時間の外  ~since 2006~

気ままな雑記帳です。話題はあれこれ&あっちこっち、空を飛びます。別ブログ「時代屋小歌(音楽編)(旅編)」も、よろしく。

花火詰め合わせセットを選ぶか、バラ売り花火を選ぶか。

2020年08月23日 | 懐かしい系、あれこれ

 

シーズンになると、おもちゃ屋や時には文房具屋などで花火詰め合わせセットが売られる。

それは今も昔も変わらない。

私の子供時代にも、花火の詰め合わせセットは、よく売られていた。

しかも、陳列されてた場所は、文房具屋やおもちゃ屋の店頭で、目立つように陳列されていた。

 

私の家では、年に1回だけ、親に花火を買ってもらえてた。

一定の花火用の小遣いをもらい、そのお金を手にして文具屋やおもちゃ屋に買いに行ってた。

たいがいそれは夏休みだった。

なにせ年に1回だけ。貴重な機会。

なので、買う時は、どういう花火を買うか、よく吟味した上で買っていた。

 

店頭で見かけていた詰め合わせセットにするか、それともバラ売りの花火をセレクトして買うか。その選択を毎回迫られた。

でも、結果的に私が買っていたのは、セットの積み合わせセットではなく、バラ売りの花火であった。

あれほど普段店頭に陳列されて「そそられて」いた詰め合わせセットではあるのに、いざ実際に自分が買うとなると、結果的にいつもバラ売りの花火たちであった。

結局、詰め合わせセットを自分の意思で買ったことはなかったかもしれない。

不思議なものだ。

 

でも、当時の自分の心境を考えると、「詰め合わせセット」は確かに見た目にきれいだったし、盛りだくさん感もあったし、まるで月刊誌の付録の豪華版のようにも思えたのだが、セットの中身をよく見ると、あまり欲しくない花火も混ざっていた。

目玉的な打ち上げ花火の数にも不満があった。

 

そりゃバリエーションとして、せんこう花火みたいなおとなしい花火もあってもいい。でも。派手な花火はたくさん欲しい。そんな心境があったのだと思う。

 

あくまでも自分の好みの花火だけを、選んで買いたかったのだと思う。

 

何連発かの打ち上げ花火、ロケット花火、ドラゴン(噴き上げ系の花火)、ねずみ花火、へび花火・・それらをまずは優先的に揃え、余ったお金でせんこう花火などのおとなしい花火を買って、お金を使い切っていたと思う。

で、結局自分で選ぶ「品ぞろえ」は、毎年ほぼ一緒だった気がする。

好みの花火は、毎年変わらなかったということだったろう。

 

当時の花火の詰め合わせセットに、上記の花火が全種類揃っていただろうか。

いや・・・そうではなかった気がする。

もしも、セットの中に上記の私の好みの花火が全て揃っていたら、きっとセットを買っていたと思うのだが。

 

セットではおとなしい花火が充実し、自分の好みの花火が少なかったり、あるいは入っていなかったりするのが、いざ自身で買う段階になると、物足りなく感じたのだと思う。

やはり子供心に、派手な花火が少しでも多く欲しかったのだと思う。

 

セットの花火は、やはり安全度の高いファミリー花火系に少年だんぞうは見えていたのだと思う。

 

とまあこのように、いざお金を握りしめて、実際に買う場合になると、結局はバラ売り花火を買っていたわけだ。

ではなぜ、普段店頭に陳列されてた花火詰め合わせセットに、そそられていたのだろう。

 

 

それは・・陳列された場合の視覚効果がセットにはあったということなのだろう。

バラ売り花火たちには、陳列されてる際のアピール度はあまりなかったからね。

 

