蔵書

「福岡ESEグルメ」のえしぇ蔵による書評サイトです。
要するに日本文学の素晴らしさを伝えたいのです。

山本周五郎 「さぶ」

2007年02月25日 | Weblog
山本周五郎の作品ってほんと「人間として歩むべき道」というのをビシッと教育してくれますよね。この作品には特に強くそれを感じます。無実の罪で罪人の更正施設のような「寄場」というところに送られる栄二は、最初は自棄になり、人や世の中を呪います。それがいろんな人と出会い、いろんな経験を経ていくうちに反省し、人を信じること、人を許すこと、人に感謝することを学んで一人前の男に成長していきます。人としての生き方を学ぶ教科書のような本です。文部省推薦って感じ。ストーリーの構成もよく、文章も読みやすいので誰でもすんなり入りこめると思います。この作品を読み始めれば、きっとこういうふうに感じることでしょう。「これ、題名は『さぶ』じゃなくて『栄二』のほうがいいのでは?」と。半分くらい読んで「やっぱり『栄二』にすべきだ」、後半に入って「絶対『栄二』にすべきだ」と感じるはず。でも、読み終わってこう思います。「なるほど。『さぶ』がいいな」と。そこでまた山本周五郎のすごさを思い知らされるわけです。やっぱこの人はすごいです。

丹羽文雄 「海戦」

2007年02月25日 | Weblog
丹羽文雄は太平洋戦争中の昭和17年の8月に第8艦隊の旗艦「鳥海」に海軍報道班員として乗り込みます。戦線の記録を残すためによくカメラマンが同行しますが、彼は小説家として同行し、自分の体験を記録して作品化し、それが中央公論に発表されて大絶賛されます。決戦におもむく一人ひとりの心理描写も、砲撃しあう時の臨場感も、おそらく当時の人を夢中にしたでしょう。ここで描かれているのは第1次ソロモン海戦で、結果は日本側の一方的勝利に終わります。そのことも手伝って当時の日本人にとっては非常に痛快な作品になりましたが、でもよく読むと底辺に「戦争の悲しさ」が密かに表現されているのを感じることができると思います。単なる記録文学ではなく、当時の人たちが心の奥底にひた隠しに隠していた平和へのあこがれを、彼が巧みに掘り起こそうとしたのではないかと勝手に推測しています。彼がいた場所のすぐ近くが被弾し、彼は怪我をしますが助かります。しかし一緒にいた人数名が一瞬にして死ぬのを目撃します。彼は死というものを目の当たりにし、何か非常に強いものを感じますが、当時の時勢ではストレートに表現しにくかったのでしょう。自分の思いを隠しながら書いているような感じを受けます。彼はこの記録で本当は何を言いたかったのか?是非読んであなたなりに探ってみて下さい。

蒲原有明 「夢は呼び交す」

2007年02月19日 | Weblog
日本の象徴詩のさきがけとして有名な蒲原有明ですが、小説も書いています。この人のすごさは初めて書いた小説がいきなり読売懸賞小説の一等になって、華々しく文壇デビューを果たしたのに二作目を書いた後に、本来自分がやりたいのは詩だからということで小説はほとんど書かなくなります。それじゃ詩のほうはどうだったかというと、当時の世間にはあまりにも先進的すぎて受け入れられず、だいぶ苦労しています。求められるまま小説書いてれば名誉もお金も手に入ったでしょうに、苦労してでも本当にやりたいことを選ぶところがやはりホンモノの証でしょうか。この作品はいわば彼の自伝なんですが、途中かなり専門的な文学論になったりして、彼によって多くの文豪たちがその作品を分析されています。これが非常に参考になるので、文学好きの人には教材にもなり得る文学論の本と言ってもいいかもしれません。作品の質の高さは圧倒的です。計り知れない実力を感じさせられます。これぞホンモノのすごさだと思います。

城山三郎 「硫黄島に死す」

2007年02月19日 | Weblog
映画でも話題になった硫黄島ですが、この作品の主人公は栗林中将ではなく、バロン西こと西竹一大佐です。1932年のロサンゼルスオリンピックの馬術大障害飛越競技で堂々の金メダルに輝いた人で、”バロン西”は当時世界的に有名でした。バロンとは男爵という意味ですが、西家は由緒正しい男爵家で、生まれも育ちもそれこそサラブレッドです。豪快な性格ですが部下には慕われたそうです。輝かしい人生を歩んでいた彼ですが、戦争は過酷な運命を与えます。硫黄島の守備のために戦車第26連隊の隊長として赴任します。そしてご存知のような激戦。ついに日本に帰ることはできませんでした。非常に華麗で悲惨で勇壮な彼の人生を城山三郎が実に見事に小説にしました。想像の域を出ませんが、西大佐の魅力あふれる人間像をほぼ表現できているのではないでしょうか?

