おさなっつ ハイ!

ベッドが俺にもっと寝ていけと囁いている

ひとりの寂しい夜も いつか宝物

2011年11月09日 | 葉山兄弟
自分の後ろを斜めに通り過ぎた足音に違和感を感じて振り向いたのだ。
軽い体重を引きずるような重い足取り、履きなれていない靴の音。
「ごめん、今日ミーティング無しにして」
「何かあったの?」
ライブ後に反省会をしようと言い出したのは僕だ。
「仕事をしないといけなくなったかも」
「土曜日の夜に急に思い出すような仕事?」
僕が小学校の教諭だということはメンバーも知っている。
見逃してはいけないと判断してメンバーの方を向きもしないまま会話していると
彼女らも視線の先を読んだようだ。
「目が悪いのによく分かったわね」
「えっ・・・でもテルの担当って小さい子なんでしょ?」
「よく見ると幼いわ」
僕のクラスや学年の子ほどではないが、土曜日の夜にライブハウスの近くで
派手めの格好でうろついていて好ましい年齢ではない。
朝の挨拶のために門に立っていて、顔と声と足音を覚えている程度の児童だ。
化粧で顔がどんな風にどの程度変わるのか分かったのは
彼女達のおかげだな、とちらっと思ったが感謝をここでクチにするのはやめておいた。
(僕もときどきメイク道具で遊ばれて、そのままステージにあがったりするのを思い出すし)
「名前が出てこない・・・・というか知らないけど見過ごすわけにはいかない。
ごめんみんな、先に帰ってて」
「学校名を言えばいいんじゃない?」
「それだとあの子が嫌がるんじゃないかな、周りに人が多いし」
「早く行きなさいよ」
メンバーは口々に言いながら僕の肩からギターを引き抜く。
身軽になったことに感謝して手を振ると、三人の手がぺちぺちと促すように当てられた。

どう声をかけたものかとためらっていたら振り返ってにらんできた。
「なんなの。待ち合わせしてるんだからどっか行ってよ」
あんなに疲れて行くあてのない歩き方をしているのだから待ち合わせはしていない。
携帯を気にしている様子もないし。
「ほんとなんなの。しつこい。うざい」
追いかけてもうひとつ分かったことは、加減を知らない香水のにおいだった。
オシャレというよりにおい消しだ。どこかの試供品を試しまくったのかもしれない。
隠さない警戒ぶりと暴力的なにおいを身にまとうまでに、
幼い素顔と少々挑発的な服装と、疲れて隙の見え始めた歩き方に気づいた
ヨカラヌ輩に追い回された可能性もある。
だが、こうして警戒しているのはまだ理性がある証拠だと思えば多少安心もできた。
「僕は氷山キヨテルです」
名乗ると眉が寄った。
「ひやまって・・・せんせい?なんか、いつもと違うような」
「眼鏡がお休みの日用で、フレームの色がちょっと違います」
「げげっ まじだ」
汚い大人疑惑は晴れたと同時に、めんどくさい大人と思われたようで
今までとは別人のように素早く逃げの体勢を取られた。
「ちょっと待ちなさい」
「命令すんな」
「普通に呼び止めて会話しようとしたのに、逃げようとするから」
「話すことなんてない」
「座って何かを食べましょう。ここじゃマトモな話はできない」
学校で見るかぎりでは快活だった。
こんなにも弱っているのは空腹によるものだろうと提案すると
急にお腹を押さえてまたにらまれた。
「聞こえなかったよね?」
「何か言ったんですか?」
本当はしっかりお腹の音が聞こえた。何も言葉が出ないうちに、
ごく小さな響きではあったが僕の耳は聞き逃さなかった。






タイトルは“キンモクセイ”の“アシタ”の歌詞より引用いたしました。

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