『やんちゃ World』

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「催事屋」⑤

2006年12月27日 | 小説

 


 

「サブーーーッ!!」
 会館の中から、サブの名を呼ぶ英司の怒鳴り声が聞こえた。
 「サブ、俺のライター知らねェか?」
 会館の扉を開け、英司が顔を見せた。
「いえ、知りませんが……」
 (さっきはタバコ、今度はライターかよ!)
 英司に背を向け、サブは小さく舌を打った。
「おかしいな、どこにいったんだろ……えーと、確か、ここに入れたと思ったんだが」
 ジャンバーの胸ポケットを右手でつまみ覗き込んだり、ズボンのポケットに手を当てたり突っ込んだりしながら、英司はブツブツと呟いている。
 「英司、どないしたん?」
 くにびき産業会館のロビー、ソファーに深く腰を沈めたオッカァが、眠たげな声で英司に言った。
「いえね、ライターがねぇんですよ」
「そんだけ大騒ぎしてるんや。さぞかし高級なライターやろ。カルチェか? それともデュポンか?」
「いえ、バーゲンで二個百円で買った百円ライターなんですけどね。それが一個しかねぇんですよ」
「なんや! 百円ライターかいな! あほらしい!  一個あるんならええやんか。そのうち、どっかから出てくるよ」
 苦笑いしながら、オッカァが言う。
「……おかしいな……」
 いつもの事ながら、“ないない病”発病時の英司は他人の言葉は耳に入らない。
「えーっと、車のダッシュボードの上に置いて、それから……そうだ、そうだよな、確かに、それは持って降りた……」
 と、ブツブツ言いながら、英司はズボンのポケットをひっくり返し始めたが、すぐにその手が止まった。そして、「あっ! トイレだ!」と叫び、まるで銭形平次の子分の八五郎よろしく、右手の握り拳を左手に打ちつけながら、「うん、そうだ!」と頷き、踵を返しトイレに走っていった。
「あああ、困っちゃうんですよね、社長の“ないない病”には。いつだって、何かを探していなけりゃ気が済まないんです」
  そう言って、サブは苦笑いをしながら、オッカァに片目を瞑って見せた。そして、

