「属」することは、本当に幸せなことなのだろうか。

35.生命維持装置.1

2016-06-30 20:31:50 | 小説
 父が余命宣告を受けたとき、もしものときに――
ということで生命維持装置を使うかどうか尋ねられたことがある。
その際に説明を受け、私なりに納得したつもりだった。

「父は無理な延命は望まないと思う」

 そう答えた私に婦長(今は師長と呼ぶらしいのだが、
私はつい婦長さん、と呼んでしまう)は小さく頷いた。

「立場上、こんなことを言ってはいけないのかもしれませんけど、
私が志穂さんだったら同じことを言うと思います。
装置つけて、お気の毒だと思う例も随分見てきましたから……」

 私はその答えを聞いて、
自分の出した判断になんとなく安堵したものであった。
そしてその後、その装置について調べることはしなかった。

 父にとってこの装置は不要にしよう。
充分に戦ってくれている父に、
これ以上苦しい思いはさせたくなかった。

 いつかその日が来たら、お疲れ様でした、と見送ってあげよう。
父は許してくれると思う。

 施設からの電話は、母の容態の急変についてだった。

「病院へ電話したら救急車で搬送しろ、
ということなのですが……」

 という報告に私は、もちろんそうして欲しい、と答えた。
当たり前だ。私に相談するまでもない。むしろそのことを確認する電話自体、私は不思議に思った。

 タクシーの中、私は母へのプレゼントの包みを握りしめ、
信号が赤に変わるたびに目を閉じて信号待ちの時間の鈍さに苛ついた。


つづく


ご覧いただき、ありがとうございます!

最初から読む場合はこちら↓
第一話 誕生日

お帰り前にお手数ですが下のリンクをポチッとしていただくと、
励みなります

また見に来てね

34.日めくり.4

2016-06-30 00:26:16 | 小説
 その日の午後三時頃、今日は一日何事もなく閉店までいられそうだ、と私はほっとしていた。
ここのところ父の病院、あるいは母の施設からの度重なる呼び出しにより、
誠に勝手ながら――の貼紙をしょっちゅうドアにやって早じまいしなければならない日が多く、
夕方はあてにならぬ店、の悪評が定着しつつあってそれも頭痛の種だった私にとっては、
定刻に閉店できた日は本当に嬉しかったのである。

 しかしそのとき母が入居している施設の施設長から携帯電話に着信があり、

「お母さんは大丈夫だから、
呼ばなくていいから、と言っておられるんですが……」

 と申し訳なさ気に、朝から微熱があってフラつきがある、と報告を受けた。

 嘆息が出てしまった。今日も”誠に――”の貼紙の日になってしまうのか。
父はともかく、母はこんな私の事情をもう少し察してはくれないのだろうか。
もう少し自己管理してくれないだろうか。

 それでも閉店の貼紙をし、
また私は母の元へ急がなければならなかった。

 バタバタとバス停に駆けつけたにも関わらず
目の前で乗る予定のバスは通過してしまい、
仕方なくタクシー乗り場へ向かう途中、
ふとショウウィンドウに並んだコートが目に留まった。

 それは柔らかそうな素材で作られており、
襟元には暖かそうなファーがあしらってある洒落たデザインのものだった。

 そういえば最近、自分のための買い物など全くしていない。
時間から時間へ追いまくられ、心の余裕などすっかり失ってしまっていた私には、
明るいパステルカラーのそのコートはまるでトンネルの出口のかすかな光のように輝いて見え、
思わず立ち止まって見とれてしまった。

 今からタクシーで駆けつけても二十分はかかる。
バスは一時間後だ。乗車時間はやはり二十五分程度だろう。
違いは一時間だ。

 わずか一時間。この時間を自分のために使って何が悪いのだろう。
私は吸い寄せられるようにそのブティックに入った。

 店内はすっかり春だった。私が見とれていたコートはもちろん、
並べられたセーターやシャツ、そしてちょっとした小物に至るまで柔らかな春色で溢れており、
ようやく私は季節が変わりつつあるのだと気付いた。

 試着したコートは思いの外、自分に似合っており、
これを着て出かけるあてもないというのに、
まるでストレスを発散するように即断で購入した。

 若干の直しもあったし、まさかこの大きな包みを持って母の元へ行くのもはばかられ、
後日受け取りに行くことを店員に伝えてその店を出ようとした時に
店内のワゴンに花束のように並べられた可愛いファーのボンボンがついたマフラーが目に留まった。

 そういえば先日、私が持っていた似たようなマフラーを見て母が羨ましがっていた。
値段も手頃であったし、時計を見るとバスの時刻まであと十分ある。

 私は母の好みそうな色を二種類選び、
プレゼント用とお願いして簡単なラッピングをしてもらうことにした。
ちょっと早いけれど誕生日プレゼントにしよう――。
心のどこかに先日のきつい言葉と乱暴なドアの閉め方への詫びの気持ちもあったのだ。

