「属」することは、本当に幸せなことなのだろうか。

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1.誕生日.1

2016-05-05 11:30:00 | 小説
 私は自分の誕生日を知らない。

 役所に届けられた生年月日は、昭和30年1月1日である。幼いころは、


「おめでたい日に産まれた。日本中、いや、世界中がお祝いしてくれている」


 などと言われ、クリスマスもお年玉も誕生日もごっちゃになって、
とどのつまりはジャラ銭で100円貰い、それで終わりだったような気がする。

 元々我が家では『誕生日』という言葉はタブーというか、みんな話題にもしなかったようにも思うのだ。

 両親の誕生日も、随分永い間よく知らなかった。
どうも父のほうが年下であろうことは薄々気付いてはいたが、実際いくつ年下なのか、
また各々子連れの再婚同士であった二人が、いつ、どのように出会い、結婚をして
私というどこにも所属しない人間が存在するに至ったのか、すべて記憶の中にはない。
(ない、というのは誰からも話してもらったことがない、ということだ)

 ただ断片的に、

「あなたはお父さんもお母さんもいる。あんたが一番幸せな子」

 と叔母にあたる人に言われた記憶があるだけだ。

 おかしなことを言う。姉がいる、兄がいる、父がいて母がいて、みんな同じではないか。

 しかし、姉二人は姓が違っていたのである。
この事も私が幼いころ、不思議でたまらず『どうして違う?』と尋ねたことがある。

しかしそれを尋ねると姉は泣き、幼い私は『聞いてはいけないことなのだ』と思い、二度とそのことを尋ねたことはなかった。


変な家だ。

変な一家だ。


その頃に感じたしこりは永い間、ずっと私の心に影を落とした。







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