ミャンマーに美容学校作るのが夢ブログ

日本を飛び出し上海で5年生活した散髪屋さん、経営も軌道に乗ってたのに突然『次はミャンマー!』と言い出した緩めのブログ

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上海の思い出『オーバーステイ』と言われ焦る

2019年03月12日 | BAR・BERオ~ナ~の雑記

さて


私は今、空港にいます

深夜2時に起きて部屋の最後のチェックをして

ガスの元栓閉めてゴミも出して

『来た時よりも美しく』

これは永くお世話になったお部屋と家主さんへの感謝と

『やっぱ日本人に部屋を貸してよかった!』と言ってもらえるように

一週間かけてピカピカにしたお部屋

美容機材が無くなると『こんなに部屋って広かった?』と

ガラ〜〜ンと何も無くなった部屋にお辞儀して

『今まで本当にありがとうございました!』





古北を深夜3時に出発すれば

高速も空いてるし、あっちゅう間に浦東空港

6時10分発関空行き

『タクシーから見る上海の景色もこれで最後か。。。』

と思い浸りながら窓の外を見ても霧と闇の世界





早朝の空港は人も少なくチェックインも直ぐに出来る

いつもよりも少し早く到着したがチェックインは始まってた

自分の番


空港『どこ?』※中国語

私 『大阪』

空港(ペラペラとパスポート見てる)

私 『。。。』

空港『あなたオーバーステイしてるよ?』※中国語

私 『。。。は????』





空港『ほら、最後の入国日が今年の1月4日だ』※中国語

私 『そうだよ?だから???』

空港『オーバーステイじゃん』※中国語

私 『は???VISA見てみろよっ(怒)!!』

空港『Can you speak English?』

私 『。。I am very poor』

空港『You're overstaying』

私 『Please Check the visa!!』

空港(パスポートをペラペラ)

私 (。。。無駄にドキドキ。。。)

空港『あ、ごめんVISAありました』※日本語

私 『。。。日本語話せるんか〜〜い』





朝っぱらから無駄な冷や汗を掻き

ようやくチェックイン

ボディチェックもパスして

目にした電光掲示板


上海→大阪 Delay 6:10→10:25 






もう少し空港で上海の思い出を噛み締めます



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また次回、世界のどこかでお会いしましょう!

