30人くらいはいただろうか。
「一千代」で鍋を囲み、持ち込みの酒やお茶で盛り上がった。
大道芝居は約十年間続いた路上投銭芝居だが、大の大人が(子供もいたが)
一年に一回、真剣にバカをやる。
名刺交換もないから、いまだに職業も年齢も名前も
わからないままという人もいる。
でも会えばかまわず仲間。闇鍋のような世界である。
トイレで一緒になった女性は「乳癌の手術をしたのよ」
と言って、大きく開いた胸の谷間を覗かせてくれた。
片方の乳房は作り物。でも、言われなければどっちが
本物でどっちが偽物なのか、まったくわからない。
「よくできてるねえ!」
「ついでに豊胸手術もしてもらえばよかった」
くったくのない笑顔で彼女は言った。
「俺、もうすぐ福島の立入禁止区域へ行くんだよ」
と言うのは大ベテランの獣医。
「緊急時動物救援本部っていうのを獣医師の四団体で
立ち上げたの。許可が降り次第行くから」
「やっぱり、安楽死?」
「そうだよ。連れ出すわけに行かないなら、餓死なんていう
苦しい死なせ方させちゃ駄目だ。飼い主だって切なくてたまらないでしょう」
防護服に身を包んでの作業。心身共に辛い仕事だ。
でも誰かがやらないといけない。その誰かとは獣医を
おいてほかにない。
女性作家は新しい恋人を同伴して現れた。
九歳年下でなかなかのイケメン。
「前の人はどうなったの?」
思わず訊いた。
「アル中でたいへんだったのよ。沖縄に帰ったけど」
「沖縄? 横浜にいるでしょ。ほら、あの本に書いた人」
「あ、その人とは空中分解。アル中はそのあとの人。
次の本に書くから」
新しい彼は、傍らで静かにその話を聞いている。
ああ、しっかり元取ってるなあ。
私なんか、付き合った男で書いたのは亡き夫だけ。
他の男性のことは書きたいという気にもならなかった。
非常に個人的なことだから。
これは私小説作家と娯楽読物作家の差か、と考えたが、
いやいや、天性の作家と、食べるためにかろうじて
書いてる者の違いだと認めざるをえなかった。
もちろん後者が私だ。
運良く物書きになれたというのに、私には「書く意欲」
が決定的に欠けていた。致命的な欠陥だった。
作家になってから25年近くたつが、そのせいでいつも
綱渡り状態だった。
あやうい25年の内、15年を、この闇鍋仲間達になにかと
助けて貰ったと思う。
やさしい言葉をかけてくれたわけではない。仕事を
世話してくれたわけでもない。
でも、いろんな人がいて、問わず語りにいろんなことを教えてくれた。
そこから、書くテーマを見つけてきた。
私は幸運だったんだ。運と人に支えられてなんとか生きてきたんだ、
とあらためて認識しながら、降り止まぬ雨の中、タクシーを拾って帰った。
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冬桃
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