはじめ摂関家や殿上人、女房に至るまで、源頼光らに最後の望みを託したと言っても過言でしなかった。

六月、頼光ら六人は京を出立し、北へ北へと進んでいく。険しい山々を過ぎ、綾部に着いた頃に日が暮れたので、木のまばらなところで六人は薪を集め火を燃やした。火がパチパチは音を立てている。

「頼光殿」といったのは藤原保昌である。

「宮中の我々に対する期待は、半端なものではなかった。それを考えると、失敗は許されぬな」

「そうよ、保昌殿。女房の中には恐怖のあまり熱にうなされてあらぬことを口走る者もいたというではないか。帝も道長様も、我々が鬼を退治することを期待されている。帝自ら、我々を昇殿させてお命じになったのも異例中の異例じゃ」と頼光は言った。

「そして、褒美は思いのままである、ともおっしゃられた」と保昌は言った。

「並みの覚悟ではできぬ仕事じゃな。保昌殿が言われたように失敗は許されぬことじゃ」と頼光は言った。

「しかし」と頼光は大きく息を吸い込んで、

「この六人に勝てる者がいるとは思えんがな。盗賊でも鬼でも、この六人で蹴散らしてくれるわ」と言った。

「よう言うた頼光殿。我々に勝てるものなどおらんよ」と言うと保昌は高らかに笑ったのだった。

六人の男たちが大江山に入ったのは、次の日の昼過ぎであった。木々が生い茂る大江山を上るのは困難を極めた。

「さすがに鬼が出ると噂されるだけのことはあるな」と頼光は言った。

「おれは、叡山に上ったことがあるが、けもの道というようなものがあった。ところが、この大江山はどうじゃ、道はおろかけもの道さえないではないか」と保昌は言った。

「この大江山に、本当に鬼がいて手下がいるなら踏みつけられた道があるはずである。保昌殿、なにやらおかしいとは思わぬか」と頼光は言った。

 道なき道を上って行ったが、さすがに屈強な六人と言えども、休む時間の方が多くなった。

 先頭を歩いていた頼光が、突然右手を出して後ろの者を制止した。みな、ただならぬ気配を感じた。

 六人は動きをとめて聞き耳をたてた。前方のほうから、男の声がする。声からすると二、三人のようだ。男の声の間に女の声も聞こえる。

 六人は息を殺してゆっくりと上っていく。森がとぎれたところに二人の男と二人の女がすわっていた。

「おまえたち、何をしている」と頼光は声をかけた。

 一人の男がはじかれたように刀を引き寄せながら、

「お、おれらは」と口ごもった。

 そのとき、女の一人がつっと立つと、頼光の元に駆け寄った。

「この男たちは、盗賊でございます。私たちは、近くの村からかどわかされてきました。どうぞ、お助けを」と女が言った。

もう一人の女も頼光の元に駆け寄り「どうぞ、お助けを」と言った。

「おのれ」というと男たちは立ち上がり、刀をぶんぶんと振り回す。男たちはだいぶ酒に酔っていると見えて、ふらふらとしたあしどりで振り回す刀の焦点が定まらない。

「やめんか」と保昌は一喝したが、男たちは一向に刀を振り回すのをやめない。

保昌は、自分の刀を抜くと、

「えーいっ」という声とともに刀を振り下ろした。続いて頼光も刀を振り下ろす。

 二人の男は「うわーっ」という声を出し、どうと倒れた。

 頼光は倒れた男らに駆け寄ると、

「お前たちの親分はどこにいる」と尋ねる。

 男の一人は虫の息で、

「盗賊は、わしら二人だけや。この大江山にはほかに盗賊はおらん」と言った。

「いや、ここには鬼がいると聞いてきたが」と保昌は言った。

「そんなもんはおらん。この山にはけもの道さえなかったやろ。だから、わしらが隠れるにはちょうどええのや。ここには鬼もおらんし親分もおらん。盗賊はわしらだけや」と言うと、そのまま息絶えた。

