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日本の宗教的人間 改定新版: 隠れたる道の人びと









 大国主命,弘法大師,親鸞,世阿弥,松尾芭蕉,吉田松陰,宮沢賢治‥‥神に向かう清澄な心と,生きとし生けるものへの限りない愛に生きた多彩な人間群像に光をあて,その思想と行動を通して日本人の精神史を編もうとする野心的な試み――.

 良女子大で日本思想史を学び,在野の研究者として活動してきた著者は地名や神社仏閣の名前,説話,伝承などを手がかりに若いころからフィールドワークを重ねてきた.自著を「作物」と呼ぶ.自身は土壌というわけだろうか.宗教的な価値観に基づいて行動する人間の宗教的な信念は,人々が自らの存在や世界の意味について考え,その考えに基づいて行動するための枠組みを提供する.宗教的な人々はしばしば,信仰や儀式,神秘的な経験を通じて,自己や他者,そして宇宙とのつながりを感じるという.


 人間と自然,そして神々との調和が重視される神道では,人間は神々や自然と共に生きる存在として位置付けられ,感謝や敬意を持って生活することが求められる."苦"を克服し,悟りを開くことが目指される仏教では,浄土宗や禅宗などの宗派が広く信仰されており,人間は苦しみを克服し,悟りを開くことで解脱を得ることができるとされている.家族や社会における倫理や道徳を重視する儒教では,社会秩序や規範を築くための教えが強調され,人間は自己の成長と社会への奉仕を通じて善を追求すべき存在とされている.


 日本における宗教的人間観は多様であり,さまざまな宗教や思想が影響を与えている.著者は戦時中に猩紅熱にかかり,中耳炎を併発しほとんど失聴した.入院中「立身出世を志すな」と言う声が響く夢を見て,啓示と受け止め個人的精神史の黎明と位置付けた.戦後,高校時代の休暇を利用して大和古寺を訪ね,法隆寺,東大寺三月堂で得た共鳴体験,さらに大学2回生で大学図書館で借りた親鸞「教行信証」を読んで,強烈な歓喜の奔流が雷撃のように著者を打った.


 少年時代のロマン・ロラン(Romain Rolland)がバールーフ・デ・スピノザ(Baruch De Spinoza)『エチカ』を読み耽った時に襲われた「大洋感情」と酷似し,時に神性,真善美のイメージすら伴う瞬間であっただろう.「津名道代作品年譜」(2007年3月)によると,著者は2ヶ月間茫として他事手に付かなくなり,夜半,寄宿舎の中庭にドテラを着込んで空を仰ぎ立ち尽した――宇宙に漲る壮大な力強い〈交わり〉構造(往相廻向・還相廻向の対流循環)の音響を聴く――そのため同舎の上級生,ひそかに寮監に報じ要注意者(自殺の怖れのある者)として見守り体制をとっていたという.



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原題: 日本の宗教的人間

著者: 津名道代

ISBN: 430924078X

© 1985 河出書房新社