l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝

2010-01-05 | アート鑑賞
上野の森美術館 2009年9月19日(土)~2010年1月11日(月・祝) 会期中無休



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実は昨年中にバタバタと観に行っていながら、まだ記事にしていない展覧会が三つほどある。書かないと昨年の「阿修羅展」のように、年末に「今年のベスト10」に入れたくとも記事がナシ、なんて事態になって後悔するやもしれないので、閉会が迫っている物から順番に頑張りたいと思います。

というわけで、まずは今週末の祝日で終わってしまうこちらの展覧会から。昨秋に始まった時は随分ロングランだなぁ、と思ったのに、時は確実に流れて年も明け、残すところあと6日となってしまった。

そもそも自国の仏教の知識もあやふやなのに、チベット仏教は尚わからない。高地の風にはためくカラフルな旗の群れ、参拝者がカラカラと回す仏具(本展で「マニ車」という名称を思い出す)などが浮かぶ程度。そんな私が観に行って何がわかるのかと思ったりもしたが、当時手に入れたチラシ(上のバージョンとは違うもの)から眩い光を放つ『十一面千手千眼観音菩薩立像』(第2章に出てきます)に手招きされるように上野の山へ。

実際のところ、世界文化遺産にも登録されているポタラ宮殿などから、国宝級の一級文物36件を含む123点ものチベットの名品が日本で観られるなんて初めてのことだそうです。

では、今年もいつものように章ごとに追っていきます:

序章 吐蕃王国のチベット統一

『ソンツェンガンポ坐像』 チベット (14世紀)



7世紀初め、ソンツェンガンポがチベット高原を統一し吐蕃(とばん)王国を建設。彼が仏教国の唐とネパールから二人の妃を迎えたことによりチベットにも仏教が入る。こちらがそのソンツェンガンポの像。頭のてっぺんから阿弥陀如来が顔を出している。

『魔女仰臥図(まじょぎょうがず)』 チベット (20世紀)



両腕を投げ打ってひっくり返る魔女の全身に、まるで刺青のごとくびっしり描き込まれた地図。これは、ソンツェンガンポの妃に尋ねられて唐の僧侶が示した、寺院を建立すべき地が書き込まれている。チベットの大地の下には羅刹女(らせつにょ)という魔女が横たわっているという伝承があり、寺院建立によってその力を抑え込むということらしい。

第1章 仏教文化の受容と発展

『弥勒菩薩立像』 東北インド (パーラ朝 11‐12世紀)



微かに笑みを湛えた赤い唇、腰を軽くくねらせたスリムな体型。艶やか。

梵文『八千頌般若波羅蜜多経(はっせんじゅはんにゃはらみたきょう』 インド (パーラ朝 12世紀)



画像では字体がつぶれてしまうが、整然と並ぶ文字が記号のようでおもしろい。これを写経しろと言われたら、漢字とどちらがしんどいだろう?などと書道が苦手な私は密かに考える。

『アヴァドゥーティパ坐像』 チベット (16世紀前半)



祖師の像が並ぶこの一角は心臓がドキドキする。目をかっと見開き、赤い口元から真っ白な歯や牙がのぞいていたり。「迷える大衆を仏の道に引き戻すため」にこんな恐ろしい形相をしているそうだが、前に立つと何とはなしに怖い。ここに1点挙げた『アヴァドゥーティパ坐像』は下を向いているが、その前に立つと今にも動いて顔を上げてこちらを見そうなリアルさがあり、背筋がゾクゾクする。

ところでここに並ぶ坐像の顔はピカピカだが、チベットでは「信者が「お布施」として金粉(金泥)を奉納し、僧侶がそれを仏像の顔に塗るという習慣がある」そうなので、そのためかもしれない。

『ミラレパ坐像』 チベット (16‐17世紀)



強烈な坐像たちを観た後だけに、ちょっと和めた坐像。ミイラのような身体、顔の表情、ポーズと何となくコミカルなこの人は、チベット一有名なヨーガ行者にて詩聖だそうだ。「マイッたなぁ」と言っているようにも見える、右手を耳に当てたポーズは、霊感の声を聞いているところ。

