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持ち家か、賃貸か

 家は買うのがいいか、賃貸がいいか、について取り上げる約束であった。

 基本的には、家の値段が十分に安いか、或いは安くないか、による、としか、言いようがない。先日、朝日新聞の取材に答えた時にも、基本的な意見はそういうことだった。問題は、家の値段をどう判断するかだが、賃貸物件として考えた時に十分に客が付くし、自分が払ってもいい家賃の見込み収入から、税金も含めて諸経費を引いて、実質利回りを計算して、せいぜい8%までで、それ以下の利回りになるようなら、価格が高い、というのが私の感覚だ。

 マンションのセールスマンがよく言うような、「持ち家は、お金を払ううちに自分のものになるけれども、賃貸はいくらお金を払っても自分のものにならない」という、自分のものに「なる・ならない」という二分法にごまかされるのは、賢くない。(バブルの頃は、ファンドマネジャーでも、この点が分からない人が、結構居たのだが・・・)

 株式に投資する場合の、機関投資家の期待リターンは計画ベースでだいたい7-8%(長期金利プラス5-6%のリスク・プレミアム)である。これは、分散投資された、年率の標準偏差で見て、15%-20%くらいのリスクを前提とし、換金の流動性にはほぼ問題はない、という前提での期待リターンだ。

 不動産全体の価格の変動性の統計は手頃なものが存在しないが、過去十数年のデータを、東京中央三区のオフィス価格のボラティリティーで見て、株式よりも少し低いくらいの数値だったと思う。ただし、自宅不動産の場合は、何町の何丁目、何番地という特定の物件であり、分散投資できないので、実質的なリスクは小さくないと見なければならないし、売ろうとしたときのコスト、つまり流動性の問題もあるので、資金の効率として、8%くらいには回っていて欲しい、というのが私の「感じ」である。

 自宅として自分が住む場合は特別かどうかだが、これは、自分が店子だと考えるといい。当面、確実に住んでくれるお客さんがいるというのは強みだが、後述のように、後から事情が変わると、これは、自分にとっての重荷になる。

 加えて、住宅ローンの利用にも問題がある。マンションのようなものの場合、家の価格にはざっと3割程度の利益部分が乗っていると見ていいと思うが、この他に、ローン金利のスプレッド部分(その時の金利情勢に見合った金利が問題なのではなく、銀行の儲けとなるスプレッド部分の現在価値が、自分にとっての「損」だ)が問題であり、条件にもよるが、全額ローンで考えると、購入金額の2割くらいになるのではなかろうか(固定金利ローンのスプレッドが2%あるとして、徐々に元本が減るとしても、20-35年のローンのスプレッドは大きい。また、保証料や生命保険料のような出費もある)。

 また、資産運用の一環として、キャッシュで買えるならいいが、ローンを負ってまで自宅を買った状態は、負債を持ってバランスシートを膨らませて、しかも、資産の大半を「ある住宅」という一資産に投資した、何とも危うい財務状態となる。家に株式並みのリスクがある、ということを考えると、株式投資で言えば、超長期の信用取引をしている状態に近い。株なら心配で、家なら安心、というのは、後者の価格変動を毎日見るわけではないから、というだけのことであって、経済的には錯覚だ。

 一方、賃貸住宅の家賃にも、大家の利益分が乗っているし、大まかな市場原理が働いているとすれば、賃貸で住むか、家を買うかによって、時々の相場による得失はあるとしても、大きな損得は、いい加減のバランスに落ち着くと考えることは出来る。従って、ローンを負わなければ家を買えないような、分不相応な家計は別として、資産の中の一部が不動産になるような家計が、持ち家を買うことは、大筋としては構わないだろう。

 但し、「時々の相場による得失」を考えると、たとえば、首都圏のマンションは、どう見ても供給過剰ではなかったかと思えるし、今後の人口動態を考えると、不動産価格に対して強気になれない。個人的には、将来、都心のマンション価格が下がった時に、お金があれば(あって欲しいが!)、買えばいいかも知れないと思っている。

 また、朝日新聞のインタビューで私が強調したのは、買うか・借りるか、で損得無しと考えるとした場合、賃貸の方が、ライフスタイルや、働き方・働く場所の変化に対応しやすいということだ。主に、生活の自由度の拡大と、変化への対応、という意味で、賃貸暮らしに優れた面がある、というのが、私の意見のポイントだった。

 「場所」ということだけ考えても、たとえば、通勤時間が一時間余計に時間が掛かるということは、仮に時給が5千円の人であれば、一日に1万円の損であり、月間の損失は20万円以上に及ぶ(通勤電車がお好きでも、この半分くらいは損をしていると考える方がいいだろうと思う。もっと厳密に生産性を考えると、時給の倍くらいの損をしていると考えないと、ビジネスマンとしては物足りない)。

 他方、賃貸の物件には、家族の事情に合った間取りの、程良いものがなかなか無いとか、家を住みやすく改造する事が難しいといった、不自由はある。自分は市役所にでも勤めていて、転勤も転職も心配や意志がなく、子供の学校も近所で問題ない、といった超安定的な家族の場合、価格にもよるが、持ち家に対していくらか積極的になってもいいだろう(私には、幾らか退屈な人生に思えるが、この点の好みは、人それぞれだ)。

 しかし、若い頃と、家族が増えてからでは、住みたい場所や、住みたい家の構造も違うだろう。多くの人が私ほど転職しないとしても、転勤もあれば、転職もあろうし、家族の事情によって、住んで便利な場所は変化する事が多い。この点で、心配なのは、働く独身女性のマンション購入だ。後から、家族構成が変わることもあるだろうに、ローンでマンションなど買って大丈夫か、と思う。

 価格を筆頭とする物件の個別事情にもよるし、個人の事情にもよるが、日本の場合、これまでの持ち家推進の国策もあって、高い価格で、分不相応に、家を持ってしまい、その結果、財務的にも、人生設計上も、負担になっている人が多いのではないだろうか。

 些か刺激的な言い方になるが、家を買うぐらいしか、自分で決められる大きな意志決定が無いのかも知れないが、「人生、もっと面白いことはないの?」と言ってやりたくなるような、持ち家の奴隷が少なくない。もっと身軽に生きる方が、よさそうなものに思えるのだが。

(注:上記は、ある読者のリクエストにお応えして、私の「一般論としての意見」を述べたもので、個々の方の人生や住宅にケチを付けることを目的として書いたものではありません。念のため、感情的になりませんように、とご注意申し上げて置きます)
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