 母は喜んでくれるだろうか――。

 品物を受け取り、店を出た時にまた携帯電話が鳴った。
それはまたもや母の施設からであった。


つづく




マルコメの米麹からつくった【甘酒】が今ならお得な【10%OFF】で
おいしく試せます♪



夜中の更新になってしまいましたが……
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
ぜひご覧いただければ、と思います。

最初から読む場合はこちら↓
第一話 誕生日

お帰り前にお手数ですが下のリンクをポチッとしていただくと、
励みなります

また見に来てね

34.日めくり.3

2016-06-28 22:19:30 | 小説
「父さんとね……」

 母がぽつり、と語りだした。

「父さんとね、最近よく話しとるの。
私らが死んでしもうたら志穂一人ぼっちになってしまう。
志穂の身がちゃんと立つようにしといてやらんと……って」

「あんたは二言目には何もいらん、
何も欲しくないって言うけども……でもあんたが継いでくれんと。
あんたがあの家守ってくれんと」

「母さん、この後の面倒事も私が何とかせんとあかんの?」

 自分の声が尖っているのは気が付いていた。

「大体、父さんと母さんが色んなことちゃんと決めておかんから、こんなことになるんよ! 
家のことやら地面のことやら、姉ちゃんらのことやら……。
ちゃんと計画しといてくれんから私がいっつも後始末しとらんといけんのよ」

 語尾がきつくなった。

 母は困った顔で、左手の薬指にもうかれこれ五〇年以上着けている指輪を回した。
父が母の誕生日に贈ったというシンプルなデザインのその指輪は、
母の手と一体化しているように思えた。
母さんは指も痩せたんだ、と今更ながら気付いた私は、
やはり父の余命を言い出せなかった。

「なるようにしかならんのよ」

 母はそう呟いた。

「こういうことって、なるようにしかならんのよ」

 痩せた母に胸を突かれたものの、
その達観したような物言いにまた私の声が尖った。

「なるようにしかならんって……それで済むんなら苦労しとらんのよ。
もういいわ、とにかく父さんちょっと今大変な状態になっとるん。
悪いけど私しばらく来れんかもしれん。
お願いだから母さんも元気しとって。しっかりしとって。
私も忙しくててんてこ舞いしとるんだからね」

 捨て台詞のような言葉を母に投げつけてドアを閉めた。
いつもは音がしないように静かに閉めるドアは、バタン! 
とささくれ立つ私の心のままに大きな音を立てた。

 これから家に一旦戻って夕方の雑用を済ませ、
父の元へ行って清拭をし、汚れ物を持ち帰ってから仕事の段取りをせねばならない。

 明日は頼りになるスタッフのあやちゃんが夕方までお店に残れると言ってくれていた。
その間に銀行廻りやら母の普段着、父の下着の替えを買ってから、
夕方帰宅したらまた父の元へ走らなくてはならない。

「後悔しないように。私が後悔しないように」

 と自分に言い聞かせながら動いているとは言うものの、
疲れはやはり身体を重くしていて、
フラフラと赤信号を渡ろうとしてけたたましいクラクションと、
ばかやろー! 死にたいんか!の罵声に我に返ることも最近経験してしまっていた。

 頭を強く振って、しっかりしなくては――と自分に言い聞かす。
まだまだ先は長いのだ。私が倒れるわけにはいかない。

 携帯電話は常に肌身離さず持ち歩き、夜はベッドの上に座ったまま眠る癖がついていた。電灯は点けたまま、普段着のまま。

 その結果ストレスからくるものなのか体重は十キロ以上増加し、姉たちからは

「施設に預かってもらったり病院へ入ったりで志穂結構お気楽だものね」

 と、さり気なく非難されたものだった。


つづく




沖縄の旅は先の予約がお得♪90日前早割キャンペーン


今日もご覧頂きありがとうございます。

最初から読む場合はこちら↓
第一話 誕生日

お帰り前にお手数ですが下のリンクをポチッとしていただくと、
励みなります

また見に来てね

34.日めくり.2

2016-06-27 21:03:06 | 小説
 私は冗談めかして両親にいつも話した。

「使えるものは、みんな使っていって。
そりゃあ残ったものは燃やしてしまえって言われるとムッとするけどね。
でも父さん母さんが一生懸命頑張って貯めたお金なんだから、使いきってしまった方がいいんよ。
残そうなんて思ったらケンカのもとになるだけやもん」

 良い子ぶって言ったわけではない。
私は二人にかかった費用は全て記録し、
領収証やレシートに至るまで全て保存していた。
とにかく後々面倒事に巻き込まれたくなかった。

 使いきってしまえばいい。
残る不動産は兄や姉たちが納得する形で分割すればいい。
私は元々どこの誰でもない。
二人の間に産まれた子なのだから、二人が亡くなれば私の杠家での役割はそれで終わりにしてもらっていい。

