非才無才の雄叫び

つぶやくこと、叫ぶこと、すべてボケ防止だ!

東日本大震災曽野綾子氏の教育改革国民会議レポートの粗末4

2012-07-01 17:51:32 | 日記
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東日本大震災曽野綾子氏の教育改革国民会議レポートの粗末2
東日本大震災曽野綾子氏の教育改革国民会議レポートの粗末1
つい最近、チャットに夢中になって高熱の一才のわが子を
死なせてしまって警察に逮捕された母親のニュース。どうして赤ん
坊を育児放棄していまうのかしら・・・・。曽野綾子さんのことより、
こっちの方がもっと切実で深刻な問題なのに・・・・。

国家も、社会も、個人も、決して平等ではありません。才能にも健康
にも生まれた環境にも明らかな不平等があります。不平等どころか、
片方は人間で、片方は動物、という階級差が存在する国に、私は度
々行きました。不平不満は地球が存在する限り続くでしょう。その認
識から出発しない限り、人間の平等に向かって一歩一歩進むという
ことはできないことです。この一言も、教師や親は言わずにごまか
して来ました
。」
どうしてこうも記述が前後するのか。最初は「民主主義の名を借りた
云々
」で「民主主義」から入り、次は「人工妊娠中絶」に関する生命論、
そして「言論弾圧」に関連して「言論の自由」に触れ、これも強いて言
えば「民主主義」に関連しての言及なのだろう。そして「安心病節」の
原点。更に「人間が平等であるという理想」に言及するも、すかさず
電気と民主主義とは不可分の関係」と言って再び「民主主義」。こ
れも「平等」ではないということでの言及であろう。そして、次は「
」。これも世界を見る限りは「平等ではない」と仰りたいのであろう。
当方も読みながら順を追って論評しているので、正直、戸惑ってしま
う。そして次がこの冒頭の部分の「平等」となる。ここには従来の曾野
氏の言説からは理解できない記述がある。「その認識から出発しな
い限り人間の平等に向かって一歩一歩進むということはできないこ
とです
」。これほど「平等」に拘るのなら、このレポートの冒頭部分で
「1人の落伍者も出さない」という「平等」の理念を根底にした日教組
の決意を「全体主義」と決め付けて否定したのはなぜか。しかも、曽
野氏と共に「ゆとり教育」を提唱し推進した夫・三浦朱門氏が2000年
7月にジャーナリストの斉藤貴男氏のインタビューに答えた記録は
三浦朱門(教育課程審議会会長)にただでさえ学力低下と懸念され
ているに、なぜ『ゆとり教育(授業数3割削減)』をするのかと質問した
ところ、
『平均学力なんて低い方がいい。日本が平均学力を高水準
に保ったのはできもしない落ちこぼれの尻を叩いた結果だ。その結
果全体の底上げは出来たが、落ちこぼれの手間ひまをかけたせい
でエリートが育たなかった。だから日本はこんな体たらくなんだ。した
がってこれからは、限りなく出来ない非才無才は勉強などできんまま
で結構。勉強などせず実直な精神だけ養ってもらいたい。落ちこぼ
れに金と労働力をつぎ込まず、効率よくエリートさえ育てばいい』
と答
えた。ことの善悪以前に『ゆとり教育』というのはエリートを作り出す
ための『手段』であり、『目的』をネーミングするなら『エリート教育』で
はないか?という質問に三浦は
だってそんなことを言ったら国民は
怒るだろ?だから回りくどく言い換えただけなんだよ
と答えたのだ。」
新自由主義的な発想から「ゆとり教育」の本旨は“100人に2~3人
でもいい、必ずいる筈”のエリートを見つけ伸ばすための「選民教
育」である
ことを明言
(東日本大震災 曽野綾子・三浦朱門夫妻と選民教育思想。)
となっていて夫・三浦朱門氏はエリートを育てる為には「平等」など
不要と唱えているではないか。これは正に自己撞着ということであっ
て、それを平然とやってのける曾野氏の欺瞞体質がここでも明らか
になっているということだ。おまけに、堂々巡りの論理性のない記述
は、ただ思いつくままに書いているだけではないかと評されてもいた
し方あるまい。政府に提出するレポートなのだから、もう少し理路整
然とした記述はできないのか。
「教育基本法について」と題しているのだから、旧法で問題とする
ところの論点をいくつか挙げ、自らの主張を順を追って述べていく。
例えば「民主主義と平等の概念若しくは理念に照らし合わせると『
教育基本法』のここが問題だから、教育の現状がこうなっている。
従ってこうすべきだ」とか、更に、この「平等」の部分でいえば、冒
頭の「国家も、社会も、個人も、決して平等ではありません。」の一
