つぶやき、或は三文小説のやうな。

自由律俳句になりそうな、ならなそうな何かを綴ってみる。物置のような実験室。

備忘録

2017-11-16 20:33:04 | 文もどき
さるご婦人からのご忠告。
女はね、家の外でニコニコ仲良くしているのがいいのよ。私の姉がね、嫁ぐ時にそう言ったから、私はそれをちゃんと守ってるの。そしたらね、ちゃんとこの歳まで楽しく人付き合いができたわ。
拝聴するに、ご婦人は齢八十になんなんとするそうだが、背筋がシャッキリとして快活である。何より、気さくだが品がある。連れ合いを亡くして半世紀近く、毎日自転車でサイクリングロードを行き来する生活だと言う。
私ね、姉は正しかったと思うのよ。家の外でのお付き合いは一所懸命して、ニコニコして、家の中には絶対にあげないの、それが一番いいのよ。女はね、ほら、いろいろ難しいから。
ふんふんと頷きながら、私は長屋のおかみさんを想像していた。盥に洗濯板を立てかけて手を動かしながら、あるいは根菜の泥を洗いながら喧しく喋りまくる、井戸端。あるいは、回覧板を片手に玄関先で何やら話し込む、あの姿がありありと浮かんだ。
ははあ、なるほど。
私は訳知り顔に頷いた。
いろいろと見えるものですからね。
奥方、ご亭主呼び表すところの家内にとって、家の中とは即ちその人そのものだ。片づいているのか、乱雑なのか、調度は上等なのか、手入れが行き届いているのか。端々から暮らしが匂いたつ。女とは比較する生きものであるからして、己と彼女の暮らし向きの差異を鋭敏に嗅ぎ分けるのだろう。そして、その微かな差異をあきらかな階級差のように扱うのである。
だからね、家の外でニコニコしていたらいいのよ。
私はご婦人の半生を傾聴し、励ましを受けて別れた。