 ♪探し物は何ですか?
  見つけにくいものですか?
  鞄の中も、机の中も、
  探したけれど見つからないのに、
  まだまだ探す気ですか?♪

 井上陽水の『夢の中へ』を、サブは口ずさんだ。
「サブ、カマと酒井さん、随分遅いんとちゃうか?」
  背後からの安男の言葉に、サブは肩越しに振り返り、「そうですね、随分と遅いですね」と首を傾げた。
「まさか、事故ってんとちゃうやろか」
「こっちと違って、向こうは鎌田さんだって運転が出来るのですから、そんな事はないと思いますが」
 そう答え、サブが缶コーヒーに口を付けようとした時だった。
「なんだ、その言い草は!」
  後ろの方から英司の声が聞こえたと思った瞬間、サブは脳天にガツーン!と強い衝撃を感じ、目の前に、ピカピカと数十個の星の点滅を確認した。
「イテェーッ!」
 サブは頭を押さえて、うずくまった。
「運転免許の持っていない、俺に対しての嫌味か!」
 振り向くと、英司が仁王立ちして立っていた。
「いいか、サブ。カマと俺を一緒にするんじゃねェ! 免許を持っていたって、カマは運転を代わってやるようなタマじゃねェ。カマとは二十年も付き合ってんだ、奴の行動は手に取るようにわかる。親父ほども歳の離れた酒井のオッサン一人に運転させて、自分は助手席でふんぞり返ってる、カマはそんな奴よ」
 突然、英司の声のトーンが、猫撫で声に変わる。
「サブちゃん、ここんとこ、良く聞いてよね。その点、俺はカマとは違うのよ」
 英司は左手でサブの肩を抱きながら、素早く右手でサブから缶コーヒーを取り上げた。
「あっ、社長、それ……」
 サブは慌てて缶コーヒーを取り返そうとしたが、その時は既に缶コーヒーは英司の口に押し当てられていた。
 美味そうに缶コーヒーを喉に流し込み、再び、英司は言葉を続けた。
「サブがいくら若いからって、一人でハンドルを握り続けてるんだ。さぞかし疲れているだろう、さぞかし眠いだろう。出来ることなら運転を代わってやりてぇ。ほんの一時間、イヤ、ほんの十分でもいい、睡眠を取らせてやりてぇ。カマと違って、俺の場合はそう考える。嵐の夜、寒さに震える子猫に手を差し伸べる様な、俺はそんな優しい心根の持ち主よ。しかしだ、どんなに代わってやりたくとも俺には免許がねぇんだ。言っとくが、車を転がすなんてわけねぇやな。運転が出来ねぇ訳じゃねぇんだ。ただ、免許がねぇんだよ。ただ、それだけなのよ。法治国家の日本、法を破るわけにはいかねぇよ。それともなにか? サブは俺に無免許運転をしろと言いたいわけ?」
「……いえ……」
 小さな声でサブは頷いた。
 がしかし……なにが、寒さに震える子猫に手を差し伸べる様なだ! 小倉から松江まで、助手席でずっと眠りこけてたくせに、よくそんな台詞を吐けるもんだよと、サブは心の中で毒づいていた。
「噂をすれば何とやら……」
 窓から外を見ていたオッカァが呟いた。
 酒井の運転する車が駐車場に姿を見せた
「皆々様、今日も一日、頑張りましょう!」
 いつもながら、やけにテンションの高い鎌田がロビーに入ってきた。
「……おはようございます……」
 続いて、疲れ切った表情の酒井が姿を見せた。
 どうやら英司の言葉通り、酒井一人がずっとハンドルを握り続けてきたようである。
「カマ、随分と遅いじゃねぇかよ」
  英司の言葉に、待ってましたとばかりに、
「英司さん、聞いて下さいよ! 本当、冗談じゃないっスよ。酒井のオッサンときたら、事故りやがって……」
「事故!?」
「怪我なかったのか!」
 オッカァと安男がソファーから飛び起きた。
「いえね、幸い路肩の雪の中に突っ込んだだけで、怪我はなかったんですけどね。だけどさ、昨日今日免許取り立ての若葉マークじゃあるまいしさ、本当、参っちゃうよな。千円の時計一本もまともに売れないんだから、せめて運転ぐらい、しっかりやってくんなきゃ困るんだよね」
 と、鎌田が苦々しげに吐き出した。
「申し訳ありません」
 酒井が小さく頭を下げた。
  (糞ッ垂れ! 二十歳そこそこの俺のような若造に対してならまだしも、鎌田さんの酒井さんに対する接し方、言葉遣い、何とかならないのかよ!)
 いつもの事とは言え、サブは胸糞の悪さを感じ、鎌田に背を向け唾を吐いた。