「おい娘、本当に盗賊はこの二人だけか」と頼光は言った。

「はい、そうです。村を襲ったのはこの二人です。この二人は知恵が回る上に乱暴なのです」と一人の娘は言った。

 六人はお互いに顔を見合わせた。

「これで…落着…か」と頼光は吐き捨てるように言った。

 その後、六人は二人の娘を村に送り届けて帰路についた。

 六人は、京北あたりで一休みすることにした。

 六人は火を囲みながら無言だった。

「ただじゃすまぬな」と保昌。

「ただじゃすまぬ」と頼光。

「本当にただじゃすまぬ」と保昌。

「そうじゃ、本当にただじゃすまぬ」と頼光。

「我ら、帝から直々に命を受け、鬼退治に来たのである。ところが我ら六人がかりで退治したのは酒に酔った二人の男だけとは、都中のいい笑いものじゃ」と保昌は言った。

「なんのために、腕自慢が六人も行ったのかと笑われる」と頼光は言った。

 六人は黙り込んだ。

 重苦しい沈黙が続いた。

「それに」と頼光は続けた。

「盗賊が男二人であったと説明しても、女房どもは納得しない。おれたちが、鬼を取り逃がしたと思うに違いない。そうすれば、俺たちの面目は丸つぶれ、そして内裏内や都中のの鬼への恐怖はもっともっと強くなる。どうすればいいのか」

「これを切り抜ける方法がひとつある」と保昌が言った。

 しばしの沈黙の後、

「そう、それしかない」と頼光は言った。

 頼光はほかの五人を見回すと、

「これから言うことは、我ら六人があの世まで持っていく話じゃ。よいか」と言った。

 あとの五人は全員、首を縦に振った。

「我らは、大江山の鬼を成敗したことにする。鬼は身の丈七尺。手下は百人あまり。我らはこの手下どもを斬って斬って斬りまくり、大江山の頂上まで迫ったところで親分である鬼が出てきた。鬼の名を酒呑童子(しゅてんどうじ)という。酒呑童子を退治するのは困難を極めたが、六人が心の中で神仏に祈ったので、なんとか酒呑童子を倒すことができた。ところが、鬼というものは五つの分体を隠し持っているものである。鬼が死んでも五つの分体のうちのどれかが再び生を得て鬼となるのである。これが、鬼が何百年も続いてきた理由である。我らは、酒呑童子の五つの分体を大江山の隅から隅まで探し、すべて倒したのである。これで今後、大江山に鬼が出ることはなくなったのである」と頼光は言った。

「今の話を帝の前で報告することになる。意義はござらんか」と保昌は言った。

「二人の盗賊の話は、口が裂けても言わぬこと。あとは、酒呑童子の五つの分体を探すのが大変であったことにする」と頼光は言った。

「酒呑童子の武器は太い鉄の棒。怪しげな術は使わない。このあたりで話を合わせてもらいたい」と保昌は言った。

「最後に言っておくが、これは帝や多くの人々を欺くものではない。人々に心の平安をもたらすのである。そしてひいては民心の安定を図るのである。」と頼光は言った。

 六人は内裏に戻った。

「おお、頼光殿、戻られたか。帝が首を長くしてお待ちじゃ」と道長は言った。

 六人は帝の前にすわると、大江山で酒呑童子と言う鬼を退治したことを報告した。

それを聞いていた道長は、

「大江山には何百年も前から鬼が出ると言われてきたがまた出るのではないか」と言った。

頼光は、

「そういうこともあろうかと思い、我らは酒呑童子の五つの分体を血眼になって探し出してすべて倒しました。したがって、もう二度と鬼が復活することはありません」と自信たっぷりに答えた。

 帝は大いに喜ばれた。この話を聞き、女房達も元気を取り戻し内裏はいつも通りに戻った。六人は、たくさんの褒美を受け取った。

 この話は京の町にも広まり、人々は源頼光と藤原保昌の活躍を褒めたたえた。

 筆を持つ人々は、様々な書物に大江山の鬼退治を書き留め、後世に語り伝えたということである。

 まずは、大江山鬼退治の話はここで打ち止め。

 

 

 

 

コメント (1)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 第239回夢語り小説工房作品「... | トップ | 第241回夢語り小説工房作品「... »
最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
今日も楽しく読ませて頂きました。(^^♪ (お友達)
2019-09-28 06:27:16
今日も楽しく読ませて頂きました。

大江山霊媒衆と云う名前だけは、聞いた事があります。

日本各地に残る鬼が岩屋伝説の如くに?術は各地に分散したのかも知れませんね?

ローレライやハーメルンの笛吹き伝説のような不思議な昔話が日本各地に在るようです。

長く続いた戦国時代?様々な術を持った方々が流れ来た東洋の島国、日出ずる国なのでしょう?

【〽名も知らぬ遠き島より流れ来る椰子の実一つ
     故郷の岸を離れて なれはそも波に幾月〽】

めでたしめでたし鬼退治?下記↓一件落着ですね?

>>「もう二度と鬼が復活することはありません」(^^♪

コメントを投稿

小説」カテゴリの最新記事