15年前の話をしよう。
僕がまだ県立T高校の生徒だった時代。
もしあの時仙台に住まう決心がついていたら、僕はどうなっていたか?という話。
1996年1月、当時のブランメル仙台(今のベガルタ仙台)のファンクラブに入会した。
当時リトバルスキー入団が騒がれた。それについていったのが越後和男(今期仙台Y監督)や草野修治(仙台大学監督)、水内猛、高橋範夫、小杉敏之(ドイツW杯の柳沢について厳しい指摘を書いた)ら。
また、平聡、根子達也、吉田暢もいた。これが僕がブランメルについていくと決めた理由であるが。
それから現大宮監督の鈴木淳を忘れてはならない。
そして盛岡と仙台を行き来する時代の始まり。永島や和田のいた神戸、吉原の入団したばかりの札幌、大熊監督にキング・アマラオの東京ガス(FC東京)、鳥栖はまだ「フューチャーズ」だった。そうそう、ロペスという本田技研のストライカーがいたな。
東北ではNEC山形がモンテディオを用い始め、福島FCも国体メンバーを切り離した(それがFCプリメーロとなる)頃だった。
考えてみたら僕がメモを取り始めたのはこの頃から。当時はまだまだディテールとか何とかわからなかった。だから結構1試合の感想が短いかもしれない。
もしその時点で「仙台」を考えていたならば、今も僕は仙台ではホーム側にいたはずである。
その年の暮れ、サポーターミーティングで「東北」を意識してしまう発言をした。それと天皇杯の1県1代表制もあったと思うが、そこで「仙台」から「東北」に考えが飛躍したことが今の自分を作ったと思う。そうして最初は仙台や山形のサポーターと文通を行なっていた。
そしてその際「岩手レボリューション」というものが生まれたのだ。
往時からIRVの略称を用い、常に守り神とか呼ばれた。しかしその神通力が失せ、盛岡ゼブラに傾いてしまった。
結果、1997年より盛岡ゼブラのひとりサポーターとしての活動をメインとすることになるのだ。
ブランメル、つまり今のベガルタや先輩であるモンテディオ、今は無き福島FCとこの時代に出会ったことは幸運である。それが野に下ってなおT1などで生かされていることも事実だ(IRVとPoFとか)。
1990年代半ばを地域~旧JFLで過ごした地方サポーターには、往時の記録を語り継ぐ義務があると思う。PoFのサイトはそれができてるんじゃないか?僕も負けないようにしないと!
僕がまだ県立T高校の生徒だった時代。
もしあの時仙台に住まう決心がついていたら、僕はどうなっていたか?という話。
1996年1月、当時のブランメル仙台(今のベガルタ仙台)のファンクラブに入会した。
当時リトバルスキー入団が騒がれた。それについていったのが越後和男(今期仙台Y監督)や草野修治(仙台大学監督)、水内猛、高橋範夫、小杉敏之(ドイツW杯の柳沢について厳しい指摘を書いた)ら。
また、平聡、根子達也、吉田暢もいた。これが僕がブランメルについていくと決めた理由であるが。
それから現大宮監督の鈴木淳を忘れてはならない。
そして盛岡と仙台を行き来する時代の始まり。永島や和田のいた神戸、吉原の入団したばかりの札幌、大熊監督にキング・アマラオの東京ガス(FC東京)、鳥栖はまだ「フューチャーズ」だった。そうそう、ロペスという本田技研のストライカーがいたな。
東北ではNEC山形がモンテディオを用い始め、福島FCも国体メンバーを切り離した(それがFCプリメーロとなる)頃だった。
考えてみたら僕がメモを取り始めたのはこの頃から。当時はまだまだディテールとか何とかわからなかった。だから結構1試合の感想が短いかもしれない。
もしその時点で「仙台」を考えていたならば、今も僕は仙台ではホーム側にいたはずである。
その年の暮れ、サポーターミーティングで「東北」を意識してしまう発言をした。それと天皇杯の1県1代表制もあったと思うが、そこで「仙台」から「東北」に考えが飛躍したことが今の自分を作ったと思う。そうして最初は仙台や山形のサポーターと文通を行なっていた。
そしてその際「岩手レボリューション」というものが生まれたのだ。
往時からIRVの略称を用い、常に守り神とか呼ばれた。しかしその神通力が失せ、盛岡ゼブラに傾いてしまった。
結果、1997年より盛岡ゼブラのひとりサポーターとしての活動をメインとすることになるのだ。
ブランメル、つまり今のベガルタや先輩であるモンテディオ、今は無き福島FCとこの時代に出会ったことは幸運である。それが野に下ってなおT1などで生かされていることも事実だ(IRVとPoFとか)。
1990年代半ばを地域~旧JFLで過ごした地方サポーターには、往時の記録を語り継ぐ義務があると思う。PoFのサイトはそれができてるんじゃないか?僕も負けないようにしないと!
プラフクのサイトと同じように自分にとっては、貴殿が立ち上げた「岩手レボリューションオフィシャル」も昔を思い出したり、岩手サッカーの歴史や今を知ることのできる大事なサイトです。
このサイトがあることで新しい発見もありますし懐かしい気持にもなったりします。
リニューアルの方も楽しみにしていますので、頑張ってください。
今度、ブルネイにいる元仙台の伊藤壇選手に取材に行く予定です。