第2章 チベット密教の精華

『十一面千手千眼観音菩薩立像』 チベット (17‐18世紀)



体高77cmとそれほど大きなものではないが、掌ひとつひとつに目が宿った千手の密度はすごい。そこにばかり目が行ってしまうが、よく観ると11面の中には牙をむいて怒る顔も。

『カーラチャクラ父母仏(ぶもぶつ)立像』 チベット (14世紀前半)



多面多臂で主尊が明妃(みょうひ)を抱く父母仏(ヤブユム)は、チベット密教の表現の特色だそうだ。慈悲と智慧の合一を表すそうだが、私は初めて観た。この作品では正面から観ると明妃の顔がこちらに向いているが、他の父母仏の画や像では妃は後ろ姿で足を主尊にからめているものもあり、不謹慎かもしれないが官能性を強く感じた。この像にしても、グルグル回りながら覗き込むと(つい近寄り過ぎて、台座を蹴っ飛ばしてしまった)、主尊と妃は向き合って顔を近づけていてドギマギしてしまう。

この作品や先に挙げた『十一面―』など、360度鑑賞すべき作品はフロアーの真ん中の台座に載せられて展示されており、会場のあちらこちらから台座を蹴飛ばす「バコッ」という音が聞かれた。それほど思わず詰め寄ってしまう作品が多いということでしょうね~。

『ダーキニー立像』 チベット (17-18世紀)



会場入り口に設置されていた箱から引いた私の“守りがみ”は、この「空飛ぶ智慧の女神」ダーキニー立像だった。何だかポーズが中国雑技団のパフォーマンスを思わせなくもないが、超能力を持ち、空を飛べ、踊りも得意だそうです。超能力や踊りはさておき、智慧を授けてもらいたい私にはまさに有り難い神様を引いたもの。

第3章 元・明・清との交流

『夾彩(きょうさい)宝塔』 清代 (18-19世紀)



この章の解説によると、「13世紀にモンゴルがチベットに侵攻するも、逆にチベット密教のサキャ派がモンゴル全体の仏教行政権を獲得。これを契機にモンゴル帝国、ひいては元・明・清との文化交流が進む」そうだ。この作品は景徳鎮製で、使われている夾彩という技法は乾隆帝の時代に最も盛んに。彼は自身が熱心なチベット仏教徒であったそうだ。

第4章 チベットの暮らし

『チャム面(マハーカーラ)』 チベット (17‐19世紀)



マハーカーラとは仏法を守護する護法神とのこと。五つの髑髏は貪欲・妬み・愚かさ・幼稚さ・欲情を表すそうだ。我が守りがみ、ダーキニーも長い髑髏の首飾りをつけていたが、チベット仏教の作品に登場する髑髏たちは表情があって何だかユーモラス。

『胸飾』 チベット (20世紀)



トルコ石は、吉祥や魔除けの効果があるとして古くからチベットで重要視されていたそうだ。アクセサリー類だけではなく、仏像にもたくさん散りばめられていた。

この章では他に、色鮮やか且つ大胆なデザインのシャム装束、独特な楽器類、チベット医学を端的に知る四部医典タンカなどが印象に残った。

振り返れば、2009年はエジプト文明やローマ帝国関連の展覧会も多く、そこに南米シカン展やこのチベット仏教展なども加わって、硬貨やら装身具類やら像やらと金色に輝く作品を随分とたくさん観た1年だった。本展はその大取り。


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2 コメント

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Unknown (一村雨)
2010-01-11 07:35:30
三越でアンコールワットの仏像を見てきました。
南方のおおらかな柔和な仏像に比べ、チベット密教の仏像の峻厳さはすさまじいですね。
日本には、両方の仏像が伝わってきて、その多様性がよく分かります。

チベットのド派手な仏像、その奇怪な姿が
大好きです。
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Unknown (YC)
2010-01-11 17:19:49
☆一村雨さん

チベットの仏像は、目を剥いているものも微笑んでいるものも、
得も言われぬ妖艶さが漂っているように感じました。

三越のアンコールワット展、実は招待券を持っているので、
無駄にしないように急いで足を運ぶつもりです。
こちらは穏やかな気持ちで鑑賞できそうですね。
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