  ネックレスや指輪などのアクセサリーを主な商材とし、イベント催事会場やスーパーの店頭等で、千円均一で販売する一催事業者だった英司が、版権商品の衣料やバッグ等に手を広げ、ビッグ商会を設立したのは、日本中がバブルの喧噪に沸き上がっていた頃である。パテント商品とも呼ばれる版権商品とは、イタリアやフランスなどの有名ブランドや、著名なデザイナー等から、そのブランド名の使用権利だけを買い取り、中国や東南アジア等で格安で製作した商品に、その商標を冠した商品のことである。それらに、数万円、数十万円の値札タグを付け、それを数千円、物によっては千円均一で販売するのである。ブランドに弱い日本人、好景気にも後押しされ、商品は飛ぶように売れた。イベントや量販店だけでなく、一流デパートにも出店するようになり、ビック商会は催事出店に止まらず、手広く日本各地に店舗展開も始めたのである。
 英司がビック商会設立時、アルバイト情報誌片手に応募して来たのが鎌田である。
 もっとも、鎌田が英司のもとに居たのは二年足らずだった。金に対する嗅覚に優れた鎌田は、仕入先、販売先のルート、催事業のノウハウを覚え、鎌田商事を設立し独立した。ただ、鎌田が目を付けた商材はネクタイだった。当然、版権物である。英司の商材同様に、有名ブランド名を冠したネクタイを、スーパーの店頭や駅のコンコースで、原価一本百円前後で仕入れ、それを千円均一で販売したのである。販売スペースは一坪もあれば充分、又、主に女性がターゲットだったこの業界に、男性をターゲットとしたネクタイに目を付けたのが当たったのか、矢沢同様に鎌田も又、バブルの時代を謳歌した。
 やがて、バブルが弾けた。
 それまでの狂騒が幻であったかのように、日本経済が急激に落ち込んだ。
 ビッグ商会も例外でなかった。
 広げ過ぎていた店舗が足枷となり、ビック商会は敢えなく倒産、債権者から逃れるように、英司は元の千均屋に戻ったのである。
 それに比べ、鎌田の場合、ネクタイから手を広げなかったこともあり、大した傷も負わなかったのだが、持ち前の変わり身の速さ、ここが潮時とばかりにさっさと会社を畳み、金融の世界、いわゆる街金、早い話が高利貸しにリクルートしたのである。しかし、競馬競輪、パチンコ、マージャン、花札、チンチロリンと、賭事と言う賭事何でも御座れ、この手の人間が札束に囲まれ仕事をしている訳だから、お決まりの金の使い込み、小指が消えてなくなる寸前、旧知の英司を頼り、催事業界に舞い戻って来たのである。
 ただ、今回鎌田が扱う商材は、ネクタイではなく腕時計である。
 一本千円でも羽が生えたように売れ、笑いが止まらなかった当時と違い、二本千円どころか、三本、時には四本千円のデフレの現在、ネクタイでは旨味が少なくなっていたからである。しかし、その腕時計もやはり、名前が有名と言うだけで、香港辺りで作られた版権物であることだけは相も変わらず、ベルサーチはベルサーチでも、アルフレッド・ベルサーチだとか、何とも怪しげな版権商品が大半である。『嘘を付いて売ってる訳じゃねぇ。ほらっ、保証書にはちゃんと、アルフレッド・ベルサーチと大きく明示してある。客が勝手に、あのジャンニ・ベルサーチと思い込んで買っていくだけよ』と鎌田が嘯く。これらに五万から十数万の定価タグを付け、倒産品だとか、質流れ品だとか、金融品だとかの理由あり商品に仕立て上げ、一万前後で売るのである。
 そしてもう一つ、仕入価格三百円、版権物同様、九千八百円の定価タグが付けられた千均のファッション腕時計が、今回の鎌田のメイン商材である。
 この千均時計には、ジャパン・ムーブメント使用と大きくポップに書いてあるから、一見、日本製であるかと思わせるが、中の部品パーツが日本製であると言うだけで、勿論、これも香港製である。
  疑問を口にする客もいる。
「本当に日本製だべか?」
「ジャパン・ムーブメントです」
「ちゅうことは、日本製だべ?」
「御安心下さい。ジャパン、つまり、日本ムーブメントです」
「うん、うん、日本ムーブメントか。んだば、安心だ」
 と言った風に、純朴な田舎の方々を煙に巻くのである。
 勿論言うまでもなく、英司の方も似たり寄ったりである。
 英司が扱う千均アクセサリーには、天然石と表示されたポップが、大半の商品に添えられている。
「この指輪、本当に千円でいいべか?偽物でねえべか?」
「ああ、そのインドヒスイの指輪ね。素敵でしょう?間違いなく本物の天然石ですよ」
「ほぉ、本物の天然石け」
「正真正銘、本物の天然石ですよ」
「いゃあ、びっくらこいただな……本物の宝石が、こったら安くて……二三個、貰うべか!」
「ありがとうございます!」
 と言った風に、こちらもまた、純朴な田舎の方々を煙に巻くのである。
 翡翠とは名ばかり、インドヒスイとは瑪瑙の一種である。鯛と名が付けば全て高級魚、念仏鯛なる雑魚まで、魚の王様に化けるのと同じである。墓石も河原の石ころも、天然石は天然石なのである。つまり、宝石は天然石であっても、天然石は宝石とは限らないのである。いくら純朴と言えど、これで納得してしまう方にも問題があると言えば問題なのだが……
「カマ、どや、勝ってるか?」
 自動販売機に硬貨を入れる鎌田の背中に、安男が声を掛けた。
 「ダメ、全然、ダメ!売り上げは悪い、パチンコは負け続け、本当、やってられないっスよ」
  鎌田は振り返り、大きく両手を広げ首を竦めた。
「ヤッサンはやらないんスか?」
「駄目、ワイはそっちの方は全然駄目、ダメっちゅうより興味がないんや。それより何より、ワイの人生そのものがバクチみたいなもんやしね」
 「人生そのものがバクチだなんて、なんかよくわかんないけど、格好いいっスね!」
 そう言って、鎌田は缶コーヒーのブルトップを引いた。