2019年03月04日 | BAR・BERオ~ナ~の雑記



2014年より上海の散髪屋としてお引き立て頂きました

BAR・BERでございますが

この度、2019年3月3日(日)を持ちまして

上海での営業を無事に終了する事ができました


皆様の温かいご支援の中、永く上海で営業させて頂けました事を

厚く御礼申し上げます







さて、

3月3日は『ひな祭り』

ですが実は親父の誕生日でもあり

親孝行をろくにせずにピョンと上海に来たバカ息子が

せめてこの日に。。。とひねり出した私の『結婚記念日』なのです

そして2019年3月3日がまた一つ記念日となりました

BAR・BERの上海ラスト営業日でした





実は上海を離れようと決めたのは去年の事で

全てのお客様への告知と準備に1年も掛かってしまった。。。

『最後の日ってどんな気分なのかなぁ』とずっと思いながら

カレンダーの2019年3月3日とにらめっこしていましたが

結果『達成感』でいっぱいでした

しかし、終わりは次のスタートも意味しています

私の次の目標は『ミャンマーに美容学校作る!』って内容です





『何でミャンマー?』『ミャンマー?マンミャー?』と

色々聞かれましたが、それは追い追い説明するとして

夢や目標は人に語れた方が良いと思います

語る内容が具体的なほど成功の可能性は高まり

聞いてくれた方々がワクワクドキドキする内容は

必ず楽しく充実した現実となります





上海での5年の生活は色々大変な事も多かった気がします

確かに大きな問題に直面した瞬間は辛く悲しく逃げ出したい気持ちで一杯ですが

今思えば良い思い出と経験で

まさに『死ぬ事以外かすり傷』なんだと思うし

諦めなければ乗り越えられない壁はないと思います

しかし、その度に誰かが助けてくれて

一人では生きていけない人の大切さも学びました





永きにわたってご愛顧頂きましたお客様への感謝は

当たり前の事なのですが

私が挫けそうになった時いつも側で支えてくれた妻への感謝は

これから少しづつでも恩返ししていこうと思います

メンタル的に弱っていた時、食欲もなく今より体重が10KGも軽かった時

何も言わず『とりあえず食べる事!』と

差し入れしてくれた金平牛蒡と卵焼きとおにぎりを

涙流しながら食べたあの時『この人と結婚しよ』と決めたあの日

『僕と付き合ってください』と言った5分後に

『僕と結婚してください』と言った時の

『。。。は?』と返されたあの瞬間から

お陰様で無事に1年が過ぎ

お陰様で無事に上海生活を終える事が出来ました

本当にいつもありがとう





上海で始めたこのブログですが

『ブログ見たよ』と来店される方も多く

楽しみにされてる方がいらっしゃることは

続ける励みとなりました

本当にありがとうございました

次回からはタイトルを変えて

引き続き更新していこうと思います

ひとまずは上海での最後の更新とさせていただきます

また次回、世界のどこかでお会いしましょう!























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両親の上海旅行珍道中③END

2019年03月02日 | BAR・BERオ~ナ~の雑記

さて


近くのホテルも手配したし

妻がアテンドプランを立ててくれましたが

妻『夕食どこにする??』

って話になって考えてみた





田舎者の両親は中華料理と無縁の生活

しかも、私自身が然程中華が好きじゃない

って事はその親も中華は好きじゃないハズ。。。

しかし『どうせ上海来たんだから中華でしょ!』と探してみた





1日目の夕食『巴国布衣』

虹橋路1665号星空広場B区301 (×水城路)※最寄駅10号線水城路





変面が間近で見られる四川料理の店

アテンドにはもってこいで当日もスーツ着た日本人の方々で満席だった

変面ショーは19:30スタート

爆音とともに突然始まる

コスパ ☆☆☆☆
味   ☆☆☆☆
感動  ☆☆☆☆☆





2日目の夕食『小肥羊』

虹橋路1665号星空広場





妻は両親にどうしても火鍋を食べさせてあげたいと言うので

同じく星空広場にあった火鍋屋へ行ってみた

私は実は火鍋が苦手で。。。ってのも

過去に行ったローカル火鍋屋で腹を壊し

二度と行くかっ!と避けて通ってきたのだ

しかしここの火鍋、とっても美味しかった♡





最初は両親を上海に呼ぶ気もなかったが

結果、とても満足してくれて

それなりの親孝行に繋がったのかなぁ〜と思う

そして、両親を1年も掛けて説得し

旅行のプランなどを計画しアテンドしてくれた妻に感謝



<<追記>>

旅行中盤(七宝にて)

