死の練習

2018-11-20 08:49:29 | 詩―新作

死の練習    前田ふむふむ

 

所要により月一回

西日暮里に行っている

それ自体は楽しいことなのだが

途中 JR王子駅を通過する 

そこには

母が臨終を迎えた病院がある 

王子駅に電車が止まるたびに わたしは母を何度も殺している

 

「王子、王子です」

母の記憶が 

きつい痛みとともに 全身の毛穴から

真夏の炎天下の汗のように溢れだす

 

こうして

わたしは行きと返り

母を二度殺して 

わたし自身も二度死んで 二度生まれ変わるのだ

 

遠く空をいく鳥も 

悲痛な声で鳴いている

だが

それはわたしの身勝手な感傷にすぎないだろう 

本当は 

滑稽だと

抱腹絶倒して笑っているかもしれないではないか

 

 


詩の断片

2018-11-19 07:38:05 | 詩―新作

断片     前田ふむふむ

 

発熱のためか

気だるい身体で 目覚める

クリニッジ時計の針のような 

変わらない朝がやってくる

カッターナイフのような風が吹いてくるわけでもない

雨どいから

わずかに落ちる水滴に 

世界が震えあがることを

わたしの血が枯れるぐらいの

遠さで

想像する

 

追認しているのだ

友人の血のような追悼の言葉さえ

ラブレターの火が沸騰するぐらいの言葉さえ

わたしは そのあとをついていく

愛犬のように

 

いや

あるいは 留まっているのかもしれない

牢獄にいる囚人として

 

 

ならば

わたしは もうどれくらい

うす暗い

この牢獄にいるのだろうか

それでも苦しくはない

ときどき

眩しいくらいの日差しが

僅かではあるが

頑丈な窓から射すことがある

 

書くということは そういうことだ

 

歯を磨きながら

鏡ごしに 

テーブルの朝食がみえる

 

 


詩の断片

2018-11-18 11:02:57 | 詩―新作

断片      前田ふむふむ

 

涙があふれそうな

荘厳な空の夕暮れをみている

もうすぐ 一日が死ぬのだ

さっそく

一日の葬儀をしなければならない

庭にある花を束ねて 

追悼をしたい

 

空の向こうでは

火葬がおこなわれるのだろか

それとも 土葬か

いや 夕暮れの光景には

水葬がふさわしいだろう

 

花束を高く掲げて

下半身を雲に覆われている

溶けそうな太陽に

乗せれば

空は色彩をくらくして

やがて 黒い夜のなかで

花束は行き場を失う

 

わたしは こうして多くを見送り

多くを忘れさり

花束を

ゴミ箱に

捨ててきたのだ

 


詩 虹

2018-11-18 11:00:08 | 詩―新作

虹        前田ふむふむ

 

あそこに虹がでてるよ

 

青い空を見ながら

みんなは喜び はしゃいでいるが

わたし一人は背をむけて

じっとしていた

じりじりと暑さが

アスファルトの地面を溶かしている

 

空には 真っ黒な雲が いたるところで

残っていた

まだ雨が降るかもしれない

 

虹が幸運の兆候なのは

一瞬のひかりを

追いかけても 追いかけても 

けして

誰も手にできないと知っているからだ

だから 無防備に

顔から 眼を取り 鼻を取り

口を取り 耳を取った

無垢な顔をして

眺められるのだ

 

父とわたしの背中が

激しくぶつかる

痛いと思ったが 

何かを言ってほしかった

父は

何もなかったように

無言で

ふりかえり 

笑顔を突き出して

また虹を見ている

 

ほんとうに

虹が白く見えるのですか

はい

何も異常はないようですね

初老の医者がいっていた

 

わたしは一人

河川の丘陵をくだり

自分の鏡のような

異様に黒い雲にむかって

おもいっきり

大きく深呼吸した


詩 月

2018-11-18 10:52:38 | 詩―新作

 月       前田ふむふむ

 

欠けている月をみると

こころが穏やかになる

足りないということは いのちがあるという証拠だ

 

ときどき ひときわ大きい満月が 空に

浮かんでいる

二次元ユークリッド空間上の 

中心からの距離が等しい点の集まる曲線

 

あれをみると シネ といわれているみたいだ

あの完璧さに

何を望めばいいのか

何を答えればいいのか

わたしは

暗い部屋の隅で蹲るしかない

そして嘔吐するほど

気持ち悪くなり

泣くのだ

 

雲たちよ

空を覆い 雨を降らせてくれ

はやく

いのちのないものを隠せ