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伊勢神宮 内宮

2011年03月25日 | 近畿
宇治橋。五十鈴川に架けられた木造の橋は神宮の表玄関です。長さは101.8m、
両端にある鳥居は、旧御正殿の棟持柱(むなもちばしら)をリサイクルしている。

所在地:三重県伊勢市五十鈴川上

伊勢神宮は、正式名称を「神宮」といい、一般に伊勢神宮やお伊勢さんと呼ばれ、
宇治の五十鈴の川上にある皇大神宮(内宮)と、山田原にある豊受大神宮(外宮)の
両大神宮の正宮があり、14所の別宮、43所の摂社、24所の末社、42所の所管社が
あります。「神宮」はこれらの125の宮社の総称です。神宮の所有する土地面積は
5,410ヘクタールで、大部分が森林で「神宮林」と呼ばれている。

古来から社格や神階が存在せず、神仏習合の教説においても神道側の最高神とされ、
別格の神社とされてきた。神社本庁では本宗と仰ぎ、全国約8万社の神社を包括している。

神宮沿革は、垂仁天皇(紀元前69年-70年)の皇女倭姫命が天照大御神を鎮座する
地を求め旅をして、伊勢国に五十鈴宮という名で鎮座したことが始まりとされる。
古代は皇室に限る氏神とされていたが、中世になり朝廷の衰微に伴い、皇室の氏神から
日本全国の鎮守として崇敬され、江戸時代には庶民にお陰参り(伊勢参り)が流行して、
一生に一度の伊勢神宮参詣は庶民の夢でもあった。

伊勢神宮の内宮「皇大神宮(こうたいじんぐう)」は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)を
主祭神とし、天手力男神、万幡豊秋津姫命を相殿に祀る。三種の神器の一つの八咫鏡を
神体とする。伊勢信仰の中心となる神社であり、日本全国の神社で授与される神札
(神宮大麻)は皇大神宮の神札である。

全国には神馬(しんめ)を所有する神社は10社あり、伊勢神宮は内宮と外宮に
それぞれ御厩(みうまや)が二箇所ずつある。神宮の神馬は源頼朝が10頭を
寄進したという。現在でも皇室から牽進された神馬が飼育されている。

豊受大神宮」の記事は分離しています。また、皇大神宮の別宮「伊雑宮」も分離してます。


門前町のおはらい町通り(旧参宮街道)は、江戸時代に建築された切妻、妻入りの伝統様式の
街並みの姿が残っている。おはらい町通りの中程には「おかげ横丁」があり、江戸後期から
明治時代の伊勢の様子を再現している新しいスポットとして賑わっている。おかげ横丁は
伊勢名物の「赤福」が創業の地で約300年続けて来れたことに感謝して「おかげ参り」に
ちなんで平成5年7月に誕生させた。


五十鈴川。五十鈴川御手洗場では参拝をする前に心身を清める。


滝祭神(瀧祭神)


風日祈宮(かざひのやのみや)。風の神を祀る別宮です。
鎌倉時代の元寇の時、神風を吹かせて日本を守った神です。


御稲御倉、忌火屋殿、外幣殿などがある。


荒祭宮(あらまつりのみや)。天照大御神の荒御魂(あらみたま)を祀る別宮で、
荒御魂とは神の特別な働きをする状態、または神が現れた状態といわれています。


蕃塀(ばんべい)と御贄調舎。お祭りの時に供えるアワビを調理する儀式が行われる。


正宮(しょうくう)。社殿の中心の御正宮は四重の垣根に囲まれ、
唯一神明造の古代の様式を伝え、萱葺き(かやぶき)の屋根には
10本の鰹木(かつおぎ)がのせられ、4本の千木(ちぎ)の先端は
水平に切られています。


新御敷地(しんみしきち)。御正宮の敷地は東西に二箇所あり、
20年に一度の神宮式年遷宮(しきねんせんぐう)で社殿が新しく
建て替えられます。平成25年にはここに新しい社殿が建てられます。
平成5年の第61回式年遷宮の経費は327億円で、平成25年の第62回
式年遷宮の経費については、約550億円が試算されているという。

20年ごとに正宮・別宮の全ての社殿と鳥居を建て替え、御装束・神宝も
造り替え神体を遷す。今から約1300年前に第40代天武天皇がお定めになり、
第41代持統天皇の4年(690年)に皇大神宮の第1回目の御遷宮が行われました。

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