man gave name to all the animals by Bob dylan
ディランの名曲で、グレイテスト・ヒッツアルバムには中々収録されない曲を紹介する、このブログ名物企画「ディランの隠れた名曲シリーズ」。
今回取り上げるのは「世界のはじめに」という邦題が付けられてる曲。とはいっても、この邦題を聞いて「え?それってどんな曲?」とか「そんな曲、あったっけ?」と思う人もいるかもしれない。
だが、原題は「man gave names to the animals」という曲ですよ・・と書けば、「あ、その曲か。そんな邦題が付けられてるなんて知らなかったよ」と思う熱心なディランファンはいるかもしれない。
この原題だとちょっとタイトルが長いし、日本人だとすぐにはフルではタイトルは覚えにくいかもしれないと日本のレコード会社側の人が判断して、覚えやすい日本語で邦題をつけたのだろう。
実際、確かにその原題だと長くて日本人としては覚えにくい。でも「世界のはじめに」というタイトルだと簡潔で覚えやすいやね。
一応シングルカットはされたようだが、シングルとして大ヒットという結果にはたどり着かなかったようだ。
なのでディランの曲の中では、あまり知名度は高くない曲であろう。
グレイテスト・ヒッツアルバムにも選曲されないし。
だが、私としてはかなり好きな曲だった。アルバムの中でも、かなり印象に残った曲だった。
覚えやすいメロディを持っていたし、訳詞を読んでみると、歌詞も独特なテーマだった。ちょっと考えさせられる歌詞でもあった。
この曲が収録されてたアルバムは「スロー・トレイン・カミング」というアルバム。
このアルバムからグレイテスト・ヒッツアルバムに収録されるのは、冒頭の「ガッタ・サーブ・サムバディ」という曲。確かグラミー賞をとった曲だったと思う。
どうも「世界のはじめに」は、「ガッタ・サーブ・サムバディ」の影に隠されてしまったような印象を私は持った。
でもこの「世界のはじめに」という曲は、どうも捨てがたい曲に私には思えている。
だから、このブログで取り上げたい。
この曲、ディランの曲の中では、ちょっと異色な味わいを持ってると思う。
まず、リズムがレゲエだし、なんといっても前述の通り歌詞が印象的なのだ。
ラブソングではないし、友や家族にあてた曲でもないし、政治的な曲でもない。
この時期、ディランはキリスト教に改宗した頃で、その影響で宗教的なアルバムを発表してた頃。この曲が入っていたアルバムも宗教的な香りが色濃く反映されていた作品だった。なのでこの曲は宗教的な曲のひとつでもあったと言えるかもしれない。暗示的とでもいうか。
人間が全ての動物に名前を与えた
世界の始まりに それは大昔のこと
男が見たのは 唸るのが好きな動物
大きな毛皮の手で 吠えるのが好きだった
大きな毛皮の背中と ふわふわの毛
「ああ、 あれは熊と呼ぼう」
こんな感じで、人間がブタや羊など様々な動物に名前をつけてゆく様が次々と歌われてゆく歌詞。
最後はミステリアスに締めくくられて、曲が終わる。最後は、名付けられた動物の名前をあえて特定せずに、答えを明示しないまま曲は終わってゆくのだ。余韻と共に。
男が見たのはガラスのようになめらかな動物
草の間をするする滑ってゆき
湖のほとりの木のそばで 見えなくなった・・・
例えば熊は、自分が人間に熊と名づけられて呼ばれているなんて知りもしないだろうし、気にしてもいないだろう。人間が勝手に自分をそう呼んでるだけだしね。そしてそれは、熊だけでなく、全ての動物や植物もそうであろう。
全ては人間が人間だけの都合で勝手にそう呼んでるだけなのだろう。
そしてそれは人間同士にもあてはまるのだろうし、もちろんディラン自身にも。若い頃、人からさまざまなレッテル(例えば「時代の代弁者」みたいな)をはられ、それから逃れようとして苦労したディランだから、なおさら。
こういう題材で曲を作ってしまえる着眼点に、私はディランの才能を感じたし、面白いと思った。
こんなテーマの曲、日本には中々ないよなあと感心しながら。
私にとっては、ディランの一筋縄ではいかない才能を改めて感じさせられた曲のひとつ。
ちなみに、ディランがレゲエサウンドで歌うこの曲、サウンドも非常に心地よかった。
ところでこの曲、ディランは最近のライブでは取り上げることはあるのだろうか。
まあ、気まぐれなディランだから、長年歌ってなかった曲をある日突然サプライズのように急に取り上げることもあるのかもね。
なんてったって、ライブのセットリストを予想しにくいミュージシャンとしては筆頭クラスだからね(笑)。代表曲をライブでは平気で外してくる人だもの。
でも、その代わりサプライズも多くて、そんな点はディランのライブの楽しみでもあるのだが。
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