気づけば顔面蒼白の父

父『。。。お腹痛い。。。』

母『だからさっきトイレに行っといてねって言ったじゃない!』

妻『大丈夫ですか?公衆トイレ探しましょう!』

父『。。。ダメだ〜漏れる〜。。。』

私『。。。』



2日目、父は腹痛に襲われたのでした。。チャンチャン











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両親の上海旅行珍道中②

2019年03月01日 | BAR・BERオ~ナ~の雑記

さて


①の続き

両親は無事にパスポートを手にし

旅行の日が近づいてまいりました

滞在は2泊3日の予定です

妻が計画した旅行プラン的には

①外灘を観る ②外灘の船に乗る

③七宝(水郷の町)に行く ④豫園に行く

と比較的メジャーな内容です





〜外灘〜

1842年の南京条約により開港を余儀なくされた上海は

欧米列強が進出した際、外国人が自由に貿易ができる区域を作りました

当時建設された西洋式高層建築が建ち並んでいます

租界時代の行政と経済の中心であったことから現在も官庁と銀行が多い

夜は歴史ある建造物がライトアップされて幻想的な雰囲気となります





〜七宝〜

上海周辺の水郷と言えば周荘や朱家角が有名ですが

移動に時間が掛かるため、半日以上時間が無いと行けません

七宝は市内から気軽に地下鉄で行ける水郷の町です

宋代に形成された歴史ある街並が残り、現地の暮らしぶりも垣間見れるスポットです





〜豫園〜

「豫」は愉を示し「楽しい園」という意味

もとは四川布政使(四川省長にあたる)の役人であった潘允端が

刑部尚書だった父の潘恩のために贈った庭園

1559年(嘉靖38年)から1577年(万暦5年)の18年の歳月を費やし造営されたらしい


と。。。ここで


ブログ用に豫園の歴史やらネタを調べていて気付いたのですが

どうやら本当の『豫園』を観るには入場料が必要らしく

入場料
観光シーズンは40元,オフシーズンは30元
高齢者(60才以上)と学生は半額、子供(身長130cm以下)は無料

40元(4月~6月,9月~11月)
30元(7月~8月,12月~3月)

営業時間
8:45~16:15(閉園16:45)





私が豫園だと思っていたのは

周りの商業施設だったらしく。。。





こんな庭園や

歴史的に価値のある建造物の事は

今まで知らなかった。。。





両親に『どうだ!これが豫園だぜっ』

と偉そうに説明しながら歩いていたのが恥ずかしい。。。

やっぱちゃんと事前に下調べしてから行くべきでしたね〜


上海に長く住むとメジャーな観光地には行かなくなり

物珍しさも消えてしまっていましたが

両親は初めて見る上海の景色に感動したらしく

『スゲ〜!』『スゲ〜!』と連呼していました


さて次は『上海で両親に何を食わせるか?』を考えます


。。。 To be continued





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両親の上海旅行珍道中①

2019年02月28日 | BAR・BERオ~ナ~の雑記

さて


年末に日本に帰った時の事

うちの実家で妻が

妻『お母さん一緒に上海に旅行に行きませんか??』

そんな会話を私は横で素知らぬ顔して聞いていた

結婚してから毎度、妻を実家に連れて帰る度に

両親を説得し続けているのだった





そもそも超田舎者の両親はテレビに映る上海(中国)に対してのイメージは悪く

5年前、私が『中国で仕事する』と言いだした時も

親父は『広島か?岡山か?』と中国勘違いをしていたし

母は以前、天津の爆発事故で息子は死んだと恐怖したらしい

中国は国名で天津は上海から遠く離れている。。。





パスポートすら持たぬ両親が

イメージの悪い中国に旅行に来るなんて考えた事も無かったし

『どうせ誘ってもこないよ〜っん』と妻の説得に耳を貸そうともしなかった

。。。ところがどっこい

ある日の妻からのメールに目を疑った


(次回、あなたのパパ・ママと上海に行きますので)





最近妙にアクティブになってきた母はともかく

村からは週に1回、県外には年に1回も出ないような出不精の父が

飛行機に乗って上海に来るだと?

確認の為の妻に連絡してみると、説明によれば


父 『お母さん、考えたんだが、中国で頑張る息子の姿を

   一回も見に行ってやらないのは親としてどうなのか。。。』

母 『お父さん、私も丁度、職場の上司に休暇願いを出したとこなんです』

父母『どうか我々を上海に連れて行ってくれ!』


とドラマみたいな話があったらしく

感動した妻は涙ぐみながら『私に任せてください!』

となったらしい。。。





ちなみ上記のやりとりは2019年1月初旬の話で

上海に来る予定は2月24日〜となっていましたので

既に妻と両親は上海を満喫して帰って行った後の後日談となっております


来るとなったら決めなきゃいけないホテルやアテンド内容

それから毎日のように

妻から旅行プランの内容の確認メッセが来るようになったのです

さてさて、どうなることやら。。。


。。。 To be continued






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