檸檬水

詩・短歌・その他文章

ちいさな将軍の話 2 『BELL UP!』Another Story 

2007-09-22 12:19:45 | 小説
 「……なぁ。見た目よりも意外に強いんだな、お前」
 敗北宣告を受けた男子4人のうち一人が、のろのろと体を起こした。丹季はじろりと一瞥すると、男子から没収したボールで容赦なく石山の上から投げつけた。ぼこっ、というなんとも腑抜けた音とともに、彼は再び崩れ落ちる。
 「お前さ、同じ学年だろ。名前何ていうんだよ。教えろよ」
 それでもめげずに鼻血を拭うと、でろんと仰向けになって彼がこちらを見た。細っこい奴だ。とはいえ、貧弱でもない。ある程度鍛えられているのだろう。他の3人と比べれば、本当に必要な筋肉しかついていない身体だった。
 泥まみれ、鼻血まみれの顔だが、すっきりとした面立ちが見て取れる。一言で言えば、―――知能犯。そうだ、最初に立ち退けと言っていたのもこいつだった。あとの3人は、どうやら子分のようだ。
 知能犯は、繰り返し名前を尋ねて来た。よほど自分を倒した相手が気になると見える。
 「…3年1組、青島丹季。知りもしねえくせに青島漬物店を馬鹿にすんな」
 丹季はそっぽを向いてふてぶてしく答えた。

 知能犯は、ずるずるとぶらんこの柱に寄りかかっって丹季に話しかけた。相変わらず挑戦的というか、上から目線な口調である。
 「今日負けたのは、まぐれだ」
 「どこがだよ」即座に丹季が返した。
 「マジだぞ。これでも枇杷町では強い方なんだ」
 「じゃあ、まだまだじゃんか」
 ふと、サッカーボールに油性ペンで小さく書かれた名前が見えた。
 「熊谷………げんぺい?これお前の名前?」
 「ああ」
 「………ヘンな名前」その時、真一文字だった丹季の口元が緩んだ。
 「ヘンって何だよ。失礼だぞ。すごい名前なんだぞ」
 「すごいって?」
 それまでムキになっていた知能犯こと源平が、得意そうに喋りだした。
 「源氏と平氏って知ってるか。どっちも昔の偉いサムライでさ。みなもとのよりともとたいらのきよもりっていうサムライが争って、最後は源氏が勝つんだ。でも、平氏も強かったから、じいちゃんが両方の苗字をとって名前、つけたんだよ。源平合戦ってお前、知らないだろ」
 「名前だけなら聞いたことならある」3つ上の姉がぶつぶつ唱えて覚えているのを見たことがあるのだ。
 「じゃあ、お前はりっぱな名前を持ってるってわけか」
 「そう。だから俺はこの先サッカーいっぱい練習して、ほんとうに強い将軍になってやろうってわけよ。今日のケンカの負けは、たまたまだからな」
 お世辞にも立派とはいえない泥まみれの顔で、源平はにやりと笑って見せた。今回の敗北を素直に認める気はないらしい。

フタリノセカイ

2007-09-18 08:59:40 | 
ちょっと待て、教えてくれよ

「二人の世界」ってのは

君の涙で終わるほど

あっけないもんだったのかい


退けあいながらも何だかんだでさ

どっかで触れて重なり合ってんだ

相手のことを忘れるのが怖いんじゃない

ただ自分の存在を忘れられるのが怖い


違うか?

だからこその迷いだろ?


矛盾と孤独と苛立ちの日々

本当に「もういい」んなら返事すんなよ

俺の呼びかけにいちいち反応してるの

言わなくても分かってるんだからさ


でもその前に教えてくれよ

「二人の世界」ってのは何処にあった?

そして何処に消えた?

言葉だけじゃなかったはずだ

行為だけでもなかったはずだ


とか言いながら結局は俺も一緒

探し求めて掴んだ君の手 俺の中でまだ離れない

ベクトル

2007-09-18 08:53:59 | 
あなたは鮮血を流して笑い続けるだろう

あたしは力なく笑って無傷を守り通すだろう

ちいさな将軍の話 1 『BELL UP!』Another Story 

2007-09-14 16:54:50 | 小説
 枇杷色の光に照らされたジャングルジムに、ゆらゆらと余韻を残して揺れるぶらんこ。人気の無い寂れた公園に、呻き声をあげて倒れている小学生男子4人と、石山の上で仁王立ちしている小学生女子、1人。
 ある、秋の夕暮れの出来事。



――――時間は、一気に5年前に遡る。




ちいさな将軍の話   ――『BELL UP!』Another Story



 最初、公園には女子が2人いた。
 そこに男子4人がボールを持って乱入した。その公園では、ボールを使って遊んではいけない。にもかかわらず男子は、あたかも此処は自分達の陣地だと言わんばかりに退くよう命令した。当然女子たちは反発する。すると突然1人の男子が、片方の女子の家が構える店の事を罵り始めた。彼女の家は老舗の漬物屋だ。やがて冷やかしは始末に負えないものとなり、ぬか臭い身体はとっとと消え失せろ、ともう1人の男子が粘着質な声で言い放った。たちまち哄笑が起こった。
 普通の展開なら、ここで女子が泣き出すか、またはすごすごと撤退する事になるだろう。だがあいにく、彼女――漬物屋の娘は、一般的な女子より我慢強くもなければか弱くもない、そんじょそこらの女子たちとは似ても似つかない少女だった。

