かなぞうには20日違いで生まれた従姉妹の、もこのすけがいる。(二人合わせてカナモコ)
この二人、ただ偶然同じ時期に生まれたのでは無いような気がする。
事の始めは一昨年の11月。私と姉は仕事で疲れた心と体の骨休みに湯布院を旅した。
その頃の我々は仕事一辺倒。我が家なんてひどいもので、夫婦そろって家に寝に帰るだけの生活を続けていた。食事は外食中心、平日の夫婦の会話は「おはよう」「おやすみ」程度。当然、夫婦の考えていることはバラバラで、文字通りすれ違いの毎日だった。
ふと入ったのはパワーストーンのアクセサリーを扱うお土産やさん。効き目は半信半疑ながら二人が選んだのは偶然同じ、緑色の「ペリドット」という石のアクセサリーだった。石の意味の一つに「夫婦円満」があり、ちょっとだけ期待して身に着けることにした。
その一ヵ月後、私が妊娠。姉も私の一ヵ月後妊娠した。
それまで隣の駅近くに住んでいて賃貸の契約が切れる姉夫婦が、たまたま私の家から「スープの冷めない距離」に引っ越してきたのが半年後。
妊婦初期~中期の我々はやっぱり仕事中心。多少セーブしているつもりでも夜中まで働くこともよくあった。少し出血してお医者さんに安静するように言われても、体をだましだまし働いていた。
そんな我々に妊娠後期、カナモコは切迫早産(早産が迫っている状態)という形でストップをかけた。子宮頚管(後々産道となる管)が短い=ちょっとしたお腹の張りで陣痛が起こる可能性があるという状態で、姉は入院、私は自宅安静になった。
普通は何ヶ月もかける母親になる心の準備を、我々はようやくすることになったのだ。
それまで我々姉妹は、姉妹で何かするということはあまりなく、それぞれ自分が生きたい道を邁進してきた。ところが紆余曲折を経て妊娠した頃に担当していた仕事は同じ、会社の業績管理をする仕事。そして共に今回の妊娠・出産を通して今までのキャリアを大幅に見直し、家族が心安らかに過ごせることを前提とした自分の輝き方を模索している。
我々夫婦も随分変わった。会話はもちろん増えたし、外食をすることはほとんどなくなった。早起きが大の苦手だったお父ちゃんも、毎朝欠かさずかなぞうをお風呂に入れてくれている。(夜は不規則で大抵日付が変わってしまうので、朝風呂にしているのだ。)
カナモコは生まれてから双子のように一緒に育てられ、我々を成長させてくれている。顔も性格も発育する順番も全然違うけれど、二人はすごく通じ合っている気がする。一緒に通っている保育園でも、どちらかが泣くと一緒に泣いたり、同じタイミングで寝たりしているそうだ。
きっと、湯布院の空で「この姉妹を変えてあげよう」と二人で相談してこの世に生まれてきたんだよね?それとももっと大きな野望を抱いてこの世に生まれてきたのかな?
「5歳くらいまでは胎内やそれ以前の記憶がある」と唱えるひとがいる。おしゃべりができるようになったら、カナモコに聞いてみよう。「どうしてお母ちゃん達を選んで生まれてきてくれたの?」と。
この二人、ただ偶然同じ時期に生まれたのでは無いような気がする。
事の始めは一昨年の11月。私と姉は仕事で疲れた心と体の骨休みに湯布院を旅した。
その頃の我々は仕事一辺倒。我が家なんてひどいもので、夫婦そろって家に寝に帰るだけの生活を続けていた。食事は外食中心、平日の夫婦の会話は「おはよう」「おやすみ」程度。当然、夫婦の考えていることはバラバラで、文字通りすれ違いの毎日だった。
ふと入ったのはパワーストーンのアクセサリーを扱うお土産やさん。効き目は半信半疑ながら二人が選んだのは偶然同じ、緑色の「ペリドット」という石のアクセサリーだった。石の意味の一つに「夫婦円満」があり、ちょっとだけ期待して身に着けることにした。
その一ヵ月後、私が妊娠。姉も私の一ヵ月後妊娠した。
それまで隣の駅近くに住んでいて賃貸の契約が切れる姉夫婦が、たまたま私の家から「スープの冷めない距離」に引っ越してきたのが半年後。
妊婦初期~中期の我々はやっぱり仕事中心。多少セーブしているつもりでも夜中まで働くこともよくあった。少し出血してお医者さんに安静するように言われても、体をだましだまし働いていた。
そんな我々に妊娠後期、カナモコは切迫早産(早産が迫っている状態)という形でストップをかけた。子宮頚管(後々産道となる管)が短い=ちょっとしたお腹の張りで陣痛が起こる可能性があるという状態で、姉は入院、私は自宅安静になった。
普通は何ヶ月もかける母親になる心の準備を、我々はようやくすることになったのだ。
それまで我々姉妹は、姉妹で何かするということはあまりなく、それぞれ自分が生きたい道を邁進してきた。ところが紆余曲折を経て妊娠した頃に担当していた仕事は同じ、会社の業績管理をする仕事。そして共に今回の妊娠・出産を通して今までのキャリアを大幅に見直し、家族が心安らかに過ごせることを前提とした自分の輝き方を模索している。
我々夫婦も随分変わった。会話はもちろん増えたし、外食をすることはほとんどなくなった。早起きが大の苦手だったお父ちゃんも、毎朝欠かさずかなぞうをお風呂に入れてくれている。(夜は不規則で大抵日付が変わってしまうので、朝風呂にしているのだ。)
カナモコは生まれてから双子のように一緒に育てられ、我々を成長させてくれている。顔も性格も発育する順番も全然違うけれど、二人はすごく通じ合っている気がする。一緒に通っている保育園でも、どちらかが泣くと一緒に泣いたり、同じタイミングで寝たりしているそうだ。
きっと、湯布院の空で「この姉妹を変えてあげよう」と二人で相談してこの世に生まれてきたんだよね?それとももっと大きな野望を抱いてこの世に生まれてきたのかな?
「5歳くらいまでは胎内やそれ以前の記憶がある」と唱えるひとがいる。おしゃべりができるようになったら、カナモコに聞いてみよう。「どうしてお母ちゃん達を選んで生まれてきてくれたの?」と。
カナモコちゃん、神様からのでっかいプレゼントだね。
いい姉妹だ、ほんと!!
本当に毎日成長させていただいています。
ありがたや、ありがたや。
きっとカナモコ二人が空から見ててくれたんですね。
「あそこがいい!あの人達のところへ行こう!」って。
それにしてもほんと天使さんのような二人。
大切に育てなきゃ!って思っちゃうよね。
ありがたや。