あれからもう3年がたつ。
丹季はついに、源平と一度も会うことなく小学校を卒業した。一緒に遊んでいた3人の男子とも、3年のうちにやがて疎遠になった。
転校してからは当然、源平の噂が立ったものだ。その度に、丹季の耳は知らず知らずのうちに傾いていた。
――――あいつ、結局サッカーやめたんだろ?
――――なんで?やっぱ受験だから?
――――そらそうだろー。受験組は遊ぶ暇なんてねぇんだろうよ。
――――え、違うって。向こうの学校でも一応サッカークラブに入ったけど、足の怪我でチームと仲悪くなったって話だろ?その代わり、なんだったっけ…なんか、金管バンドに入ったとか。
――――きんかんばんどぉ?
――――ラッパとか太鼓とかで演奏するやつ。ほら、あいつピアノも出来るじゃん。
――――ひえー、でも似合わねぇなあ。大丈夫か?受験だってあるくせによ………。
「………………」
どうしてあの場所を選んだのか、中2になった丹季はいまでもよく分からない。 気がつけば、その時丹季は音楽室にかかったプレートを見つめていた。
「枇杷中学校金管アンサンブル部」
源平が私立受験に失敗してこの枇杷中に入ってきたことは、制服採寸の時に初めて知った。廊下の向こうに佇む彼を見つけたとき、丹季は自分の全身がぐらっと揺らめいたような気がした。
最後に別れた時よりもぐんと伸びた身長のせいで、最初は誰か分からなかった。眼鏡をかけていた源平は、尚更別人のように見えた。
――――あの時とは、もう違うんだな。
頭の隅で、別の声がそう告げている。昔の将軍ぶりはすっかり身を潜め、どこにでも居そうな優等生の姿がただそこにあった。それでも、丹季は確信していた。源平はサッカー部には入らない。きっと、この部しかない。
それを裏付けるかのように入学式の翌日の放課後、芸術棟からトランペットの音が聞こえてきた。見上げると、窓から少しだけトランペットのベルをのぞかせた源平がいた。丹季は飽きもせず、校庭でじっと耳を傾ける。聞き終わった頃には、自分の身体の中で流れる血が沸騰する感触を覚えた。丹季の心は、この時決まったのだった。
その感情が何なのかは説明しようがなかった。部活なんて、はっきり言ってどこでもよかった。どこでもいいというより、運動部だろうが文化部だろうがどこでもやって行ける気がしていた。その中で丹季の足は、音楽室を選んだ。ピアノにも歌にも縁のなかった彼女が「音楽をやる」なんて、誰が予想していただろう。
丹季は、ただただ惹かれていた。
息をゆっくり吸い込んで、吐く。割れんばかりに教室の中から聞こえる音たちに後押しされて、強く足を踏み込む。
――――あいつと再会できますように。
丹季は、音楽室の引き戸を開いた。
<終>