ほろ酔い日記

 佐佐木幸綱のブログです

読み直し近代短歌史8 非日常の美(避病院の向日葵・独特のオノマトペ)・前田夕暮

2016年05月26日 | 評論
 今回とりあげる前田夕暮は、近代短歌史上、重要な仕事をいくつもはたした歌人でしたが、大切な歌人であるわりには文学史で低く見られています。なぜなのでしょう。
 さまざまな理由が考えられますが、最大の理由は、次から次へと作風をダイナミックに展開しつづけたからだと思われます。統一したイメージが作りにくいのですね。歌人としての彼が生涯に挑戦した多様な作風は、とても一言では言いあらわせません。

 日本では「この道一筋」というような、シンプルなイメージの生き方が好まれます。ヨーロッパではちがいますね。
 有名な例は、パブロ・ピカソでしょう。彼は積極的に自分の作風を変化させてゆきました。青の時代→ばら色の時代→キュビスムの時代→新古典主義の時代→シュルレアリスムの時代→ゲルニカの時代……。
 現在の自分に満足せずに、自己否定をくり返しながら、どんどん新しい世界に挑戦しました。ヨーロッパでは、こういった生き方が尊敬されます。前田夕暮も自己否定をくり返し、挑戦を繰り返したのですが、日本では通用しません。歌人としての統一的なイメージが作れないために、なんとなくマイナーの位置に押しやられてしまったのでした。

 前田夕暮の長男・前田透さんは成蹊高校の出身、私の高校の先輩でした。成蹊高校時代は陸上競技部で活躍されたとか、そんなことから私は親しくしてもらいました。ご自宅近くの荻窪駅周辺で何度も夜遅くまで一緒に飲みました。奥様がごいっしょだったこともありました。
 その前田透さんが会社を辞め、成蹊大学に教員として就職されてから、精力的に父・夕暮の仕事を整理し、体系づけ、全体像を描き出す仕事をされました。
 『評伝前田夕暮』を刊行したのが1979年。そして『前田夕暮全集』全5冊の刊行が1972~73年。私は前田透さんに頼まれて、夕暮の大正12年、前田夕暮41歳のときの「天然更新歌稿」について、評論を書いています(『底より歌え』に収録)。「天然更新歌稿」は、この全集ではじめて読めるようになった大作です。

 ここでは、残念ながら、夕暮の作風の展開を具体的に解説する紙幅がありません。
近代短歌史に与えた影響の大きかった4点だけを取り上げておきます。

 A「自然主義の短歌」。明治30年代に隆盛した「自然主義文学」、その短歌の世界での代表的な作品を作ったのは前田夕暮でした。具体的にいえば、最初の歌集『収穫』で、都会のよどんだ空気、乱雑かつ不潔な職場ともども、東京の若いサラリーマンの貧乏生活を表現しました。たとえば、東京のスモッグを最初にうたったのは夕暮です。
 都会や職場の日々のささいな事や物をていねいに歌にしています。明治三十年終わりのことでした。これだけでも、近代短歌史上、大きな成果だったと私は思います。3首だけ引用しておきます。
 
襟垢(えりあか)のつきし袷(あはせ)と古帽子宿をいで行くさびしき男 『収穫』
垢づける布団の上におほひなる虫の如くもまろびねにけり
ほこり浮く校正室の大机ものうき顔の三つ四つならぶ

 B「口語短歌の先端的作品」 口語短歌の先端的・実験的な作を数多く作っています。有名なのは、昭和4年に立川飛行場から朝日新聞社の飛行機に乗って、富士山、丹沢方面を飛んだときの歌「空より展望する」40首(これについては後にも記します)ですが、それに先立つ大正3年刊『生くる日に』にもかなり口語の歌があり、大正12年の「天然更新歌稿」でも口語短歌をエネルギッシュに作っています。

 この面での夕暮の前衛性はまぎれもありません。Dで取り上げる「オノマトペ」をはじめ、「口語短歌の斬新な語尾」「大胆な活字記号の採用」等々、彼の挑戦はいくつもの点で指摘できます。
 活字記号について言えば、句読点、エクスクラメーション・マーク、傍点、ダッシュ、リーダー、疑問符……等々、じつに大胆かつ自在に使っています。口語の歌を少し引用しておきます。

淋しさうにうしろ姿を吾にみせ壁塗をせる彼のやれシャツ 『生くる日に』
みるみる森を村落を田土(でんど)を平面に押しひろげてのぼる機体! 『水源地帯』
ざくりと裁(き)りさげた谷が見え、簡素な陸橋と発電所の屋根が光る

 C「非日常の美の発見」。夕暮は、非日常的な美を短歌に果敢に持ち込もうとしました。日常に取材して日記のような短歌を作るのではなく、日常の外側に積極的に目を向けています。『素描』というエッセイ集から、「避病院」という非日常に注目する自分を描いた一節を引用してみましょう。

 「私の家に正宗得三郎君作、30号大の「向日葵」の油絵がある。年代は1913年とあるから、大正3年の夏の製作である。これは同君がフランスへ行く前に大久保の避病院近くに棲んでゐた頃である。避病院の庭に向日葵が群がり咲いてゐたのを採ってきて写生したもので、黒い瓶にさした七八輪の向日葵が、ゴツホ的なタツチで描いてある。ーー避病院の向日葵といふのが、ゴツホのやうでよいと思つた」。

