2018-11-29 00:20:51 | 詩―新作

駅   前田ふむふむ

 

マダ ツカナイノカネー

母は床ずれをした背中を横にする

白い介護ベッドのシーツは石鹸の匂いがした

 

アー エキニ ツイタヨ

オリナイノカイ

母はうすく眼をあけている

 

うん 降りよう

また明日 大宮の氷川様までいっしょにいこう

 

ソウダネ

マタ アシタ

母は眼を瞑り

うれしそうに 寝ているようにみえる

 

窓からみえる空に 

めずらしく星がきらめいている

あれがガスや岩でできているというのは

作り話だ

 

もうすぐ母は星になる

 

 


2018-11-29 00:16:29 | 詩―新作

雨     前田ふむふむ

 

雨が降っている
間断なく

なぜ 雨を物悲しく感じるのだろう

たとえば 勢い良く降る驟雨は 元気で精悍ささえ感じる
まっすぐで 常に潔い

でも 夜になり 家のなかで ひとりでいるとき
雨は
無機質で 均等な ときに不均等な間隔をおき 

弱く屋根を打つ
うしろめたい影のように

わたしの心臓の音だ

 


名前

2018-11-20 08:58:03 | 詩―新作

名前     前田ふむふむ

 

 

名前のないものに出会ってみたい

早朝 太ったカラスがゴミ袋を突いていた

嫌われものの ずる賢い生き物にも 

立派な名前が付いている

全く分からないものにも 未確認物という名前がある

名前のあることは幸運なのかもしれない

「名前がない」という永遠の孤独の闇にいないのだから

 

わたしは「氏名」という名前がある

それを

出生以来 自分で刻んだ来歴を

好みの色に染めながら

ときに窮屈に ときの気楽に

演じている

 

今、晴れわたる昼なのに ヘッドライトとテールライトをつけた車が

通り過ぎて行った

 

わたしは かりに名前のないものに出会ったら

躊躇せず 名前をつけるだろう

その自由へ(その自由から)

その隔離へ(その隔離から)

 

部屋の北がわの窓をあけると

隣の屋根で

いつもシャム猫が日向ぼっこをしている

時々 眼があうが

一度も

鳴き声をきいたことがない

 

 


死の練習

2018-11-20 08:49:29 | 詩―新作

死の練習    前田ふむふむ

 

所要により月一回

西日暮里に行っている

それ自体は楽しいことなのだが

途中 JR王子駅を通過する 

そこには

母が臨終を迎えた病院がある 

王子駅に電車が止まるたびに わたしは母を何度も殺している

 

「王子、王子です」

母の記憶が 

きつい痛みとともに 全身の毛穴から

真夏の炎天下の汗のように溢れだす

 

こうして

わたしは行きと返り

母を二度殺して 

わたし自身も二度死んで 二度生まれ変わるのだ

 

遠く空をいく鳥も 

悲痛な声で鳴いている

だが

それはわたしの身勝手な感傷にすぎないだろう 

本当は 

滑稽だと

抱腹絶倒して笑っているかもしれないではないか

 

 


詩の断片

2018-11-19 07:38:05 | 詩―新作

断片     前田ふむふむ

 

発熱のためか

気だるい身体で 目覚める

クリニッジ時計の針のような 

変わらない朝がやってくる

カッターナイフのような風が吹いてくるわけでもない

雨どいから

わずかに落ちる水滴に 

世界が震えあがることを

わたしの血が枯れるぐらいの

遠さで

想像する

 

追認しているのだ

友人の血のような追悼の言葉さえ

ラブレターの火が沸騰するぐらいの言葉さえ

わたしは そのあとをついていく

愛犬のように

 

いや

あるいは 留まっているのかもしれない

牢獄にいる囚人として

 

 

ならば

わたしは もうどれくらい

うす暗い

この牢獄にいるのだろうか

それでも苦しくはない

ときどき

眩しいくらいの日差しが

僅かではあるが

頑丈な窓から射すことがある

 

書くということは そういうことだ

 

歯を磨きながら

鏡ごしに 

テーブルの朝食がみえる