 
 館内では線引きの真っ最中とあってか、メジャー片手に『㈲まつりばやし』社員の竹内が忙しげに走り回っている。線引きとは、コマ割り図面をもとに、会場の床にビニールロープを貼り付け、各業者の営業場所(ブース)を示す線を引く作業のことである。
 「竹内さん、コマ割りの貼り出しはまだですか?」
 ロビーに出てきた竹内を呼び止め、英司が訊いた。
 周囲のみんなが、竹内の口許に注目した。
「もうちょっと、待って下さい」
  竹内はそう答え、再び館内に姿を消した。
  会場の入口に近い、御客様が群がりやすく、売り上げが一番見込めるコマ(場所)を天場所と呼ぶ。
 催事業者たちにとり、天場所へは勿論、自分の店が、会場のどの辺りに割り振られるかどうかで、その週の売り上げが決定すると言って過言でない。切羽詰まった支払い、はたまた日々の生活費にさえ窮している者も少なくなく、少しでも良いコマをと、誰もが望んでいるのは当然である。
 そしてそれら、出店割り振り全てを決定する権限を握っているのは、企画会社『㈲カーニバル』の神戸徳治社長である。
 業者の分け隔てなく平均に割り振ってると言うが、それが口だけであることは周知の事実、古参業者が優遇されるのは仕方ないにしろ、大抵は神戸の胸先三寸でコマが割り振られるのである。
  動物園の猿の群にも満たぬ群とは言え、神戸は四十社余り、七十人ばかりの業者に君臨する言わばボス猿、まるで人間社会の縮図を見るようである。
 よって、英司や鎌田のような新参業者なんかは、付け届けなんかは当たり前、あの手この手、神戸に取り入られようと必死である。英司も鎌田も、それぞれ独立した催事業者であるにもかかわらず、表向き、『ビック商会』は二人の共同経営としているのは、それぞれが単なる一コマ業者として登録するより、『ビック商会』として二コマ業者として登録する方が、神戸に対して受けが良いのではないか?との、何ともせこい考え方からである。よってサブの雇用者は英司であり、酒井の雇用者は鎌田と言うことになる。
「肉体を張る業者もおるんやで」
 周囲を用心深く見回した後、オッカァがサブの耳元で呟いた。
「肉体を張る?」
「大城さんちの奥さんなんやけどな、サブちゃん、絶対、他言したらあかんで」
 オッカァは、ロビーの奥の方に視線を向けながら言った。
 沖縄物産の大城昌吉さんと、長い黒髪に彫りの深い顔立ち、とても四十を過ぎているとは思えない、沖縄美人と評判の三香さんが、寄り添うように奥のソファーに座っていた。
 沖縄物産の扱う商材は、黒砂糖や自然塩等、沖縄特産の食品が主である。
「以前、一ヶ月近くも沖縄物産が会場奥に干されたことがあったんや」
「一ヶ月も!」
「ああ、うちらや大城さんちみたいな食品業者が、一ヶ月も奥に回されたら食っていかれへん」
 『骨董宝り出し・大棚卸しカーニバル』は文字通り、骨董品や名画、陶器等をメインに、行く先々の地方テレビ局にCMを打ち宣伝し客を集め、同時に、英司や鎌田たちの扱うアクセサリー雑貨やファッション腕時計、又、オッカァと安男親子、大城夫婦たちのような、食品業者の商品も同時に販売するというイベント催事である。食品という商材の性質上、大抵は会場入口近辺にブースは配置され、余程のことがない限り、会場奥に割り振られることはない。
「それはひどい。どうして又?」
