自殺と死刑について考えてみる。

2009年06月24日 08時43分06秒 | 知らなかったこと
日本には「死刑になりたいから人を殺した」という理不尽かつ迷惑極まりない理由で犯罪を犯す方々が希にいらっしゃいます。
アメリカではこのような理由で犯罪を犯す方々はいらっしゃらないそうです。
死にたいなら警官に射殺していただくことが可能だから。とのことです。
wikipediaによると「拡大自殺」と言うらしいですね。

さて
日本での自殺者数が3万人を越えたとかいう話ですが
警視庁のホームページによると
自殺者の約半数は「健康問題」が、約4分の1は「経済問題」が理由で自殺した。とのことです。
あくまで統計ですので鵜呑みにするのは危険ですが、割合だけみると、健康問題が1位なのですね。
このような御時世ですし、てっきり経済問題が1位なのかと思っていました。

それはさておき
死を恐れぬ人が居るため、死が必ずしも抑止力になるとは限らない。という意見があります。
村野瀬玲奈の秘書課広報室 様
(無断リンク)

しかし「自殺するぐらいなら、死刑覚悟で好きなことしよう」という声はあまり聞きません。
殺人と自殺では、その際の精神状態や背景が別物だから。かと推測します。
ただ、冒頭で述べたように「経済問題」云々ではなく「死刑になりたい(自殺したい)から」という理由で、犯罪を犯す方々が極少数にしてもいらっしゃることも事実です。
死刑制度によるメリットとデメリットのバランスが難しいですね。

ふと
自殺とは悪いことなのか。という疑問が下記のサイト様を見ていると沸いてきました。
双海浩人の飼育日記 様
(無断リンク)

誰も自殺したくて自殺しているのではないということは理解できますが、自殺することは悪なのでしょうか。
個人的には命というものについては善悪などという観念は超越しているように感じます。
良いも悪いも、みな何かしらの命を犠牲にして生きています。というより他の命を犠牲にしないと自分が生きれないです。

殺人が悪なのは、他人によって自分が一方的に殺害されるという事態を防ぐため。殺人を認めると、社会的秩序が保てなくなるため。
ならば、自殺については…
どうなのでしょうね。
建設的、生産的でないという点では悪かもしれませんが。

ふと気になったのですが
人間以外の動物で自殺する動物が居るのでしょうか?
恐らく居ないのではないかと思います。
では何故、人間だけが自ら死を選ぶことができるのか。
人間は理性の生き物だと言われますが、生存本能というものまで理性で押さえつけているのでしょうか。それとも理性も本能も関係ないところまで、追いつめられているのか。


少し別角度から。
人間を含めた動物は何故生きるのか。何のために生きるのか。もっと言えば、何のために存在しているのか。

一般的には子孫を残すため、繁栄するためと言われていますが
何のために子孫を残し、繁栄しようとするのか。何故、反映しなければならないのか。何故、存在しなければならないのか。
とか考えていくと頭がおかしくなってきそうですので止めておきます。
仮に子孫繁栄というで論で考えていきます。
日本において自然淘汰による死が限りなく0に近い現実をみると、その代替手段として自殺という手段が発生するのは、至極自然なことなのではと思えるわけです。

以上のような考えをしているため、「自殺は絶対駄目」とは言えません。
これから先の人生、苦しみしか存在せず、どうすることも出来ないので自殺する。
それを止める権利は無いかと思います。
ある種の安楽死的な考えでしょうか。

結論としては自殺は悪いとは言いませんし、するなとも言えませんが
する前に、死以外に本当に逃げ道が無いかどうかを考え欲しかったりしますし
また周囲が逃げ道を作ってやれないか、そこまで追いつめられる前に何とか出来ないか
何とかできる仕組みは無いか、作れないかとか考えてしまいます。

しかし…長いですね。
もう少し纏めれるように努力します。