プルサーマル計画を憂慮する有志の会

愛媛県伊方発電所3号機におけるプルサーマル発電の問題を考える有志の会です。

「フクシマ裁判」を占う泉南石綿訴訟敗訴

2011年08月26日 | 日記
 大阪泉南地区の紡績工場の労働者が石綿による被害を訴え、国の責任を争った訴訟の控訴審で、大阪高裁は「国が工場に局所排気装置の設置を義務づけるなどの規制を怠った」(以下、引用は『朝日新聞』)とした「一審判決が認めた国の規制の不備を否定し、原告逆転敗訴の判決を言い渡し」ました。

 判決は、「工業製品の製造や加工の際に新たな化学物質の排出を避けることは不可能であり、規制を厳しくすれば工業技術の発達や産業社会の発展を大きく阻害する」、「規制の時期や内容については、行政の裁量に委ねられている部分が大きい」とし、「事業者がコストなどを理由に排気装置の導入に積極的でな」いとして国の責任を認めませんでした。

 判決だけ読めば、人権を無視した「野蛮」の国での裁判かと見紛うばかりですが、これが「文明」の民主主義国家の本質なのかと感じ入るしかありません。まあ、これまでの公害や薬害等の裁判も、四半世紀、半世紀を掛けても裁判闘争の果てに、やはり同様の敗訴に終わることが殆どでしたから、「三権不分立」の国民不在の国家による判決としては、当然といえば当然なのかも知れません。

 しかしながら、この判を押したような判決は、今後提起されるであろう「フクシマ裁判」を占うに十分過ぎるものです。同判決に倣えば、「電力創出の際に、猛毒の放射性物質の排出やその事故を防ぐことは不可能であり、その規制を厳しくすれば、原子力技術の発達や原子力産業の発展を大きく阻害する。その規制の如何はひとえに行政の裁量に任されているものであり、コストを理由に放射性物質の排出や事故の防止を怠った責任は、一義的に電気事業者にあるのであって、規制当局である政府には存しない」といったものでしょうか。

 賠償に関しても、フクシマで作業を行い被害を受けた東電社員や警察官、自衛隊員、消防隊員のみの限定的な労災認定で終わり、避難を余儀なくされた多くの被災者は所謂「救済法」によって、僅かばかりの補償と医療費支給を受けるに過ぎないのではないかと危惧します。自主的避難やその他ホットスポットでのヒバクや、汚染された食料品による内部ヒバクによる健康被害に関しては、門前払い、原告適格すら認められることはないのではないでしょうか。

当然ながら、「フクシマ・インフィニティー」として働いてきた、今も作業されている多くの(4次以下の下請けの)名もなき作業員の方々が、救済の対象となることは決してないのではないかと思うのです。これが、少なくともこれまで国が国民に示してきた「お上」の姿勢であり、今後も変わるとは思えないのです・・・

P.S. 福島第1原発では、過酷な労働状況の中、熱中症等で倒れる方が多いようです。同原発の勤務医である森医師によると、作業員の健康状態が十分把握できていない、健康診断は東電の社員だけで、下請けの作業員は受けられない、よって癲癇などの既往歴すら把握できていないのが現状のようです。さらに、ヒバクの危険を冒しての作業の末に、賠償等を理由にした賃金カットや、ヒバクによる補償を求めないことを約束させられるとか。まさに原発奴隷そのものです・・・(そう言えば、「元祖」民主主義のギリシャでは、市民は奴隷の犠牲に「支え」られていたのでしたが、どうも「元祖」ばかりじゃないようです・・・)

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