それに、詰め合わせセットには、袋の中に花火たちのバックに、袋の形状を整えるための、やや厚紙の台紙みたいなものがあった。

で、その台紙は、月刊誌の組み立て付録のような雰囲気があり、カラフルな色が彩色されており、「おとなしめ」の花火たちがはめ込まれていたような気がする。

つまり、詰め合わせ花火たちには、陳列されてる時の視覚効果として台紙という名の「背景」があったのだ。

で、その「背景」効果が視覚的に魅力的だったのだろう。

 

バラ売りの花火には、バラ売りだから「背景」などはなかったからね。

 

花火詰め合わせセットの視覚的な魅力は、そこだったのだと思う。

 

セットは眺める分にはいいけど、いざ自分で花火で遊ぶとなると、花火ひとつひとつの派手さのほうが大事だった・・そういうことだったのだと思う。

 

 

よく考えると、花火だけに限らず、お菓子などにもそれは言えた。

お菓子の詰め合わせセット(例えばクリスマスの時に売りだされる、サンタの靴にお菓子が詰め込まれたセットなど)は、店に陳列されてる時の視覚的効果は魅力あったが、いざそれを買って、家で実際にお菓子を出してお菓子を「バラ」にしてしまうと、あまり欲しくないお菓子も混ざっていたりしたし、思ったほどには量があまりないように感じられたりもした。

 

 

詰め合わせセットが魅力あるのは、店に陳列されてる時の視覚効果なのだというのが、当時の私の暗黙の結論だったのだと思う。

そう、ひとつひとつの花火やお菓子の魅力というより、セットのパッケージの魅力だったということで。

 

 

実際に花火で遊ぶ時は、大事なのはひとつひとつの花火の威力や効果であり、そこではパッケージはあまり重要ではなくなるからね。

花火で実際に遊ぶ段階では、もうパッケージはバラされて、ただのビニール袋と化していたりしたし。

 

 

とはいえ・・店頭で売られている時の、花火の詰め合わせセットのパッケージそのものは、今でも魅力を感じたりはする。

パッケージの視覚的な魅力。それは今も昔も変わらない。

まあ、プレゼントなどには、確実に有効ではあるね。少なくてもバラ売りよりも。

セットでは、比較的安全度の高いおとなしめの花火がセレクトされてる場合は多いとも思うので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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2 コメント

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Unknown (キャプテンゼロ)
2020-08-23 21:18:03
そうそう、ありましたね、「詰め合わせセット」と「バラ売り」の花火。
ボクは子供のころから、コストパフォーマンス重視で、友人たちと金を出し合って
「バラ売り」しか買わなかったです。
電気花火やネズミ花火、ロケット花火、爆竹、2Bは、定番でしたね。
太い筒の連発打ち上げ花火は、高価でコスパが悪いので買わなかったです。
ドラゴンは火花の噴水みたいで迫力満点だったし、ヘビ花火は、黒い燃え殻みたいのが
ウネウネ出てくるヤツでした。

河川敷で行われる、豪快な打ち上げ花火大会とは、一味違う良さがありました。
〆は線香花火。あの橙色の火の球から、パッ・パッと閃く火花が、だんだん
小さくなり、最後に小さな火の球が地面に落ちる瞬間は、
人の生涯を象徴しているようで、なかなか味わい深いモノでした。
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Unknown (だんぞう)
2020-08-24 07:34:41
ゼロさんもバラ売り派でしたか!
やはり、自分の欲しい花火は、バラ売りのほうがピンポイントで買えますものね。

バクチクなどは、私たちは昼間遊んでました。

ロケット花火はマストでした。
詰め合わせセットだと、ロケット花火は入ってなかった気がします。
私がバラ売りを選んでたのは、それが一番大きかったかも。

太い筒の打ち上げ花火はセットにも入ってましたが、ロケット花火がないのは、、、。

ドラゴンとヘビ花火もセットには入ってなかったような、、。


そういや、我が家の花火遊びでも、最後のシメはせんこう花火でした。
あのおとなしいせんこう花火をラストのシメにしてたのはなぜだったんだろう、、、と思ったりします。
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