連の部分を前段の「人間が平等であるという理想云々」の前に記
述して、「従って人間がすべてに亘って平等であるというのは現実
的ではなく、『理想』でしかない。」という具合にすれば少しは風通
しが良くなるはずだ。
さらに、次の記述には誤りがある。「片方は人間で、片方は動物、
という階級差が存在する国に、私は度々 行きました。不平不満は
地球が存在する限り続くでしょう
」この太字の部分は「地球が存
在する限り
」ではなく「人類が生存する限り」と表記すべきだ。教育関
連の政府提出のレポートについては意味が通じれば良いという訳に
はいかない。もっと正確な文章を書くべきだろう。そして、「国家も、
社会も、個人も、決して平等ではありません
」ということを「教師や親
は言わずにごまかして来ました
。」これは由々しい記述だ。国の教
育政策に携わる者が「嘘を言った」とか「ごまかした」とかの記述をす
るなら、その論拠を指し示さなければなるまい。例えば日教組の「教
研集会」で、こういう報告がなされているとか例示して断じることが
常識だ。「そう感じた」「そのように見えた」「そのように聞いた」では
政府の教育改革国民会議の委員のレポートとしては下の下。第一、
教師が「世の中不平等」だということを教えないわけがない。教師は
「平等」という概念について教える機会が必ずある。従って、その
「平等」に対立する「不平等」という概念についても同時に教えざ
るをえなくなるのだ。ただ家庭では子供からの質問がない限り「不
平等」について教える必要などない。
私的なことで恐縮だが、当方の幼少の頃の話をする。当方は貧乏
な家庭に育った為、「不平等」について教わらなくても身に沁みて
感じていた。学級費や給食費を滞納した者は皆の前で教師に呼ば
れて理由を言わされたりした。そういう心無い教師がいたのだ。
制服といっても貧しいよれよれの服とカバン。進学の為に皆が持
っている参考書なんて買って貰えなかった。弁当さえ時には恥ず
かしかった。修学旅行に着てゆく服がないので、修学旅行も行かな
かった。だから学校へ行くのが嫌いだったのだ。反面、ボーイスカ
ウトの活動には一生懸命だった。憧れていたボーイスカウトに入隊
するために最初だけは真新しいキャップとネッカチーフを父親が買
ってくれた。同じ服装で、同じ釜の飯。そして努力して進級すば
バッチが貰えた。すべてが新鮮で楽しかった。このことから言える
ことは、とりわけ家庭に於いては「不平等」という概念を敢えて子供
に教える必要はないということだ。「不平等」という概念を教えること
は下手をすると「不満分子」を育てることにもなりかねない。ここは
やはり教師に委ねた方が良い。いずれにしても曽野綾子氏の「
師や親は言わずにごまかして来ました
」という言辞は、ご自身が周
囲で見聞したことだけを記述し、教育に関する知見のないことを自
ら暴露したものだ。
 さて、次の曽野氏の記述。この「教師や親は言わずにごまかして
来ました
」に続いて「しかし人間の英知と、健やかな心と、共生によ
る人生の諸相の発見は、この上なく面白いものですか ら、私たち
は『あいつは変わっているけどおもしろい』とか『鈍感だから病気を
しないんですなあ』とか『とにかくあの人は優しいんですよ』とかいう
具合に、その違いや否定的な要素の中に、言葉を変えて言えば『
よさの中にも悪さの中に』も等しく偉大な人間的意味を見つけるこ
とが可能なはずでした
。」なにを言いたいのか全く理解不能だ。
人間の英知健やかな心共生による人生の諸相の発見
前段とどういう繫がりがるのか?おまけに「しかし」は前言の否定的
文脈を展開するときに用いる接続詞だ。ところが、ここでのこの
「しかし」の使い方は急に話し言葉になったということなる。しかも、
この段の締めくくり?の「偉大な人間的意味」とは言い換えれば人間
的な「価値」ということなのだろうが、「偉大な」を冠をすることで理解
不能になる。「あいつは変わっているけどおもしろい」とか「鈍感だか
ら病気をしないんですなあ
」とか「とにかくあの人は優しいんですよ
のように「その違いや否定的な要素の中に・・・偉大な人間的意味を
見つけること
」。「偉大な」がなければ、この部分に限っていえば解ら
なくもないが、そのままでは理解しがたい。「あいつは変わっている
けどおもしろい
」「鈍感だから病気をしないんですなあ」に発見した
偉大な人間的価値。「あいつは変わっているけどおもしろい
というところに、どのような「偉大な人間的価値」を発見できるのか
そもそも「偉大な人間的価値」とは、どういう価値なのか?とにかく、