「神戸のエロ親父が、三香さんに振られた腹いせとちゃうか? と、もっぱらの噂や」
「それって、セクハラじゃないですか!」
 サブが大声を上げた。
「シッ!」
 オッカァが慌てて、サブの口を右手で塞いだ。
 安男が、“相も変わらず余計なおしゃべりをしやがって!”、と言った表情をオッカァに投げた。
 オッカァはそんな安男にニヤリと笑い、そして小さな声で、
「セクハラなんてのは、世間一般で通用する言葉や。この業界じゃ、セクハラなんて言葉自体が存在してへんのと同じや」
 と零すように言い、そして続けた。
「あれは高知やったわ。仕事が終わって焼鳥屋で一杯やって帰ろうとした時やった。連れ込み宿に入っていく、神戸と三香さんを見たんや。琉球物産のブースが入口近くに復帰したんは、その翌週の高松からやった」
「そんな! いくら干されたからって」
「ブース代の未払いも、随分溜まってたゆう話やしな」
「そんなもの、踏み倒して逃げたらいいじゃないですか!」
「逃げるって、どこへ逃げるんや? 逃げて帰れる家のある奴はええけど、そんなもん持ってへん奴はどこへ逃げるんや? 他人の心の中はようわからへんけどな、ここを出たら暮らして行かれへん人が、ここにはぎょうさんいてはんねん。他人がとやかく言われへんねん」
「旦那さんは、大城さんは知ってるんですか?」
「昌吉さんも承知の上なんや。連れ込み宿に入って行く二人を、電信柱の陰から昌吉さんがじっと見てはったもの」
「冗談じゃないですよ。どうして、そんな事、どうして、黙って見てられるんですか? 冗談じゃ、冗談じゃないですよ!」
 まるで目の前のオッカアが当事者であるかのように、サブはオッカァに食ってかかった。
 オッカァは何も答えなかった。
 U字形に禿げ上がった額、団子鼻の上に手脂で汚れた眼鏡が乗っかった、ビヤ樽体型の神戸に肩を抱かれ、連れ込み宿に入って行く三香さんの哀しげな背中を、そして、電信柱の陰に隠れ、それをただじっと見つめていた昌吉さんの心情を、サブは思った。
 神戸のジジィの気分次第や気紛れで、みんなが一喜一憂、右往左往、ただでさえ、一番下っ端の俺や酒井さんはたまったものじゃないと言うのに……
  糞ッ垂れ!
 サブは沸き上がってきた憤りを、心の中でなく、口から唾と一緒に吐き捨てた。
  その時、竹内が再びロビーに姿を見せた。
 そして、会場入口扉にコマ割り表を貼った。
 業者たちが一斉に集まり、自分のブースを探して一喜一憂、その顔はまるで、合格発表を見上げる受験生のようである。
「ヨッシャー!」
  英司と鎌田の二人が、同時にガッツポーズをした。
  どうやら、ビック商会は念願の天場所をゲットしたようである。
  先週、パチンコ屋で神戸社長とバッタリ出会した際、好調に出し続けていた自分の台を譲ってやったからだと主張する鎌田に対し、二日前、八海山の大吟醸を部屋に差し入れたのが功を奏したに違いないと英司が反論している。
 二人の背中越しに、大城夫妻がコマ割り表を不安気に覗き込んでいる。
 糞ッ垂れ!
 誰に言う訳でなく、サブは小さく呟いた。

                        『催事屋』6に続く


 



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