2009年、わずか10年前、北海道選出の衆議院議員、中川昭一が自宅で死亡しているのが発見された。中川昭一は、同年2月14日、イタリヤ、ローマで開かれた世界中央銀行総裁会議の後の記者会見で、ろれつの回らない口調で、うつろな目つきで記者会見に臨み、世界にその醜態をさらした。日本のテレビはこぞってその醜態を醜く報道し、中川昭一は、大酒のみの、節度なき輩として、政治の世界から排除された。国会議員バッジを外す羽目に陥っている。
g7には、白川日銀総裁をはじめ、中川昭一の秘書官、財務省勤務で中川昭一の同窓、玉木林太郎、読売新聞経済部記者、越前屋知子、日本テレビ原聡子らが同行していた。
総裁会議の後の記者会見前の会食から事件は始まっている。
玉木林太郎が、衆議院予算委員会で証言したのは、同席者は、中川昭一の秘書官、読売新聞女性記者、イタリヤ人通訳、および、大臣の友達だったこと、
当時のニュースでは、会食時にワインを飲んだことは報道されたが、その量についての詳細は報道されていなかったような記憶がある。中川昭一の酒癖の悪さを印象操作したのだろう。
さらに、日本代表の補佐として同行し、会見に臨んでいた玉木林太郎の責任は追及されていない。監督の義務はなくても、国益を抱えての公的行事で、当該国の利益を毀損した玉木の責任を問わないのはおかしい。
記者会見前に、ロイター通信の記者に、「面白いことが起こるわよ。」と発言した日本臣の女性記者がいた。その女こそ、会食に同席した読売新聞女性記者
越前屋知子だ。
事実、女の予想は現実のものとして的中し、中川昭一の酩酊会見が行われた。
異様な空気の中で、玉木はその背後ですっとぼけている。
その後、中川パッシングが始まり、中川昭一はすべてを失った。
ただ、飲んだワインの量は、数人で一本、本人も、テレビインタビューの中で「なめただけ。」と言っていた。事実、同行した記者は、酒の匂いはしなかったと証言しているが、それを取り上げたマスコミはなかった。
その後、中川昭一が、米国債の購入を拒否し、アメリカの金融を批判していたことが判明した。中川昭一は、アメリカに流れる自国財産を死守していたのだった。
世界銀行総裁ロバート ゼーリックの虎の尾を踏んだことは想像に難くない。そして、その謀略に加担したのが、読売新聞記者越前屋知子であり、日本テレビ原聡子であり、玉木林太郎だったというところだろう。
当時、中川昭一をはめた女として名を馳せた越前屋知子は、雲隠れしたが、ニューヨークで、ジャーナリストとして、記事を書いていたことが判明している。
アメリカの金融屋に逆らう者、愛国の人の末路は、こうやって最後を迎えさせられる。
国益を害しても、自分の贅沢のためなら、簡単に人を出し抜くのが、エリートの矜持なのだろう。市井の人間にとっては、耐えがたい裏切りだ。そういう輩を、われわれは卑怯者と呼ぶが、彼らにとっては、そういう批判などどうでもいいのだろう。
ちなみに、玉木林太郎は、その後、世界銀行関係で出世した。世界銀行総裁で、ゴールドマンサックスの国際戦略部、マネージングディレクター、ロバート デーリックの信頼を得たのだろう。
原聡子は、ほとぼりの冷めたころから、報道バンキシャで現行を読み、現場復帰を果たしている。
最後に、越前屋知子、この女は、不思議なことに、安倍晋三が総理大臣になった2013年、日本に帰国し、現在は、読売新聞経済部次長として活動しているということだ。
中川昭一を忘れない。
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