なにを言いたいか解らないが、「偉大な」だけは不要と思われる。
 さて、次の「しかし人々は次第に、自分の評価でものを見る力を失
い、ランクづけ、分類化、平均化といった政治的視線を、個人の生
活の目標とするようになりました
」。ここで言う「自分の評価」も文学的
表現なのか誤用なのか?お使いになる文言にいちいち反応したくはな
いが、曽野氏は「職業作家」で国の教育政策を変えるよう任命された
委員だから文言の使用には、もっと神経を配るべきだ。ここで表記し
ておられる「自分の評価」といえば「自分で自分を評価する」という文
脈で使用するはずなので、ここは「自分の価値基準でものを見る力を
失い」と記述すべきところだろう。更に次の「政治的視線」も「政治的
視点」の間違いではないのか?視線の先にあるのが「ランクづけ、
分類化、平均化」という思考の基準なわけだから「視点」と記述するべ
きだ。ともあれ、この部分の結論めいたものが次の記述となっている。
学歴主義も、安全な職場志向も、ブランドものという名の大量生産品
を夢中でほしがる若い人々のファ ッション性も、つまりは自分自身の
評価を失い、評価を大衆の眼に合わせようとした結果です。本来なら
ば、人間はいかなる状況の中でも、自分が生涯を賭けた好み、自
分がそこにおかれた意味を発見できるはずなのです。それを可能に
するのは、他人とは違った判断をする勇気そのものです。しかしその
ような勇気も才能も習性も、教育は教えませんでした
。」
「評価」という誤用があるので、非常に読みづらいが、ここでも2点ほど
指摘しておきたい記述がある。「生涯を賭けた好み・・・を発見できる
これもなにを言っておられるのか理解ができない。そもそも「好み」とい
うのは人それぞれ様々な「好み」がある。そして「好み」はその時々で
移ろいやすいものだ。しかも、その「好み」は「生涯を賭ける」ほどの
ものか当初は自身でさえも予測はできない。よほどの才能と執着心が
ない限り「生涯を賭けた好み」にはならないのだ。そして、次の記述
他人とは違った判断をする勇気そのものです。しかしそのような勇
気も才能も習性も、教育は教えませんでした
。」先ほど曽野氏のこ
とを視野狭窄と評したが、ここも同様の記述だ。例えば戦後の歌謡界
で1970年代に一世を風靡したロカビリー御三家の山下敬二郎、平尾
昌晃、ミッキー・カーチス氏らは、ある意味「他人とは違った判断をす
る勇気」を持った人たちだった。アメリカの影響で日本でも「ヒッピー」
が生まれたり、反戦運動から「フォークソング」が生まれ、更に「ニュー
ミュージック」へと発展していく。「他人とは違った判断をする勇気」
がなければできることではなかった。こうして戦後の音楽文化は大き
く花開いたといえる。「教育界」がわざわざ教えなくとも青年たちは
自らの意思で道を切り開いて行ったのだ。曽野氏よ、「好み」にまで
言及するからにはそれなりの視野の広さが必要なのだ。更に次の記述。
皮肉なことに、禁止こそが、自分の情熱や、時には命までも賭けて
手にしたいと願う道の発見につなが るのですが、戦後の教育は時に
は道徳に反することまで許しました
から、若者たちは、心身の飽食と
放縦 の中で、みずからの責任において選ぶことの方途も意味も見失
ったのです。足りない時にこそ、人はどう しても手に入れたいものを明
確に発見するものです
。」何を言いたいのか。「禁止こそ」と述べている
ので、何かを解禁したということだ。「戦後の教育は時には道徳に反
することまで許しました
性教育を行なったことを指摘しているのか?
しかし、こういう不分明な記述の仕方は賢明とは言えない。読む者の
理解をえがたいからだ。「若者たちは、心身の飽食と放縦の中で、み
ずからの責任において選ぶことの方途も意味も見失ったのです
。」
ごもっとも。「足りない時にこそ、人はどう しても手に入れたいものを明
確に発見するものです
」仰るとおり。それで何を仰りたいのかとなる。
 ここで言える確かなことは曾野氏の世代の大人の責任には曽野氏
は一切触れていないことだ。なぜなら曾野綾子氏にとっては、すべ
てが他人事だからだ。

 
 以上のことから曾野氏のレポートは、なかなか消化できず、まだ正味
4ページが残っている。進まないのも痛し痒し。
 次回は曾野綾子氏の珍説が出てくるので、ご期待ください。

曾野綾子氏よ
不得意とする分野には
手を染めないことも
作家としての矜持を保つ
大切な心得ですよ。
どうか、自覚なさるよう
・・・・だそうです。



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