![]() | ヨーロッパ退屈日記 (文春文庫 131-3)伊丹 十三文藝春秋このアイテムの詳細を見る |
私が若かった頃、好きな俳優が二人いた。一人は「白い巨塔」や「クイズタイムショック」で有名だった田宮二郎(1935-1978)ともう一人は奥様番組のレポーターみたいなことをやっていたまだ若かりし頃の伊丹十三(1933-1997)。
その後、田宮二郎は猟銃自殺、伊丹十三は飛び降り自殺してしまって、二人とももうこの世の人ではなくってとっても悲しい。格好いい男がいなくなってしまった。
伊丹十三のエッセイは70年代にたくさん読んでこれまた激しく激しく共感したもんだった。
昨年死んだ知人が残した本の中に彼の「ヨーロッパ退屈日記」があったのでひさしぶりに再読してみた。
その中のエッセイに「素朴な疑問」というのがあって、・・・一体東京はいつ頃から醜くなり始めたんだろう。江戸はどうだったんだろう。・・・ってのがあって醜くなった東京の街について書いてある。
曰く、どうして醜い要素ばかりがドンドン発展してしまうのか。人々が寄ってたかって自然の美しさを台なしにしてしまうのは一体なぜだろう。・・・たとえば海岸は美しいが、海水浴場はなぜあれほど薄汚いのか。形式的な美しさなんて少しもない。そもそも外観なんてどうでもいいのではなかろうか。家の外側というのは、つまり部屋の裏側であるに過ぎない。だから中にあって具合の悪いものは全部外にくっつければよいという考え方なのでしょう。
雨戸の戸袋が出っ張ってついている。トイレの空気抜き、風呂場の煙突、雨樋、ガスのメーター、牛乳箱、郵便受、屋根の上に物干し台を作る、テレビのアンテナを立てる、犬小屋を置く、電線を収めた鉛管や、ガス管が壁の外を這っている、お上も協力して電柱を立て、電線を張り巡らし、交通標識を立ててくれている、玄関にはNHKの聴取者章、電話番号、丸に犬と書いた金属板、押し売り、ユスリ、タカリは110番へ、とい貼り紙、防犯連絡所という木札・・・・以下延々といかにごちゃごちゃと汚いものを付け足してこれでもかとと街の汚さを羅列して・・・これがわれわれの街なのです。思い切ってスラム調で統一してみました。穢さがイッパイ!
1960年代の初めに伊丹十三が感じた東京の街並みの穢さはその後も改善されずに、益々混沌としているような気がします。
日本に帰国するたびに、集合住宅のベランダにはためく洗濯物や布団のオンパレードを眺めて、「日本人にとって家の外側というのは部屋の裏側。中にあって具合の悪いものは外に出せばいいんだ。街並みがどんなに醜くても関係ないんだ・・。」と彼と同じ感想を持って乗ってきた飛行機にのって今すぐ、こちらに戻りたいと思ってしまう。何しろ、人生は短いんだからね。生きているうちにはなるだけきれいで美しいものだけを見ていたい。醜くて穢いものはみたくない。
湿度が高い日本で布団を日光に当てて乾燥させたいう人の気持ちも充分理解できるけど、それでも、あの布団と洗濯物の光景がどんなに美観を損ねているのか・・ということを考えてもらいたいわ。ホント、日本人の美意識ってどこにあるんだろう・・。