 そしてこの後は”私”という一人の人間として生きていきたい。清々と息子たちと出て行けばいい。

 自分を勘定に入れなければ淡々としたもので、
私は真にそれが一番いい方法に思えたのだ。

 以前から「私は何もいらない」という意思は伝え続けてきた。
考えれば考えるほど何も引き継ぐ権利など私は持っていないように思われてならなかった。

 私はこの世に生まれてきただけでめっけもん。

 私は何もいらない。はじめから一人なのだから、元に戻ればいいのだ。

 私にはありがたいことに二人の息子がいる。
ここからまた始めればいいのだ。
私と息子たちから新たな物語を作っていけばいいのだ。

 この気持ちは既に息子たちに伝えてあり、彼らも私と同意見だった。
私以上に二人にはこの”杠”という姓字はもっと不可思議なものであったろう。

 しかしそれとは別に私はこのことを母に告げるべきかどうか迷っていた。

 日常生活に差し支えのない健康状態とはいうものの、
父より高齢である母にこのことを伝えるのは酷だと思う反面、
母の立場であったらどう思うものか……とも考えてしまう。

 五〇年以上連れ添った夫婦なのだ。
しかも晩年は別部屋という形はとってはいたが、日中はほとんど一緒に過ごしていたのだ。
心配していないはずもなく、母の元へ訪れる度に

「父さんどんな?」

 と母から問われていた。

「今回はちょっと長くなるかもしれんねぇ」

 そう言って言葉を濁しながら、私自身父亡き後の諸問題をどう解決していくかを
母と相談したかったのだ。そもそも喪主をどうするかさえ、すんなりと決まりそうにないのが現実だった。


つづく



オンライン英会話 NativeCamp

英語喋れるようになりたいな…


いつもご覧いただき、ありがとうございます

最初から読む場合はこちら↓
第一話 誕生日

お帰り前にお手数ですが下のリンクをポチッとしていただくと、
励みなります

また見に来てね

34.日めくり.1

2016-06-26 21:02:02 | 小説
 すずちゃんが逝ってしまってから、
しばらくは虚脱状態に陥ってしまった感のある私たちだったが、
そんな事とはお構いなしに日めくりは誰にも平等に正しくめくられていった。

 元々、頻繁に交流できるほど近い場所に住んでいたわけではなかったのが幸いであったのかもしれない。

 彼女がいない、という現実を私たちは時折忘れそうになったりもできたから。
今はお互いに忙しくてコンタクトが取れていないだけ。
電話をすれば、メールを送れば彼女の可愛いおしゃべりや、
ウィットに富んだ返事が必ず帰ってくる。
お互いの忙しさを思いやって今は遠慮してるだけ。
そう、いつかはきっと会える。そう信じよう。

 私やさっちゃんが『大きな宿題』を終えたとき、
きっとすずちゃんはにっこり笑いながら

「うーん、まあまあやねぇ」

 なんて憎まれ口を叩きながら、

「お疲れ様。ご苦労様でした」

 って言ってくれるのだ。
そういえばさっちゃんがこんなことを言っていた。

「たまぁにすずの気配、感じるんだ。
朝、コーヒーを飲んでる時なんかね」

「笑ってる?」

「うん、いつも笑ってる」

「そうかぁ。笑って”やがる”んか……」

「そうそう、笑って”やがる”」

 その後さっちゃんはすずちゃんの意思を継いで、
そのプロジェクトを無事成功させた。

 そして私は、といえば離脱せざるを得ない状況に追い込まれていた。

 いよいよ父が余命宣告という命のカウントダウンに入り、
それに伴っての諸事情の準備に向き合う必要に迫られてしまったからだ。

 以前主治医であるりょうちゃんが心配してくれたとおり、
複雑な家族構成である我が家では、
父亡き後に色々な問題が起きるのは火を見るより明らかだった。

 現に、父方の姉たちは両親の通帳や権利書類を
私一人が把握していることに不快の念を隠そうとはしなかったし、
母方の兄姉たちにしても宅地や田畑については亡くなった父から相続したもの――という思いが強かった。

 志穂が引き継ぐのならまだしも、父方の姉たちに権利はないはずだ――
と声を潜めて主張していたし、またその反対に父方の姉たちは、
今、杠の家があるのは現当主である父の働きや稼ぎのおかげだ、
とこちらも譲ろうとはしなかった。


つづく


サーモス VECLOS 真空ワイヤレスポータブルスピーカー ステレオタイプ (ホワイト) SSA-40S-WH
ステンレス製の魔法瓶を作るサーモスがスピーカーを作りました♪世界初、「『真空』サウンド真空二重構造」のエンクロージャーが雑音を遮断、ということです。

最初から読む場合はこちら↓
第一話 誕生日

お帰り前にお手数ですが下のリンクをポチッとしていただくと、
励みなります

また見に来てね

参加ランキング