川端康成 「伊豆の踊り子」

2007年02月10日 | Weblog
日本人なら知らぬ人はいない日本文学史上燦然と輝く名作中の名作です。読んだことないっていう人はちょっといかんですよ。今すぐ読んで下さい。この作品は川端康成の実体験がもとになっていますが描かれている日本の風景の美しいこと!ここにまさに川端康成が後に自分の使命とした「日本の美を伝える」意気込みが感じられます。主人公が伊豆へ旅して出会った踊り子の旅芸人たちとの心のふれあいが、静かに流れる時間の中で極めて美しく描かれています。まるで清流のせせらぎを聞くような心持にさせてくれる作品です。でも川端康成という人はこんな純粋な作品を書くわりには豪快な人です。だってこの作品のために長いこと湯ヶ島に滞在したのにほとんど宿賃払ってないそうですからね。すごくないですか?まぁでもこの作品が世界的に有名になって湯ヶ島も有名になったから宿賃分は帳消しどころかお釣りがくるかな?

横溝正史 「本陣殺人事件」

2007年02月10日 | Weblog
ご存知!頭ぼさぼさの金田一耕介が難事件を解決する推理ものの傑作中の傑作です。金田一耕介が初登場する作品です。この作品は日本の推理小説の歴史上非常に重要な位置を占めます。何といっても日本初の本格推理小説でありますし、非常に困難と言われた日本家屋での密室トリックに挑戦しています。ストーリーも構成も全く文句のつけようがない質の高さで、それをつづる文章がまた素晴らしい。まさに完璧と言ってもいい作品です。推理小説といえばアガサ・クリスティやエラリー・クィーン、ディクスン・カー、ヴァン・ダインなどの海外の大御所が有名ですが、いえいえ日本にも世界に誇れる人がいます。それが江戸川乱歩であり、横溝正史です。二人ともトリックに納得がいきますしストーリーも面白いですからね。この作品のトリックがわかった時にはほんと横溝正史に敬意を表したかったです。このトリックは本当に素晴らしい。家の中に刀で斬られた死体が二つ。でも刀は庭の一面の雪の中に突き刺さっています。まわりに足跡は全くありません。さぁこの二人はどうして死んでいるのでしょうか???さぁこの密室トリックがあなたに解けるかな?

芥川龍之介 「羅生門」

2007年02月05日 | Weblog
芥川龍之介とくればこの作品が最初に思い浮かぶ人も多いでしょう。ほんとにこの人ほど面白い短編小説書く人は文学史上いないのではないでしょうか?少ない枚数なので一語の無駄もなく、構成も完璧でストーリーはめちゃめちゃ面白い。要するに極めて短時間で人を楽しませることができる。それがこの人の力だと思います。王朝ものという彼の作品群があるように、歴史に取材した作品が多いですが、この作品も飢饉や疫病で荒廃した昔の京都が舞台です。人間が追い詰められて限界に来て、生きるためにやむを得ず行う悪事は果たして許されるのか?これはそういう状況を経験したことがない者にはとても裁くことができない問題なのかもしれません。そんな深い問題を短いストーリーに凝縮して読む人間にどかんとぶつけてくるわけですから天才のやることはすごすぎますよ。

牧野信一 「ゼーロン」

2007年02月05日 | Weblog
この人も薄命ですね。作家にありがちの神経衰弱に悩まされて、最後は自殺してしまいます。こういう幸せ薄い人の作品が非常に優れているというのもいわば文学の世界ではお約束のようなものですね。この人の作風は自然主義に分類されるとは思いますが、この作品はユーモラスなシーンもあって楽しい感じを受けます。主人公はある村に行くのにゼーロンという馬を借ります。この馬は昔その村に住んでた頃は彼がよく飼い慣らしていたわけですが、久しぶりに会ったら全然彼のことは忘れてて、彼の思うままに従ってくれません。優しくしたりなぐったり、いろいろ試みますが苦戦します。会いたくない人が多い村に近づいていき、一気に走り抜けたくてもゼーロンは全然走ってくれません・・・。ストーリーを説明しても「だから何?」と言われそうですが、読んでみるとそこに高い文学性を感じずにはいられません。読み終わった時に「あぁいいものを読んだな」と感じることができます。結局はそのへんが自然主義の特徴なんでしょうか?