 そして、場面は冒頭に戻る。
 人気の無い寂れた公園に、呻き声をあげて倒れている小学生男子4人と、石山の上で仁王立ちしている小学生女子、1人。もう一方の気弱そうな女子が隠れて見守る中、彼女は体格の差をもろともせずにまとめて4人を再起不能にしてのけたのだった。

 「いいか、おめぇら」
 当時小学3年生とは思えないドスの効いた声を響かせて、彼女―――青島丹季(にき)は男子どもに宣告した。
 「今度うちの店の悪口言った奴は、ぶっ殺す」
 体つきはそれほど大きくない。むしろ小さい。……だが。
 彼女の背後から、激しい光が幾条も放射状に降り注いでいるのは夕陽のせいだけではない―――ように、見えた。

短歌075

2007-08-30 21:31:07 | 短歌
新学期だけど顔さえ見たくない友達もいる いくつになっても

辻村深月 「スロウハイツの神様」(上)(下)

2007-08-19 18:45:35 | 感想・レビュー
  

(上巻)
新書: 243ページ
出版社: 講談社 (2007/1/12)
ISBN-10: 4061825062
ISBN-13: 978-4061825062
商品の寸法: 16.8 x 10.2 x 0.6 cm

(下巻)
新書: 317ページ
出版社: 講談社 (2007/1/12)
ISBN-10: 4061825127
ISBN-13: 978-4061825123
商品の寸法: 17 x 10.2 x 1.2 cm

メフィスト賞作家による青春群像劇(で、いいのかな?)
「スロウハイツ」に住むクリエイターの卵たちが
いろんな出来事を通して絆を深め合う物語。

最初、上巻を読んだときは正直「長いなぁ…」と思った。
人物描写が丁寧なんだけど、それゆえに
退屈になってしまう感じが否めなかった。
けれど、下巻でその「のっぺり感」がうまくひっくり返された。

上巻の伏線が結末で明らかになっていく過程は
なんとなく予想がついたけど、
それでも「あー!」と思わずにはいられなかった。
最後にはとっても爽快な気分になる、そんな小説。

この小説は人物ごとにスポットが当たってるけど、
一番魅力的なのはやっぱりスロウハイツの主、環だと思う。
最初はやたら癪に障る子だなぁって思ってた(笑)
でも下巻から物語が終わるにつれて
いつの間にか憎めない人物になってて、
莉々亜とのあのシーンは思わず鳥肌が立った。

互いの知らない所で、自分の身やプライドを削ってまで
親友を守り合う彼ら。うーん、最高にかっこいい。

短歌074

2007-08-10 09:45:35 | 短歌
今此処にある感傷を溶かすには少し透明すぎる碧色(あおいろ)

短歌073

2007-07-26 16:22:34 | 短歌
終わるのが怖くて君の家までの回数券を未だ買えない

「西の魔女が死んだ」 梨木果歩

2007-07-23 09:25:42 | 感想・レビュー
文庫: 226ページ
出版社: 新潮社 (2001/07)
ISBN-10: 4101253323
ISBN-13: 978-4101253329

勉強やらバイトやらでちょっと疲れた時には、
この本を読むことにしている。

学校に行けなくなったまいが1ヵ月間
田舎のおばあちゃんの家で過ごすというもので、
自分も祖母の家に預けられたことがあったせいか
読む度懐かしい気持ちになる。
一番好きな部分は、まいが自分で一日の予定を立てるところ。
自分で決めて、実行する。
それが意志の力であり、魔女になるためのトレーニング。
後押ししてくれるのはもちろん、
彼女の大好きなおばあちゃんだ。

豊かな自然描写が、心をほっこりさせてくれる。
生まれることと死ぬこと、生きていくことを
ありのままに描いた、優しくて深い物語。

「EXIT」 雨宮処凛

2007-07-20 11:05:04 | 感想・レビュー
単行本: 222ページ
出版社: 新潮社 (2003/11/15)
ISBN-10: 4104638013
ISBN-13: 978-4104638017

大袈裟かもしれないけど、この本で私の人生のベクトルは変わってしまった。
鬱持ちだけど通院歴のない主人公・ともみが、
ネットで知り合った恵の主催する自助グループと関わり合うという話。
漠然とした不安、苦しみ、精神科、自傷、
インターネットで繋がり合う人たち。

読み終わった直後、言葉が見つからなくて、頭を抱えて吠えたくなった。
救いの無さに、薄汚れた世界に、氾濫する罵声や悪口に。
誰もが「どうして自分はそんな風に好きになってもらえないんだろう」という、
際限のない問いを繰り返し生きているように思える。

どこまでが嘘でどこからが本当なのか、話の最後まで分からない。
確かめようもない。ネットって多分、そういうものなのかもしれない。

今まで持っていた主観が一気に引き剥がされる警告書のような存在。
主人公設定が巧みなので、専門用語を知らなくても物語に入っていけます。
メンヘラを名乗る方もそうでない方も、是非読んでみては。