 「避病院」とは、法定伝染病患者を収容する隔離病院のことです。いわば、日常とは地続きではない場所です。こういう場所に咲いた花に惹かれるというのです。
 夕暮は、日常と地続きではない場所としての「牢獄」の歌も作っています。ついでに、青木繁の油絵「海の幸」を思わせる若い漁師の歌も引用しておきましょう。漁師も、都会人にとっての非日常の人々です。

囚人等輪をなし歩む牢獄のゴオホの絵をばおもひいでたり  『生きる日に』
腹白き巨口(きよこう)の魚を背に負ひて汐川口(しほかはぐち)をいゆくわかもの

 夕暮は明治時代末に後期印象派の絵に夢中になります。前回にとりあげた島木赤彦、さらには赤彦の仲間の斎藤茂吉も夢中になりましたが、のめり込み方は夕暮が断然一番でした。そう思います。特にゴッホとゴーギャンにつよく惹かれるのです。当時の日本の青年にとって、ゴッホの人生も絵のタッチも色彩も、非日常そのものでした。ゴーギャンの歌もありますが、ここには、ゴッホにかかわる作を引用しましょう。

空のもと樹は大揺れに揺れゐたり風さらに吹け樹ようづをまけ 『生くる日に』
向日葵(ひまはり)は金の油を身にあびてゆらりと高し日のちひささよ
向日葵畠ひた啼きめぐり啼きめぐる我が白豚の尾が日に光る

 一首目、糸杉の絵がすぐに思い出されますね。もちろんゴッホの「糸杉」を念頭に作った作です。二首目は夕暮の代表作とされている有名な一首です。「金の油を身にあびて」は、日本人にとっては、まったくの非日常である南フランス・プロヴァンス地方の太陽光にかがやく向日葵の花のかがやきの表現です。美事だとおもいます。三首目は「向日葵の歌」十四首中の作で、向日葵と真っ白な豚の組み合わせが、油絵的かつ非日常的で、見どころです。

 D「冒険的オノマトペの発明と多用」。有名な作では、前にも触れた昭和4年(1929)の機上の歌があります。昭和4年11月、朝日新聞社は4人の歌人を同社が購入したばかりの取材用の飛行機・コメット102号機に乗せました。この年の8月にドイツの飛行船ツェッペリン号が来日したせいもあって、飛行ブームの折でした。はじめて飛行機に乗った4歌人は、興奮気味で多作。「四歌人空の競詠」と題して「朝日新聞」に載った作品は、大きな話題になりました。

 4人とは、前田夕暮、斎藤茂吉、土岐善麿、吉植庄亮。前田透『評伝前田夕暮』にはこうあります。「飛行機から下りたとき茂吉が、「これは短歌では間に合わない」と言ったと夕暮が語った」とあります。吉植庄亮以外の3人は口語歌を作っています。
 夕暮は、この数年前に、「天然更新歌稿」で大量の口語歌を作っていました。そんな事情もあってこのときの作は、茂吉、善麿に比べて、夕暮の作が断然、いい。

うしろにずりさがる地面の衝動から、ふわりと離陸する、午前の日の影 『水源地帯』
自然がずんずん体のなかを通過するーー山、山、山
山裏はしんしんたる大気の大渦巻、機体の揺れがはたりと止まる

 ここには「ふわり」「ずんずん」「しんしん」といったオノマトペがつかわれていますが、このほか、「ひったり」「へうへう」「ちかり」「ざくり」「ぷんぷん」「はたり」「びょうびょう」等々が出てきます。夕暮の短歌とくに口語歌には実験的なオノマトペがじつに多く、しかも自在で斬新です。
 短歌のオノマトペについては、私が『作歌の現場』(1980年に「短歌」に連載・単行本は82年刊)で一章を立てて以来、話題になることが多いのですが、近代短歌史におけるオノマトペのきちっとした研究は未だなされていません。夕暮の果たした役割は大きいはずなのですが。

 最後に私が見つけ、気に入っている例を引用しておきましょう。
 昭和初年に来日したアメリカの黒人プロボクサー・ボビイとライオン野口と呼ばれていた野口進が、日比谷公会堂で対戦したときの作です。ボクシングの歌としてもっとも早い時代の作と思われます。
 注目してほしいのは下句です。「ボビイの顔がぢぐざぐになる」。パンチを打たれて傷だらけになり、腫れてゆがんでしまった顔の表現として卓抜です。短歌史上ベスト3に入るオノマトペでしょう。

ぐいぐい迫つてすばやい短直突(シヨート)だ。ボビイの顔がぢぐざぐになる 『青樫は歌ふ』

 なお、夕暮には昭和初期のレスリングの短歌もあります。スポーツをうたった短歌史でも、夕暮は注目されていいと思われます。


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2 コメント

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全集の刊行年につきまして (久留原 昌宏)
2016-05-28 23:16:16
(誤)『前田夕暮全歌集』全5冊の刊行が1984年。
           ↓
(正)『前田夕暮全歌集』(至文堂)刊行は1970年。『前田夕暮全集』全五巻(角川書店)の刊行は1972~1973年です。

お気を付けくださいませ。
前田夕暮全集、刊行年について (佐佐木幸綱)
2016-05-29 09:06:24
ご指摘ありがとうございました。早速、訂正させていただきます。8429

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